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今日は心待ちにしていた、中学校の入学式。両親と一緒に校庭にやって来ると、明るめの茶色い髪の子が見えます。その髪色には覚えがあって、嬉しい事にその子も私の事を覚えてくれていて走り寄って来ました。
「沙織ちゃん。私を覚えている?」
幼稚園が一緒で仲の良かった相羽真理佳ちゃんが、笑顔でそう声をかけてくれます。
翔真君と言う双子のお兄さんがいるのだけれど、その姿が今は見あたりません。髪色の事でよくいじめられていた真理佳ちゃんを守る騎士の様な存在だったので、私立高に行ったとは思えないのだけど、どうしたのでしょう。
「真理佳ちゃん、久しぶりね。翔真君は一緒じゃないの?」
「お兄ちゃんは顧問の先生のとこに行ってるよ」
「顧問の先生? もう部活が決まっているの?」
「強くなるんだって、剣道を始める事にしたんだ」
小学校の学区が違ったので疎遠になってはいたけれど、幼稚園時代は三人で一緒に居ることがほとんどでした。そう、彼女の数少ない幼馴染なのです。
数少ないと断ったのには訳が有って、クォーターである彼女は外国の血が色濃く出ていて、その容姿からいじめの対象にされていわけです。そんな彼女に近づく子は私くらいしかいませんでした。
そして、翔真君にとっても数少ないであろう幼馴染となるはず。こちらも、周りにいる男子は『妹をいじめる敵』となっていたため、私以外の友達が居たようには見えなかったのですから。
そんな私の名前は橘沙織。真っ黒で真っ直ぐな髪は日本人形のようなのに、お転婆で、いじめを見過ごせない勝気な性格です。なので、正反対の真理佳ちゃんを羨ましいと思いつつ、翔真君と一緒に真理佳ちゃんを守る側だったのです。
疎遠だったとはいえ、目立つ容姿な彼女の噂は隣り学区の私にも届いていて、事実無根であろう悪い噂を聞くたびに、腹立たしい思いをしていました。だからこそ、中学が一緒になる事も解っていたので、また仲良くできたらと楽しみにしていた訳です。
そして今の会話で、未だにいじめられる事が有るのにも気付いてしまったからには、守れるようにならなくてはと思うのでした。
「おや、沙織ちゃんかな。小っちゃいけど」
「え?」
成長が早かった私は五年生までは大きい方でしたが、そこからが焦れる程しか伸びなくて、今では前から数えた方が断然早いくらい。目の前にいる真理佳ちゃんがそんなに変わらない背なのだし、男の子の成長は遅いので翔真君も同じくらいと思っていたけれど、現れた翔真君は軽く見上げる程に大きくなっていました。
「その背は、双子なのに反則ね」
「二卵性だから参考にはならないだろうに」
確かに参考にはならないけれど、これでまだ成長期なのでしょうから更に伸びるはずで、鍛えているのか整った体型をしていて、かっこいい部類に入るでしょう。
ちょっと見惚れてしまったのを誤魔化したかったけれど、続ける言葉が出てこないでいると、体育館に集まる様にと放送が入ってくれました。
「それじゃ行きましょうか、真理佳ちゃん」
そう声をかけて手を握って歩き始めると、真理佳ちゃんは嬉しそうに握り返してくれて、翔真君は特に追求する事も無く黙って後をついてきてくれました。
体育館の入り口にはクラス分けの名簿が貼り出されていて、残念なことに真理佳ちゃんとは別のクラスです。翔真君は真理佳ちゃんと同じクラスで、他に知っている双子もクラスが別れていないので、そういった学校方針のなのでしょう。
「沙織ちゃん、別のクラスになっちゃったね。私は二組だったよ」
入り口からそう声をかけて来たのは、小学校が一緒だった木下美紀ちゃんで、さばさばした性格が一緒に居て心地良かったりする仲良しの子。
「私は相羽真理佳。沙織ちゃんとは幼稚園が一緒で、私も二組。よろしくね」
「よろしくね、相羽さん。私は木下美紀。沙織ちゃんとは、小学校の高学年でクラスが一緒だったんだよ」
私だけが除け者みたいで少し寂しかったけれど、美紀ちゃんなら真理佳ちゃんと仲良くなってくれるでしょうから、そこは少し安心できました。同じクラスになるのは、校外学習なんかが有る来年以降に期待です。
入学式が終わるとそのまま教室に移動し、簡単な自己紹介などが行われました。
この中学の学区には四つの小学校が有るのに、同じ小学校だった子の比率が低くて、噂通りに私立に行った子が多いようです。
今はそうでも無いようですが、一時期は荒れていたそうで、駅に近い学区なのもあって私立を希望する親が多い、と聞いていました。知ってる子が少ないのもしょうがないのでしょう。
チョットしつこい位の注意が先生からされて、HRが長引いてしまったので、帰り支度を済ませて小学校が同じだった子と教室を出ました。
すると、真理佳ちゃんと美紀ちゃんが廊下に立っていて、私を見つけると駆け寄ってきます。
一緒に教室を出たのは、美紀ちゃんと私の仲が良かった事を知っている子達だったので、気を利かせてくれたのか「また明日ね」と言って帰って行っていきました。
「ごめんね。約束もしないで待っていたりして」
手を振って挨拶する美紀ちゃんの横で、真理佳ちゃんが謝ってくれます。
「いいのよ、久し振りにお話しもしたかったし。それより、クラスの方は大丈夫?」
「うん。お兄ちゃんもいるし、木下さんも友達になってくれたから」
「美紀でいいよ。私も真理佳ちゃん、翔真君って呼ぶから」
「私が言うのも変だけど、真理佳ちゃんをよろしくね。美紀ちゃん」
以前、美紀ちゃんには真理佳ちゃんの話をした事があるので、それだけで通じてくれるはずです。
実はその場に翔真君も一緒に居ましたが、女子の会話に入るのが嫌なのか黙っていて、何となくソワソワしています。
「なあ真理佳、道場に寄りたいから早く帰ろうよ」
そう言えば、翔真君は剣道を始めたのだと真理佳ちゃんが言っていたような。
「急ぎじゃないでしょ。沙織ちゃん家の方だから、途中までだけど一緒に帰ろうよ」
「ごめん。そしたら私は反対方向になっちゃうから、真理佳ちゃん、沙織ちゃん、また明日ね」
美紀ちゃんはそう言い残して帰って行ってしまいます。同じ学区とは言っても、彼女の家は中学を挟んで反対方向。真理佳ちゃんの家はどちらから帰ってもそう変わらない距離だった事を思い出しました。