隠れ蓑
西の住宅街というのがどこかわからない俺は、ベルティに案内してもらってニーナを探しに向かった。
その容姿からあんまり外に出たくないかと思ったが、案外二つ返事で了承してもらえた。というかむしろ協力的である。人間とも豹虎とも相いれないみたいなこと言ってたが、どういった心変わりだろうか?
そして探すこと数十分、住宅街の中心で膝を抱えてうずくまるメイド服のニーナを見つけたのであった。
「ひどいです、二時間もまってたんですよぅ?」
「ごめんごめん。いろいろあってさ」
ニーナは、どんどん寒くなってくるし変な男とかに声をかけられるし散々だったとなじってきた。そして、道に迷ったとしても時間がかかりすぎだと嘆いたのである。
「本当にごめん。今度何か埋め合わせするからさ」
と、同僚の機嫌を取りなそうとすると、後ろに控えていたベルティが脇腹をつねってきた。とりなしている間だからうめき声をあげることもできず、何とか我慢する。
何が気に障ったのだろうか。
「本当ですよ? ところで後ろの人は?」
そんな様子を察したのか、ニーナがベルティが何者なのか尋ねてくる。そりゃ同僚が見知らぬマント人間を連れてきたら不思議に思うだろう。
果たしてどう説明したものかと思い悩む。
彼女はあまり世間に顔を曝せない事情を持っているし、案内をしてもらっただけなのにいざこざに巻き込むのもどうかと思う。
「いや、ほんとにいろいろあってさ。そうだ、ピーネから案内するように頼まれてるんだろうけど、隠れ場所が見つかったからそっちに行くって伝えてくれないかな」
「え、でもお嬢様からの指示は……」
そうだった。いくら隠れ場所が見つかったからといって、ピーネにそれをどう説明すればいいのだろう。
どちらにせよ、一度は詳しい話をしに行かなければならないだろう。
「あそこに帰るには、私たちの誰かが付いてないと入れないけど……」
どうしようか迷う俺にベルティが小声で教えてくれる。
なんでも、この世界にももれなく魔法が存在するらしく、隠れ家に入るのは特定の人物でなければならないらしい。
魔法があるならなぜ戦争でそれらしい魔法がなかったのかと疑問に思ったが、それは後で調べるとしよう。それより問題なのは、そうなるとベルティに屋敷までついてきて貰わなきゃならないことだ。
「うーん……ベルティ、ちょっと貴族のところまで報告に行かないといけないんだけど、着いてきてくれたりする?」
この問いかけにベルティは少し悩んだようだが、頷いてくれた。迷惑かけるね。
そして三人は建設中のピーネの屋敷に移動したのだった。
「おもったより時間がかかったな。そんなにしつこく追い回されたのか?」
まだ半分が完成していない屋敷の応接間で、ピーネはオリヴィエに用意させた紅茶を口に含んでいた。
他のメンバーは仮住居に残してきたようで二人しかいない。
フードを被ったままのベルティに不審物を見るような視線を投げつけはしたが、特にとがめることもなく招き入れてくれた。
「いや、追いかけられてるときにこちらの彼女に助けられてね。それで隠れてたら時間がかかっちゃったんだ」
ベルティについての説明はほどほどに、自分の状況を説明すると「そうか、無事で何よりだ」と労わってくれた。
さて、さっそく本題をブッこむことにする。
「まず、身の隠し場所についてここよりいい場所に目途が立ったんだけど、隠れ場所はそっちにしてもいいかな?」
「ふむ。それは、隣の彼女と関係あるのかな?」
と、ピーネは色恋沙汰を話題に出すときの女子高生みたいな表情で聞いてきた。
いや、そんなんじゃないです。
「まあ、そんなとこです。助けてもらったついでに、目に付きにくい場所を紹介してもらったんでそっちにしたほうがいいかなと。ここだと、結局ピーネと繋がりのあるところだし、見つかるのも時間の問題かなって」
これは本当のことだ。
街中であれだけピーネと一緒に行動していることを目撃されてしまったら、いずれこのピーネの新しい屋敷にも目が行くだろう。それなら、やっぱり蓑羽根にいたほうが目につきにくいと思うのだ。
それについてはピーネも賛成のようだ。
それと、オリヴィエさんが俺をにらんでる。
「な、なんでしょう、オリヴィエさん……」
「わたしには『さん』をつけるのにピーネ様は呼び捨てにするのね。何があったのかしらと思って」
そういえば、さっきの戦闘が終わってからずっとピーネと呼び捨てにしていた。いろいろと吹っ切れて調子に乗っていたのもあるが、敬称をつけないほうが呼びやすかったから忘れてた!
どうしようとピーネに視線を移すと「クックック」と笑っているし、隣のベルティがまた脇腹をつねってくる。
女ばかり集まると何をどう対応していいのかわからなくなる。
「いや、すみませんオリヴィエ女中長! すっかり馴染んでおりました!」
直立して敬礼する俺に、ピーネが「戦場で敬称をつけるのも面倒だから私が許した」と嘘をついてフォローしてくれた。
それでやっと、オリヴィエさんも「まあ、そういう事ならいいでしょう」と矛を収めてくれた。