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「で、俺はこれからどうすれば?」
結局、隠れ家を知ってしまった俺の処遇はどうなるのかと尋ねた。
「どうってことはねぇよ、秘密にさえしてくれれば。人間とは敵対関係にあるわけじゃないが、情報屋が自分たちの足元を嗅ぎまわっているのは好ましくないだろ?」
「そりゃそうだ」
そこでふと思いつく。人間からその存在を隠しているなら、ここは身を隠すのにうってつけの場所なんじゃないかと。おまけに情報屋の支部というなら、世界中の情報が入ってくる可能性がある。
もし自分と同じように異世界からきた人間がいたりしたら、その情報が手に入るのかもしれないのだ。あるいは元の世界への帰り方も。
別に元の世界に未練が……多少なりともあるが、帰り方があるなら知っていることに越したことはない。どちらかというと、一オタクとしては異世界に願ったりかなったりではある。
「なあ、俺ここでお世話になったりしたらだめか?」
「だめってことはないが……、俺らにメリットがない」
「そんなこと言ってぇ。そもそもここに引き込んだのはそっちなんだから、貸し借り無しってことでさぁ」
「それを言われると……、まあ、身内の不手際でやっちまったことだ。仕方ねぇな」
逆立った髪の毛をぼりぼりさすりながら、不承不承ながら了承してくれる。
そんなこんなで、隠れ蓑を会得したのである。
「ただ、俺はしばらく留守になるぜ。用事ができたからな」
「用事って?」
「お前さんのせいで戦争の状況が一気に変わっちまったからな。本国に知らせに行かないといかねぇのよ」
本来であれば数年単位で押したり引いたりの戦いであるはずが、竜馬の出現で大きく変わってしまった。当然、情報組織としてはそれを知らせに行かねばならない。
もしこれを知らない行商人などが不用意に動くと大変に危険である。
それゆえ、早急に本人が出向く必要があるのだという。
「ベルティは行かないのか?」
「私は、ここでお手伝いしてるだけだし、行く当てもないから……」
別にどこへ行きたいという願望もないらしい。多種族のハーフや混血というのは、どこへいても忌み嫌われるらしい。その点、このミノウネはモルモン族が中心として運営しているが、次いでハーフの構成員が多い。
前述したとおり、ハーフは一時的であれば両種族に溶け込むことができる。その利点を活かせるからこそであった。
だから、生活するにはうってつけなのだという。
「なんか、嫌な話だな」
人種差別というのは、元の世界でもどの時代でもあったものだが、それでも少なくなる傾向にある。
それは高度に発展した情報化社会の影響でもあるし、貧富の差が少なくなってきたことにも起因する。
誰が優秀で誰が劣等であるかなんて言うのは、それぞれがどんな生まれと人生を送ってきたか、それと運によるところが大きいが、結局のところ個人での偏見でしかない。
アジアが黄色人種で、北米が白人で、南米が黒人でという区切りがされていても、仲良くしてる国は仲良くしているし、宗教の関係で敵対することもある。
初の黒人大統領が誕生した国でさえまだまだ差別問題は山積みだ。
それを考えると、情報の流れもこうして人伝でなければ伝わらない文明で、人間同士とも言えない種族間の問題となると、現代世界との差は確たるものなのだろう。
「竜馬さんの世界には、そういう偏見ってないの?」
ベルティの言葉に詰まる。
決して偏見がなかったわけではない。
テレビを見ていて、短距離走で一等になるのはほとんど黒人だし、ボディビルを見たらどうしたって日本人のほうが白人に見劣りする。
実際竜馬自身も、以前県道の試合で圧倒的に長身で構成された対戦校に苦戦させられた記憶があり、不公平だと感じたこともある。
だが、その分日本人にも美徳とされる点があり、決して劣っているとは思わなかった。
まあ、しかし、オタクとなってからの竜馬にとっては、異種族のハーフというのは特段抵抗はなかった。
ネコ耳メイドなんて、外見だけ言えば秋葉原の駅前に行けばいつでもビラを持って立ってるし、テレビアニメにだって大概出てくる。
いやむしろ良い! と思っているほどなのだ。
そう感じるようになったころには、人種差別とかそういうのに対する偏見はほとんどなくなっていた。
「いや、全然。むしろ良いです。いろんな意味で」
そういって改めてベルティを観察する。
猫みたいな小顔に目鼻がつく可愛いつくりをしている。プラチナブロンドの髪に白い耳が頭の上で前倒れになって赤い顔をしている。
俺の言葉の何に引っかかったのか照れているようだ。
言葉数も少ないようだし、シャイなようだ。
「ま、お互い相性も悪くないようだし、留守は任せても大丈夫そうだな」
ピエトロは付き合ってられないとばかりに椅子から飛び降りて、旅支度を始めた。
「情報収集は今まで通り頼むぜ。ただ、今回みたいな早とちりしないようにな」
そういわれてベルティは頭を下げた。
「さて、じゃあ俺はこれからどうするか……、っあ」
ここにいてもいいということになり、これからどうしようと思考したところであることを思い出す。
「どうした、何か問題でもあったのか?」
ピエトロサイズに小さいリュックに荷物を詰めながら聞いてくる。
「すっかり忘れてた。ニーナが待ってるんだった」
ここに来る前に待ち合わせ場所に指定されている場所にニーナがずっと待機しているのではないかと思い当たったのだ。
「っくしゅん」
どこかでクシャミが聞こえた気がした。