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次々と撤退していく敵軍を眺め、両腕を組む。
清々しいというほどでもないが、吹き抜ける風が心地よく肌をなでる。
派手に暴れはしたが、最初の円陣斬りの時以外は、ほとんど峰打ちである。その見た目に違わず獣であることを考えたのなら、ある程度セーブした力なら大丈夫だと思い加減したのだ。
実際、獣の耐久力というのは侮れない。
時速六十キロで走る自動車にイノシシがぶつかっても、慌てて逃げていくというのだから――実際は何かしら怪我をしているだろうが――その生存力を甘く見てはいけない。
ましてや相手はネコ科の特徴を備えた「人間大」の生き物である。
目の前で蹴り飛ばした豹虎の精鋭たちがよろよろと立ち上がり、仲間の手を借りながら撤退戦を始める様子から、大きくは外れていないのだろうと思う。
味方陣営も、今起こったことにあっけにとられているのか、撤退していく彼らを追撃しようという気が起きないようで、ぼーっと事の現況を見つめている。
「……あ、やべ。任された部隊ほっぽって来ちゃった」
そんな彼らを見て、自分に備わった力につい嬉しくなって現場を放り出してきたことを思い出す。
だが、見つめる彼らに「あ、それじゃ……」と日本人独特のチョップを出すような平手の合図を出すと、
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」
という歓声とともに一気に囲まれてしまった。
「どこの部隊の人だ!? すごい戦い方だったぞ!」
「戦い方なんてもんじゃねぇ、あれは純粋な力技初めて見た!」
「失礼、私はグロッゲンという男爵位のものだが、ぜひ我が配下に入っていただけないだろうか?」
「馬鹿、お前の所では持て余す。由緒ある武家の我がクローリア伯爵家にこそ、必要な力だ」
そんな勝手なことを口走りながら、よってたかって竜馬のことをもみくちゃにする。
それから抜け出そうとするが、どうも想定外な状況に気が抜けてしまったのか、先ほどまで出せていた圧倒的なパワーが出ない。
「おち、おちついて……、邪魔だゴラぁ!」
はずみでちょっとキレてみるも、やっぱり元の力のままだ。じゃあさっきのは何なんだったんだよと思う。
実は神様が俺のことを見ていて、危険になったらその力を解放してくれるとかいうオチか?
だとしたら随分使い勝手の悪い異世界補正である。
仕方なく、とりあえずバスターソードを引きずりながら、人ごみの中から這いずり出る。
しばらくすると、「おい、さっきの御仁はどこに行かれた!?」なんてのが聞こえたが、竜馬は無視してピーネのいた左翼へと全力で駆け出したのである。
竜馬がたいへん疲れているのは、こういう事情であった。
「すいません、只今戻りました」
「う、うむ。ご苦労」
憔悴しきったような俺の顔を見て、ピーネ嬢は持ち場を放棄したことを深く追求せず頷いてくれた。
「しかしなんだ、予想以上……というか、なんだ、言葉が出ないな」
それもそうだろう。
貴族から見たら小間使いみたいなのが急に思いもしない力でもって暴れ始めたのだ。その片鱗を目にしていたからと言って、こうも支離滅裂な状況を目にしてしまえば口も開かなくなるだろう。
俺にしたって、ここまで帰ってくる間にやらかした惨状を振り返ってみて「自制心効かなくなる悪い癖何とかしねぇとなぁ……」と後悔しているのだから。
だが、そう考えてしまうのは俺という人間を少しでも知っていた人たちであって、それ以外の初見の人間はまた別の感想が出る。
「ピーネ様、この方は一体何者なのですか!?」
「もしや王都で秘密裏に研究されていた、強化人間でありますか!?」
「そうか、子爵様がこの地に参ったのは左遷などではなく、その研究成果の実地のためだったのですね!」
などと、都合の良い解釈をし始めた。
ピーネが「いや、この者は身元も不明だったところを……」と説明しようとするが、
「そうか、これはまだ公に公表できないことなんですね?」
「なるほど、だからこんな戦闘力を持っていたのにも関わらず最左翼を任されたのか……」
「きっとまだ実験途中なんだ。だから暴走して敵の密集地に行ってしまったんだろう。みろ、あれだけ大暴れしていたのに今じゃ畏まって頭を抱えてるぜ」
そんな勝手な解釈が始まったのである。