プロローグ:怪盗Xの挑戦状――
オルティナ国、ラプラス市、そこに刑事としてのキャリアを始めた男がいた。ジョン・スパクロウ。高校を卒業し、誇り高い殉職に倒れた父の背中を追って、ラプラス市警の一員となった。彼の努力とセンスが実り、遂に彼は亡き父と肩を並べることになる。
その手土産か、さっそく直属の配下がつくこととなった。ヴィン・アルシンド、ジョンよりも三十も歳を超える手練れのベテラン刑事だ。一度は引退した身だったが、冷めあらぬ情熱と共に現場へ戻ってきた。
自分よりもだいぶ歳上の部下、戸惑うジョンだったが会ってみると、ヴィンは意外にも穏やかな面持ちの壮年だった。また随分と年下のジョンに対して丁寧な敬語を使って接してくれ、彼のちょっとした不安はすっかり払拭された。
父を葬ったマフィア、アルクファミリーとやっと正々堂々戦える。
そう決意を固めた矢先のことであった――
ジョンのもとに1本の電話が入った。着信は幼馴染のサムからだった――
サムことサム・キャッシュは現在週刊誌の記者をしているのだと言う。
どうやら来月の初旬に行われる『幸福をもたらすダイヤ・オークションツアー』にジョンを招待したいとのことだ。そしてそれは遊びとしてではなく、その捜査として。このイベントは連日テレビでも取り上げられていて、その謎のベールに包まれた感じが人々の興味をそそっていた。
イベントはラプラス市が誇る豪華客船ラプラス号・第3号機の遊覧にて行われる。この第3号所有者が現ラプラス市長、ララァ・メイスンだ。これだけ聞けば只の豪華なオークションイベントに過ぎないのかもしれない。問題なのは、このイベントの運営そのもの全てがメイスンサイドで行われることにあり、これに警察の介入を断固拒否しているということにある。
イベント参加者は既に決まっており、オルティナ国有数の大企業社長らが参加するものとなっている。勿論テレビなど大手メディアの取材も一部のみ。あまりにも不可解な盛大イベントときている。
しかしそのイベントに何故サムが参加できるというのだろうか?
「おかしくないか? 何故お前が参加できる?」
「俺のところに“挑戦状”が届いたからだよ!」
「挑戦状?」
「ああ、明日にはお前の職場に到着していると思うぜ? 楽しみしといてくれ!」
「おい、話がみえないぞ? 何なんだ? 挑戦状って?」
「怪盗Xの挑戦状さ」
怪盗Xの挑戦状、それはオークション当日『幸福をもたらすダイヤ』を盗むというものだった――
これが届いた者は他にもいた。主催者のララァ・メイスンは勿論、当日オークショニアを務める有名タレントのジーノ・パチ―ノにも。サムと言えば、実は業界では名の知れた名スクープ記者だ。彼が取り上げることによって失脚した政治家やタレントなどは山ほどいる。
つまり完全不可能な窃盗をやってみせると宣言しているというのか。大物という大物を相手にして。そしてその挑発にメイスン市長がのったというのか?
馬鹿馬鹿しい。こんな馬鹿げた話に応じるなんて馬鹿にも程がある。
しかし次第にジョンにも奮い立つ感情が湧いてきたのだった――
「潜入捜査?」
「はい。僕もラプラス第3号機に乗船ができる模様でありますので」
「まぁ、でも、ウチは関与できないと公にされているからなぁ……」
「ダメでしょうか……」
「なあんてな。ははっ! いいだろう。ただし拳銃不所持で行うことだな。あくまで一般庶民として潜ることを義務としろ。くれぐれも自分が警察だと悟れないようにしろよ?」
「い、いいのですか!?」
「おいおい、はしゃぐんじゃない。子供じゃないんだから」
「はっ! すいません! 肝に銘じます!」
「うむ、ヴィンさんも連れていけ。いざとなれば彼も力になるだろう。いいか? 不用なことは一切するなよ? その目でみたもの全てありのまま報告するだけでいいからな。下手に動くんじゃないぞ?」
ラプラス市警、老獪な司令官ペリー・ライトルはじっとジョンを見つめると、こうつけ加えた。
「今回何があっても我々が何もしなければ、我々に何も責任はないからな」
ジョンは「はっ!」と潔く爽やかな敬礼をしてライトル司令官の部屋を離れた。
ペリーはせせら笑いをしつつ彼の好きな苦いコーヒーを一口口にした。