中編:名探偵Iの推理――
ラプラス第3号機にて生じた『幸福をもたらすダイヤ』の窃盗及びサム・キャッシュの蒸発と行方不明は特に何の詮索も施さないようだった。ここは通信圏外の海上である。警察への報告はマリアーノ港圏域に入ってからになるのであろう。
ジョンはベッドで横になりながらも、どこか煮えきらない感情が沸々と湧いてくるのを感じていた。どうにも不可解なことが多すぎるのだ。
「この件、我々で何とかしたいと思われますか?」
「何ですか? 急に?」
「いや、私ね、紅茶が大好きで水筒を2本持ってきたのですよ」
「だから急に何なのですか! あなたは!!」
「まぁ、怒りなさんな。これをみてください」
ヴィンは2本目の水筒を開けると、そこから警察手帳をとりだした。
「!?」
ジョンは驚きで言葉を失った。ヴィンは照れ笑いをするばかりだ。
「まぁ、オヤジの浅知恵というやつです。警察の介入は元々拒まれているイベントでしたが、この事態にそうは言えますまい。ジョンさんがその気になれば、我々が捜査に乗りだすことは可能ですよ。どうしますか?」
「ヴィンさん……」
ライトル司令官からは何もしないように言われている。しかし親友が巻き込まれたのに黙っていられないのも事実だ。彼は自然と返事を返した。
「そこまでしていただけるのなら、やりましょう! 我々の手で!」
「ふふ、お父さんにそっくりですね……」
「え?」
「いや、何でもないですよ。それよりも、この隣の部屋に“名探偵”がいることをお忘れでないですか?」
「名探偵?」
ヴィンはふっと微笑むと「いきましょう」とだけ言ってドアを開けた。
ジョンたちの隣の部屋、そのドアを開けたのはオネェの体格いい壮年だ。
「あらぁ♡ 夕方に出会った可愛いコと渋いオッサンじゃない♡」
「いやぁ、オタクの探偵さんはいま、探偵業務可能かね?」
「ん~、あれから体調崩してずっと横になっているからね~。オークションにも参加したがっていたけども、それも叶わなかったのよ。何かしら? さっきの放送で運営者が謝罪していたけども?」
「それが『幸福をもたらすダイヤ』が盗まれたのですよ」
「それと同時に僕の親友も海に飛び込んで行方不明になったのです……!」
ジョンが真剣な顔をして言及を重ねた。その姿に「やだ!! 素敵!!」と興奮を高める壮年だったが、その背後より車椅子の美女がそっと現れた。
「仕事ですか? それでしたら喜んで受けましてよ?」
イザベラ・マリアルク、大富豪マリアルク家の令嬢で探偵をしている者らしい。マリアルクの名を聞いたことはあるが、その令嬢が探偵をしていたなど聞いたことがない。半信半疑ながらもヴィンと彼女の交渉をただ見守ることにした。
ジョンたち一行はラプラス第3号機の船長室へ向かった。途中で私設警備員に止められたが、ヴィンが警察手帳を取り出すことでお咎め無しとなった。
船長室、そこにいたのは意識を取り戻したララァ・メイスン、カリファ・ランデンバーグに少し離れた位置で佇むギャン・ブラッドフォードの3人だった。
ララァとカリファの2人はどうやら監視カメラの映像をみているようだった。ジョンたちの来室にはとても驚いたが、すぐに安堵の表情を浮かべてもいた。
「警察の御方がおられて安心しました。そもそもこんな大ごとになるなんて思ってもみませんでしたから。あのダイヤ、実はレプリカでガラスを多少加工したものです。オークション終了後にドッキリで発表する予定にしていました」
「ええ!? そうだったのですか!?」
「本パーティはあくまで毎年しているラプラス市に関わる方々を呼んで催すイベントでしたから。それがこういうものが届きまして」
カリファはヴィンに書類を渡した。ヴィンはそれを広げてジョンをはじめ一行メンバーに見せた。ワープロ打ちの匿名書類で船内パーティを希望すると言うものだった。ただし“毎年市が開催するパーティに参加する者”と銘打っており、謙遜して送ってきた手紙といえるようだった。
