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「まあ、いい。重要なのはこれからどうするかだ。君を子爵の元へと唆した私にも責任があるのだからな」
ベルゼス伯は、なんでこんな面倒に巻き込まれたのかと頭を振る。
噂を聞きつけた有象無象がこれからどう動くのか目に浮かぶようだった。
リョーマの情報を探り出し、いかに他の貴族を出し抜くかの競争が始まる。
大勝利をしたとはいえ、次の侵略にはまだまだ時間がかかる。
奪取した土地に陣を構築して、前線を押し上げる。残党がいないか、野生の危険な生物がいないかを警戒しながらの作業は、気長な作業となるだろう。
その間に豹虎が体制を整え襲撃してこないとも限らない。
これに対処するのは現場の人間たちだ。後方の安全な位置にいる貴族どもは暇を持て余し、余計な策謀を回すようになる。
噂は商人を通して各地に渡り歩く。王都がどういう反応をよこしてくるかまでは予想できないが、黙って腰を降ろしてるだけということはないだろう。
「とにかく、今は身を隠したほうがいいだろう。ここに来るまでにも既に幾人から声を掛けられているのだ」
というのも、ピーネの旗本に入っていた配下のであるが、主であるロックビルは死んでしまい、行き先がないらしい。
見た目もいいし部下も少ないというピーネに仕えたいというものが何人かいたのだ。
どうするかは保留としても、噂を吹聴しながら後についてくるものだから、どうしたってその一行が今回の騒動の中心であるとわかってしまったのだ。
ちなみにそいつらは別室で待機している。
「隠したところで、追及から逃れられるでしょうか?」
「しばらくは煩いだろうな」
悩む二人の貴族。そこでふと、ある疑問が浮かんだ。
「あの、ところで二人はなぜにそこまで俺に親身にしてくれるので?」
俺という人間は出自も不確かで、正式にピーネに雇用されているわけでもない。
もともとは、何かしでかさないかという理由で監視を目的としてピーネの所に預けられたのだ。まあ、問題は起こしてしまったのだが。
それを考えれば、「やっぱりやばい奴だった」という判断で何かしら手を下されていてもおかしくはない。
だが、この二人はそれどころか自分の身を案じてくれているようだった。
「君はまだ理解していないね。確かに他の勢力との奪い合いになるのは面倒だが、君がこの国の切り札的存在になるのは間違いないんだ。これだけ噂がたてば王都へもすぐ報告が入るだろう。その時、君は処刑されているなんてことになったら、今度は私たちの首が危ないんだよ。少なくとも、表立っては手を出せないさ」
それは暗に、裏でなら狙われる可能性は充分あるのだぞ、と告げているのだった。
「私は言わずもがな、曲がりなりにも従者として扱っているのだから、そう無下に扱えるものか」
そういいながらも、先の戦場では随分無茶な指示を出された気もする。
「まあ、一番いい手段は、俺がこの街からいなくなることなんだろうけどなぁ」
問題なのは強大すぎる力がここにあるということなのだ。自分でやっといてなんだが、あれはやばい。
自由自在に使えるわけではないから扱いには困るが、結局のところ、力を持った国がする選択肢はそう広くない。
「ちょっと聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「なんだ?」
そして気なったことをベルゼス伯に聞いてみる。
「この世界って、まだよく知らないんですけど、他の国へ旅行とかって行けないもんなの?」
例えば、今戦時中のトラロルガに民間人として行けば、危害は加えられるのかと聞いてみたところ、論外らしい。
「ただ、すべての国がそうであるわけではない。ここから東へ海を渡った参加国とは普通に交流がある。特にガルム種の統治するホルグニアとは長い付き合いになる」
「ってことは、すべての国とやりあおうってわけじゃないんだ」
「領土拡大は重要事項だが、海を渡ってまで広めても不便だからな。豹虎はもともと好戦的で大昔から小競り合いを続けてきたのだから、それも積もれば一気に侵略してしまえともなるさ」
つまり、海を渡ってまで侵略を必要としてないところは交易もあるし旅行も行くが、好戦的な種族は滅ぼして領土を奪っちまえ! ということらしい。
そもそも好戦的な奴らのとこだから、のこのこ出向いていったらやられるぞというのだ。
その例が、横に座るピーネの両親である。
「いっそ面倒なことになるなら、異世界に来たんだし世界を旅してみたいなと思ったんだけどなぁ」
だが、いくら武力があるからとはいえ、そういった世界情勢も何もわからないとなると、いざ旅に出たとたん苦労するのは目に見えていた。
片言くらいなら文字も読み書きできるようになったとはいえ、他の国に行けばまた文化も違うかもしれない。
昔、両親に海外へ連れていかれたときも、なにをどう動けばいいのかわからなかったのだから。
「もう悩んでもしょうがない。今は目立たないことに徹して、休むことにしよう」
そうして、三者の緊急会議は終了したのだ。