冬から春になるように。
「うぅ、さむっ」
長い冬のせいで、例年以上に降り積もった雪の中、春陽は小屋から出た。
寒さに震える彼女の顔には、迷いばかりが浮かんでいた。
何度も自問自答を繰り返す。
本当にこれで良かったのか。本当に、こうするしか手段はないのか。
彼女は何度も何度も繰り返すけれど、それに答える人はだれもいなかった。
「さみぃ」
服や髪に燃え移らないか、不安になるくらい暖炉に近付き、夏月はそれでも体を震わせていた。
夏を司る女王である彼女は、寒いのが滅法苦手なのだ。
大抵、彼女が役目を終えて眠りにつき、目覚める季節は秋が終わる頃である。
彼女は鈴秋と仲が良いので、鈴秋が塔から降り、秋と冬とが交替するときには、必ず居合わせるようにしていた。
そして鈴秋が眠るまで、傍にいるのだ。
そうしたら春に入るか否かの頃まで鈴秋は目覚めないので、一人、寒さに凍えているのが常だ。
毎年、冬の間は耐えられないと、暖炉の火を盛んにし、運動することにより体を温めようと努力したりしていた。
しかし今年は、それも限界であった。
冬が長く続くから気温は下がってしまうし、彼女の体力も体温も奪われていくばかりである。
最初のうちは、少しくらい冬が長くなったからといって、何も変わりやしないと彼女は考えていた。
むしろ、鈴秋と一緒にいる時間が長くなるのではないかと、喜んですらいたくらいだ。
それでもあまりに冬が終わらないので、冬華や春陽へ向けられる感情も、感謝から心配へ、そして今はもっと別のものになってしまっていた。
「寒いね」
ぽつりと呟く。
夏月ほど寒さが苦手というわけではないが、下がる気温に鈴秋の体も冷えてしまっていた。
彼女は、本格的な冬を経験するのは、これが初めてのことである。
いつも彼女が目を覚ます頃には、冬の終盤かもう冬が終わり春になってしまった後かだった。
だからまだ融けていない雪を見ることはあったけれど、実際に雪が降っているところを見るのは、初めての経験なのである。
そのことに、少しはしゃぎもした。
夏月と一緒に体を鍛えさせられることもあったので、その成果が出たのではないかと喜んだ。
しかし少しすると異変に気が付く。
自分が早く目覚められるようになったのではなく、冬が終わらないのだ、と。
数日の誤差くらいはあるものの、塔の女王が交替するのは、ほとんどが同じ日であった。
それを何週もずらすことなど、彼女には考えられないことであったので、目覚めたときに外の景色を見たけれど、日を確認はしなかったのだ。
すぐに冬は終わるだろうが、雪の降る様を見られて良かったと、その程度に思っていたのだ。
そうではないと気付いてからは、彼女は冬華か春陽かに何かがあったのかではないかと心配した。
そして寒さのせいばかりでない、寒気というものを感じていた。
もしかしたら、自分はもう秋の訪れを告げられない、女王としていられないのではないか。と。
「寒いのなんて、嫌いですよね。冬なんて、……嫌いですよね……」
瞳にたくさんの涙を溜めて、彼女は部屋にある窓から、身を乗り出そうとした。
彼女の涙は、北風に攫われて雪に変わる。
「いいえ、大好きよっ! みんな、この美しい冬の世界が、大好きなのよ!」
返ってくると思っていなかった、答え。驚いて冬華は下を見る。
そこにいたのは、春陽と、冬眠しているはずの動物たち、そして溢れるほどの人であった。
「冬は清く澄み渡り、遥か彼方の星々をも美しく輝かせる。冬は空からの贈り物を、雪という白い宝石をだれもが手に入れられるの。冬の寒さだって、みんなの距離を近付けるためには、絶対に必要なものだわ。冬華、自信を持って! 自分に、自分の季節に自信を持って!」
戸惑う冬華に構わず、春陽は更に続けた。
「笑うのよ。みんなの気分が沈んでしまうのは、冬が嫌いだからでは決してない。冬華、あなたが、そんな悲しそうな表情をしているから。だってみんなは、冬華のことが大好きなんだもの」
「でもっ」
「でもじゃない! みんなは、冬華のことが大好きなの。だから冬華が笑えば、みんなだって笑うはずなのよ」
「春陽ちゃん……。ありがとう。わたしもみんなのことが、春陽ちゃんのことが大好きです」
作られた笑顔なんかじゃない。笑え、そう言われたから笑ったわけじゃない。
集まってくれたみんなの温かさと、自分のためを想ってくれる最高の友人、春陽の温もりに、自然と笑みが零れたのであった。
それはとても、本当にとても美しい笑み。
彼女の柔らかい笑みにつられるように、まるで魔法でもかかっているかのように、動物たちや人々に、笑顔の輪が広がっていった。
そして明るく優しく、幸せな、大輪の笑顔が咲いた。