カリファまたララァ曰く、その手が届いて以降「毎年やっているパーティをクルージング・パーティ」として開催して欲しいという希望が増えたらしい。それも、その希望をだした客人宛てにもララァに届いたものと同じような手紙が届いたからだという。
ほどなくして海上パーティを行うと発表。すると今度は「オークションを開催して欲しい」という匿名の手紙がララァをはじめとした各方面に届く。これに面白がった参加者は「オークションをやろう!」と声を多くあげていくように。その声を受け入れるままオークション開催を呼びかけた。すると今度は『怪盗Xの挑戦状』が届いたというのが事実一連の流れらしい。
「まるで仕組まれたイベントのようですわね」
イザベラはクスクス笑った。この部屋に入るなり、目をキラキラさせて、只のギャルのようにすら見えるこの女を探偵として信頼して良いのか? ジョンは甚だ疑問に思うしかなかった。
「それで俺はアルクファミリーの傘下組織ってだけで、ずっとこのオバンに睨まれている。呆れた話だぜ。他にもいるかもしれないっていうのに。おまけにやれ犯人捜し手伝えだとか……泣けちゃうよ。うえ~ん、うえ~ん」
「黙りなさい! 貴方方の悪行は我が市でも知らない人間はいないわ!」
ギャン・ブラッドフォード、アルクファミリー傘下組織「血の13」のリーダーだ。アルクファミリー幹部の替わりとしてオークションに参加する予定だったのが、目をつけられてしまいカリファの監視下におかれたらしい。
「それで拳銃所持者は実質何人いたのです? 管理は?」
ジョンは疑問に思ったことを率直に尋ねた。銃の発砲、あの瞬間にこの案件が事件性のあるものに変わったのだ。
「手荷物検査にてほぼ回収しました。勿論この男からも。ただ一部の御方には特別措置として所持していただきました。残りは全て金庫で保管を」
「一部の御方が所持していた?」
「はい。有名タレントであるパチーノ氏、国会議員のファーレン氏に側近のクリスティ氏にもその許可を与えておりました。あとは私、ランデンバーグも」
「なるほど。じゃあその誰かがあの時に発砲して窓ガラスを割ったと……」
「私は断じてしていません」
「そりゃあ、わかっているって」
「それで? この監視カメラには何も映ってないのですか?」
「それがモンデローにも確認したのですが、停電を回復するその時まで多くの監視カメラの電気が切れていたと」
「なんと……!」
「ただ、あの停電は故意的なものにみえた。それが可能なのは彼なのでは?」
「それがカールからはこのような物を貰ったのです」
そう言うとララァは懐からタイムウオッチのようなものを取り出した。
「これは!?」
「ブレーカーに仕掛けてあったそうです。カールがそれを取り外すと同時に停電が回復しました。完全に仕掛けられた犯行であったのは確かです……」
「ならば、ブレーカーのある場所の監視カメラを辿ってみればわかるのでは?」
「ええ、それができればいいのですが、モンデローが遅刻してしまい、そのうえ彼が作業に入らないものでして。監視カメラが作動してなくこの事態に……」
「なんだよ、随分いい加減な仕事するじゃねぇか? そりゃあ、悪党につけこまれるわ。お気に毒様だな」
「あなたは黙りなさい!」
「ハイハイ」
ギャンは終始飄々としている。彼が何かをしたとは考えにくいが、ジョンは気になっていたことを訊ねた。
「そういえば、あの手品師へ随分と絡んだようだが、何か遺恨でもあるのか?」
「え? ああ、なんかムカついたから。ムカつく顔によく似ていたから」
「何だ? それは? どういう意味だ」
「うまく答えないと公務執行妨害にでもなるのか? 警察って頭悪いな」
「なんだと貴様」
「刑事、そこまでにしましょう。彼はあまり関係がなさそうですから。それはそうと、あの手品師は聞いたこともない人でしたが、どこで見つけられたのですかね? 見事なパフォーマンスでしたよ。ええ。」
