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試験の時に降り積もった雪はすっかり解け、暖かな日差しの中で合格発表を見に来ると、無事に四人そろって合格していました。しかも、翔真君は学力も倍率も上の進学コースです。
それぞれが母親と来ていたので、まとまって窓口に行って入学手続きをします。なにしろ、今日明日にでも入学金を払い込む必要があるのですから。
私と真理佳ちゃんは県立高校を滑り止めと考えていたので、翔真君と合わせてこの学校で決まりとなりますが、美紀ちゃんは親の勧めで市立高校を本命にしていました。いたはずなに、少し揉めた後に市立は受け無い事に決まったようです。
せっかくなのだから、同じ学校が良いもんね。
それにしても私立の制服は細かい指定が多くて、靴下やハンカチまで指定されている事にビックリです。親と来ているのだから済ませてしまおうと、そのまま制服を頼みに指定のお店に寄って採寸まで済ませ、給食に間に合うように登校しました。
担任の先生に合格と入学手続きが済んだことを伝えると、「決定一号だな」などと言われてしまい、これから県立高校を受ける子などから羨ましがられてしまったのでした。
家に帰り着くと、圭祐さんとメールのやり取りをします。
『無事に合格しました。約束、忘れていませんよね?』
『おめでとう。覚えているけど、直ぐでなくても良いよね』
『臆しましたか? 立場もあるでしょうから、無理はしないでいいですよ』
『やさしいな。週末に車が来るから、新しい車でドライブと思っているんだけど』
『ホテルとかは心の準備が……』
『わかった。この話は無かったことにしてくれ。それじゃまた今度』
どこで間違えてしまったのだろう。無理をしなくてもとは書いたけれど、ドライブが無くなってしまったみたいで少し残念に思ってしまった。
合格が決まったので塾も辞め、当然ながら勉強会も自然解散になってしまい、久し振りにする事が無い日曜日を迎えます。美紀ちゃんでも誘って服でも買いに行こうかと、朝食の後片付けをしながら考えていると、珍しく圭祐さんから電話がかかってきました。
「今日、何か予定が有るか?」
「服でも買いに行こうと、友達に連絡しようかと思っていたのですが」
「まだだったら、俺に時間をくれないか」
これはデートのお誘い? それとも取りやめと言っていたドライブの話? ってデートには変わらないかも。
「構いませんけど、どこに行けば良いですか」
「道場に居るから、支度が済んだら電話してくれ」
直ぐにでも出られますよと答えたら、数分で家の前に車を付けてくれて出発です。私が選らんだ新車の匂いがする車に乗り、勧められるがままに携帯プレーヤーを接続してお気に入りの音楽を流して走ります。
「納車は昨日だったんですか?」
「そうだよ。色々と考えたんだが、助手席を最初に使うのは沙織が良いなと思ってね」
そう言ったかと思ったら組んだ私の手を握ってきて、指を絡めるように握り返して二人して赤面しちゃいました。他愛のない話をしながら着いた先は、有名店も多く入るアウトレットモール。
着いてから「合格祝いに、何かプレゼントをしたかった」と言われて、洋服屋を何軒か回ったけれど体に合うものが無いのです。
剣道を始めて少しは伸びたといっても、一四五センチに届かない私の背丈に合うのは子供っぽいものが大半で、今日着ている物だってやっと見つけたくらいなのだから、簡単に見つかるはずもない事は承知しています。
「やっぱりこの背だと洋服は難しいですね」
「さっきのも可愛かったけどな」
「だって、釣り合わないじゃないですか。兄妹なんかに見られるのは嫌ですもの」
どうしたって歳の差を感じてしまう物は、二人でいる時には着たくないのです。
「それだったら小物はどうだろう」
そう言って連れて行かれたのは時計屋さんで、ざっとショーケースを覗いて行くと、店員さんに声をかけて二つ取り出してもらいます。
「俺がしているのと同じシリーズの、女性モデルなんだがどうだ?」
大きさが違うのでパッと見は同じに見えないけれど、文字盤のロゴマークが同じで色合いも近くて、文字盤が白い物と限定の桜色の二色が並んでいます。電池交換の要らないソーラー発電とも書いてありました。
ソーラーだからかブランド品だからなのか、結構なお値段なので断ると、「入学祝だから気にするな」と言われてしまい、せっかくなので桜色の方を買ってもらいました。
バンドの調整をしてもらって着けてみると、着け慣れないからか少し重く感じたけれど、それでも身に着ける物を貰って、彼女みたいに扱ってもらって物凄くうれしかった。
「大事にしますね」
「気にせず、普段から使ってくれ」
その後は軽くお昼を済ませて、寒かったけれどソフトクリームも食べて帰路に着きます。さすがにキスまではお願いできないな、なんて思っていたけれど、ちょっと休憩と言って止まった見晴らしの良い展望スペースで、抱き締められて長く優しいキスをしてもらいました。
他に人が居ないからとて、恥ずかしくて嬉しくて、なにかフワフワしてしまいます。
幸せな気分のまま車に乗り込むと、ひどく真面目な顔で話しかけてきました。その声のトーンは低く、感情が掴み難いものだったのでドキッとしてしまいました。
「勝手な物言いになってしまうが、次に車を降りた瞬間から教師として接する。だから沙織も、生徒として接してくれ。入学祝なんて理由を付けてプレゼントまでしといて、ほんと卑怯なのは解っているが、すまない」
「解りました。生徒としての節度を持って接します。それでも部活で接する時は、少しで良いので愛弟子として贔屓してくれると嬉しいです」
優しく髪を撫でながら「分った」と言ってもらって、そして家まで送ってもらって別れました。
寂しい気持ちが無い訳ではないですが、迷惑だけは掛けたくないので気持ちをしっかり持とうと、固く心に誓いました。
しばらくして卒業式を迎えて、最後の制服姿を道場へ見せに行って、お世話になった人達に挨拶を済ませます。
高校に入学して部活動が始まれば、こちらに通う時間も取れなくなるだろうし、そもそも圭祐さんから教わる事も出来ないので三年間の感謝を述べにです。
「時間が有ったら顔でも出せ」
そう館長から言われたので、寒稽古には来たいと返事を返して道場を後にしました。




