春を待つ冬に。
少女は、溜め息を吐いた。
「春陽ちゃん、もう、良いんですよ。わたしのことはもう、良いんですよ……」
窓の外は相変わらず銀世界であった。
真っ白に包まれる人々の顔は、見ている側が苦しいほどに暗く沈んでいた。
食べるものすら底をつき、静かに春を待つしかできない人々の瞳には、もはや絶望が浮かんでいる。
そんな様を見て、少女は涙を零す。
「ごめんなさい。みんなも、春陽ちゃんも、ごめんなさい。夏月ちゃんにも、鈴秋さんにも、ごめんなさい。嫌われものの冬の女王は、もう塔を去らなければいけませんよね」
彼女はそう思うのだけれど、彼女を塔に留まらせ続ける言葉があった。
「私が行くまで、冬華は塔にいて。みんなの笑顔が溢れる世界を、動物たちが笑う世界を、きっと私が見せてあげる。冬華に、その塔の上から、春の景色を見せるから。約束する」
春の女王、春陽の言葉であった。
彼女が言った”約束する”という言葉を信じて、冬の女王である冬華は、もう冬が終わっていなければいけないことを知りつつも、塔に留まり続けた。
それは、彼女なりの優しさだったのかもしれない。
もしかしたら、優しさという名の自己満足や逃げだったのかもしれない。
そしてその中にほんの少しだけある希望が、彼女を塔へと閉じ込めた。
通常、各季節に女王が存在し、その季節の間だけ塔に君臨する。
この国に住んでいる人ならば、みんなが知っている事実である。
担当する季節が終わったら、女王は長い眠りにつく。一年とまではいかないけれど、次の季節くらいは、完全に眠りの中ということが多い。
だから春の女王は夏を知らないし、夏の女王は秋を知らない。秋の女王は冬を知らず、冬の女王は春を知らないのだ。
このことは、女王たちと、眠っている間も傍にあり続ける側近しか知らない事実だ。
特に夏の女王と冬の女王は消費が激しく、その分だけ眠る期間も長い。
夏月の場合は鍛えてもあるし体力だって人一倍あるから問題ないのだが、冬華はそうじゃない。
彼女は、下手をすると、塔を降りて眠りについた後、秋の終わりまで一度も目を覚まさないことすらあった。
それを仲の良い春陽は可哀想に、そして本人よりも悲しさを感じていた。
「ひどい矛盾でしょう。わたしが塔にいる限り、国は冬であり続けます。わたしがここにいては、永遠に春は来ません。だから、塔の上から春の景色を見るなんて、わたしには絶対に叶わないことなのです」
早く春の女王と交替して、春になってしまえば良い。
そうすれば苦しみからも解放されて、再び冬が訪れるそのときまで眠っていれば良いだけだ。
思うのに、塔を出ることができなくて、まだ信じている自分が馬鹿らしく思えたのか、冬華は嘲笑する。
「春陽ちゃん、早く、早く迎えに来て下さい。わたしはもう、自分の意思じゃ、ここから出られない……」
様々な感情が渦巻き、それらは、冬華の表情を悲しく彩った。
吐き出した溜め息に絶望の声が乗り、希望を空しく思い嘲笑する頬を、雪よりも冷たい涙が伝った。