「え? ああ、あの人は興行演目をされる御方を募集していまして、そのオーディションに受かった芸人さんになります。本人も夢のようだと話していました」
「なるほどなぁ~しかし自慢の手品道具も失ったワケだから残念で仕方ないね」
「そうですね……」
ヴィンはララァとの話を終えると、先ほどから監視カメラの映像を弄って見返しているイザベラへ話しかけた。
「どうです? 何かわかりそうですか?」
「ええ、仮定ですが、こちら私が疑います面子になりますわ」
イザベラは紙に何人かの名前を書き記した。どうやらこれこそが今回の案件の被疑者であるらしい――
○ジョン・スパクロウ
○ヴィン・アルシンド
○サム・キャッシュ
○ジーノ・パチーノ
○ギャン・ブラッドフォード
○カール・モンデロー
○ダマス・ファーレン
○ケビン・クリスティ
○リック・アルバニア
○ララァ・メイスン
○アリー・ランディ
○カリファ・ランデンバーグ
以上12名。
「ふざけるな! なんで俺達まで疑われなきゃならんのだ!」
「まぁ! 怒らないでくださいまし! あくまで可能性ですわ。このままでいけば、キャッシュ氏がダイヤのレプリカを盗んで逃走した。そう思われても仕方ないことですわ! そうなれば貴方達も疑わしくなくて?」
ヴィンがジョンの肩を掴み彼を宥めた。
「そうですよ。あくまで可能性です。我々は我々だからこそできることをしましょう。どうしましょうか? イザベラ殿」
イザベラは監視カメラの映像を眺めつつも返事を返した。
「ここにいる方々以外の取り調べを。あとキャッシュ氏の所有物も徹底的に調べてみてください。おそらく真相に辿りつくことは可能ですわ」
「わかりました。では仰せのままに動きましょう。刑事」
「ぐぬぬ……」
悔しさに歯ぎしりをするジョン、そんな彼に追い打ちがかかった。
「ちょっと!」
「なんだ!?」
「あなたって怒った顔がとても勇ましいのね~♡」
「うわっ! やめろ! 離せ!! この野郎!!」
ジョンはイザベラの付き人であるポールに抱きつかれ、それに抗った。なんとか突き放したその直後、今度は恐る恐るララァがジョンへ言葉をかけた。
「あのう……実はあなたも警察で、実はあなたのほうが上司だったのですね……」
「………………はい」
「いきますよ。刑事」
踏んだり蹴ったりのジョン・スパクロウだった。
ジーノ・パチーノは警察の登場に驚いたが、人気タレントらしく明るく応答してみせた。が、自身に疑いの目がかけられていると知ると怒りを露わにした。
「なんで俺が疑われるんや!? 俺は逆に迷惑かけられたねんぞ!! 第一あんな偽プラチナ盗んだところで何にもならんわ!」
「レプリカであることを知っていたのですか?」
「事前に聞かせられていたわ! それよりも俺は自衛するので必死だったわ!」
「自衛?」
「遠くで議員さんが血を吐いているようにみえたんやで! 警戒して当然や!」
「なるほどね~。まぁ、死んでなどいなかったですけども」
「ホントな。今度テレビでネタにするから堪忍してよ……」
「そりゃあ楽しみだ! 必ず話してくださいね!」
「アホか! とっとと帰って寝ろ!」
「はい。おやすみなさい」
ジーノはドアをバタンと勢いよく閉めた。
「あんなに怒る必要はありますかね?」
「プライドが高いのでしょう。次いきましょう」
ダマスはやはり酔いの状態が激しく、替わりにケビンがでてきた。自身に疑いの目がかけられていると知っても、特に動じる様子もみられなかった。
「私どもを疑いたいなら疑いなさい。何なら法廷で戦ってもいい。しかしこれだけは言えるな。私たちにそんなことするメリットはどこにもないよ。でわ」
そう言うと彼は静かにドアを閉めた。
カールはカリファに散々怒鳴られた挙句、解雇処分が決まったようで完全に憔悴しきっていた。その体からは酒の匂いがプンプンしていた。
