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レンガの壁にぶつかりズキズキと痛む頭をさすりながら、階段を下りる。目の前の人物も自分と同じようにマントをかぶっており、その表情までは読めない。
暗がりに等間隔で続く照明が、一体何を動力として動いているのだろうと考えながらついていく。
やがて平地にたどり着くと、やっと目に見える明るさになった。
「おう、戻ったか。バレてないよな?」
「たぶん。それと、同胞さんが追われてたから連れてきた」
そういってマントを脱いだ彼女の頭には、ネコ耳がついていた。
白い耳をピクピクとさせながら、壁に突き出た鉄の部分――おそらくコートかけ――にひっかけて、振り向きざまに尻尾でマントを撫でる。
そしてもう一つの声の主のところへ向かうと、テーブルに着いて用意されてたマグカップに手をかける。
もう一人の主は非常に小柄……というか小動物そのもので、その特徴的な髪型とサングラスに、服を着ていなければ思わず「ペット?」と呼んでしまいそうだった。
ちなみに髪型はゴンさんの覚醒したときのごとく逆立っている。そして出っ歯だ。
もう一人のネコ耳娘のほうはベリーショートで、たぶん人間ではないと思うが、豹虎族のように全身がふさふさしているわけでもない。耳や尻尾は体毛で覆われているが、それ以外の部分は普通の人間と同じであった。
「で、地上のほうはどうだって?」
「うん。なんか人間が圧勝したって」
「はぁ? ンなバカな。少なくとも半年くらいはおしくらまんじゅう状態だったろ?」
「でも凄い活躍だってお祭り騒ぎになってたよ?」
「まいったな。すぐに知らせないと……」
と言ってテーブルから飛び降りる。身長は俺の膝下くらいだ。
「お前さんも大変だったな。ゆっくりしてくれ」
「あ、はい」
俺の膝に手を当てて、そう告げてくる彼にしたがいマントを抜いだ。やっと動きやすくなったと思った瞬間、悲鳴が聞こえた。
「え、人間……」
「嘘だろおい、なんてもん連れてきてるんだ、ベル!」
「ごめんピエトロ。だ、だってあんな格好で大勢の人間に追われてるからてっきり仲間だと……」
言い合いながら、二人が俺に向かい合って構える。ベルと呼ばれたネコ耳が腰からダガーを引き抜き逆手に持ち、ピエトロと呼ばれた小人は「ちょあ~!」とか言いながら両手を前に突き出す。
あ、これやばい流れですね?
と、さっそくどう仲裁するか考える。
ピエトロと呼ばれた小人は大した問題にはならないだろう。サイズもそうだが、そもそも腰が引けている。
ベルと呼ばれた娘は「どうしよう、どうしよう」と顔を困らせているが、その構えに油断はない。今の非力な状態の自分では対処できないかもしれない。
だからまずは、交渉に入らせる必要がある。落ち着いて考えろ、冷静に。この状況から考えて、ここは彼らの隠れ家なのだろう。そして自分が人間であることに驚いている。ここは亜人の隠れ家なのだ。
つまり、「人間がいる」という考えを覆せる一言を発すれば、話し合いの余地くらいはできるんじゃないかなと考える。
そして俺の発した一言は、こんなものだった。
「いや、その昔ネズミに耳をかじられちゃってね。こう見えても狸じゃないんだよ?」
……
…………
長い時が過ぎた気がする。
目の前の二人からも、額から汗が流れている気がする。
「その、……とりあえず敵対の意思はないから、武器を下ろしてもらえると嬉しいです」
こうして、何とか場に落ち着きを取り戻すことができたのだった。
「まあ、そもそも追われてた。ってくらいなんだから事情があるんだろうが、そうそう信用はできねぇな」
ピエトロが徐々に後ずさりながら、やがてベルの陰に隠れる。
「でも、武器を抜くそぶりも見せないよ? 出口もすぐ後ろなのに逃げないし」
やっと気づいてくれたかぁ! とかいうべきなのだろうか。
「どちらにしろ、ここを知られたからには何らかの対処をしなきゃならん」
「トリアエズ、ハナシヲサセテクダサイ」
俺は両手を上げて、ようやく対話に入ることができたのである。