異世界の傾奇者、爆誕
その日、この世界に英雄と破壊神が生まれた。
それはまさしく暴風のごとく戦場を駆け巡り、竜巻のごとく肉体を宙に打ち上げていく。
「どっせい!」
東から西へと横切る暴威の前に、豹虎がなせることは少ない。
情報が伝わっていないのか、西に向かうほどに事情を知らない者たちが襲い来る。
驚異的な身体能力に慣れ始めた竜馬は、ついにはバスターソードを片手で振り回すことに成功していた。
「強靭、無敵、最強とはまさにこのこと! 誰か相手になる奴はいないのか!?」
まるでその力に酔ったように、支配されたように場を荒らしていくその姿は、まさしく戦神が降臨したようだったと伝えられている。
中央部まで来ると、戦士たちの質もまた変わってきた。通常の個体より巨躯な豹虎の兵が立ちふさがる。おそらくは彼らの勇士なのだろう。勢いを留めず突っ込む竜馬に対し、油断なく縦列隊列で対峙する。
だが、圧倒的な暴力の前に「守る」という選択肢は失敗に他ならない。盾にする剣もろとも叩き折り、蹴りをくらわす。
吹き飛ばされた先頭の兵士が後ろの仲間を巻き込み、瞬く間に陣形は瓦解した。
そしてやっと残存兵に情報が届く。全軍撤退の大号令。
右翼に壊滅的なダメージを負った豹虎軍は、アルフタ平野からの撤退を余儀なくされたのであった。
ピーネは帰ってきたリョーマを前にして、言葉に窮していた。
何かとんでもない力を隠している。それは出会った時から知っていた。
だが、それがこんな、たった一人で戦局を裏返してしまうほどのものとは思いもしなかったからである。
人一人の持てる力には限界がある。いや、伝承では人の祖と言われる者たちには、神のごとき力があったと伝えられてはいるが、それは伝承であり、この亜人が蔓延る世界で人間が可能性を秘めた存在であるという尊厳を保つためのものだとされていた。
ピーネ自信、幼いころから嗜みと称され現場で叩きあげられた剣の師から鍛えられ、女性でありながら豪傑とされる域にまでたどり着いた。
しかしその彼女であっても、生まれ持った狩人としてのセンスを持った豹虎族と戦うには、二人までが精いっぱいなのである。
体毛に包まれたしなやかで強靭なバネを持つ筋肉は、広い平原を人間とは比べ物にならない速度で駆け巡り、ノミのように高く跳躍するのだ。
これに対応するには、並みの兵士であれば受け役と攻め役で分担し、さらに数で対応するしかない。ティニャリア山脈と海に挟まれ、シュワルトスに向かうほどに戦地を狭くできるという地の利を持って、押したり引いたりしながら相手の戦力を地道に削っていく。これこそが豹虎への有効な戦法だったのだ。
その常識を、従者としての常識も知らず、読み書きもできない、どこから来たともしれないこの男が覆した。
次々と軍列を崩し、より敵の多いところへと突き進む。
敵がいなくなったからとはいえ、戦列に穴をつくることができないピーネは、ただそれを見送ることしかできなかった。
しばらくしてリョーマが帰ってくる。その姿は激戦区に向かったというのに傷一つない。返り血すらついていない。背負っていたいくつかの武器は破損しているようではあった。
ただ、その表情だけは42.195キロを走ってきた直後なのかといいたくなるような――ピーナは知らないが――疲れ切った顔だった。