「どうとでも言えよ。なんなら刑務所で毎日過ごした方が幸せかもだし。今年は離婚するわ、破産するわ、やっていられなくてよぉ……俺さ……」
「あの、もう結構です。ゆっくり休んでください」
ヴィンのほうから一方的に閉めた。
「ヴィンさん、何をしているのですか?」
「ありゃあ、もっと酷くなりますよ。しかし1つ仮説がたてられました」
「仮説?」
「あの不出来な整備士が整備を担当しているのが犯人にはとても好都合だったということです……! 事前に知って犯行に及んでいた可能性もあります」
「なるほど……!」
リック・アルバニアはいくらノックをしても部屋からでてくることはなかった。鳩を失ったことが余程ショックだったのか、それとも……
アリー・ランディはドアを半分だけ開けて応答した。
「わ、わたし何もしてないです! 本当です! でも目の前で人が失神するトコなんて初めてみたものだから逃げたのです! ララァ様には申し訳ないけど、申し訳ないけど、申し訳ないけど、逃げちゃったの! ララァ様は無事ですか!?」
「あ、ああ……船長室で事件の解明に向け、懸命になっているよ」
「本当ですか!? 良かったぁ……」
「メイスンさんも貴女のことを心配しているだろうから、明日港に着く前にでも行くと良いだろう」
「ええ……気が向けば……」
「気が向けば?」
「私、ララァ様を放って逃げちゃったから……」
「だからこそ行かなきゃいけないのだろう? やましいなら行くべきだよ」
「はい……すいません……ありがとう。刑事さん」
「はい。ゆっくり休みなさい」
気が動転しているのは確かだった。しかし人の失神をみただけでそうなるとはどんな御嬢様なのだろうか? ジョンは甚だ疑問に思った。
こうしてイザベラからお願いされた取り調べは終わった。ジョンたちが船長室に行くと、そこにはイザベラとポールのみが残っていた。
「他の人たちは?」
「各人のお部屋に戻ったわよ。ギャン君は縄で縛られていたけど♡」
「縄で縛るって……おい……」
「それでイザベラ殿、貴女の推測はもうハッキリとたてられましたか?」
「ええ、完全に立証できますわ。この画面をよくみてくださいまし」
「これは……停電から回復して間もない時のことか」
「ええ、このサム・キャッシュ氏の視線のその先をよくみてくださいまし」
「なっ?!」
「モニターが別々ですから普通は見落とすでしょうね。そして窓が割れた先のスペース、ここは監視カメラが設置されてないスペースになります。ここに走っていくのが彼ですが、彼もまた……。それと、この会場には監視カメラに映らない一角がございます。この一角にいたと思われる人間が何をしていたのか想像に難くありませんわ」
「なんということだ……しかし立証するには。証拠がいる。これだけでは……」
「そこは既に手をうっておりますわ。明日、貴方がたで犯人を追跡してくださいまし。ああ、キャッシュ氏の所有物は確認されましたかしら?」
「いや、まだ……」
「必ずしてください。必ずボロがでますから。あ、そうそう“可愛い泥棒さん”も逃げないようにしてくださいな」
「可愛い泥棒?」
「ああ、それなら私が既に手を打っていますよ。うまくいけばですが。しかし、貴女は思った以上に聡明な方でいらっしゃいますなぁ……」
「あら、ヴィンさん、貴方にはわかったのね?」
「おい、何なんだ!? アンタたちは一体何者なんだよ!?」
「まぁ? こんなに貢献したのに何者か問うだなんて野暮ですわ……」
「いいじゃない? 教えてあげたら? 彼らも“同類”なのだから♡」
ジョンの問いかけに車椅子の美女は微笑んでこう言った
「真実はいつも1つ。だけど楽しみはまた明日。ごきげんよう」
そして彼女は付添人と共にその場を去っていった――
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