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魔導士の死命  作者: 斗樹 稼多利
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第8話 疑問


 王都に建つ魔物対策協会本部。

 ここでは各地の魔物の情報や、魔物による被害、狩った魔物の換金といった魔物に関する全ての事柄を取り扱っている。

 王城や軍部以外で魔物に関する案件を取り扱っているのはここだけで、魔物の肉や素材もここで売買できる。

 その買取課の受付に勤務しているアンナ・ハウリンダは夕暮れ間近の忙しさを乗り切り、奥に引っ込んで他の受付嬢達と雑談をしていた。


「いつもながら、この時間帯は忙しいわね」

「仕方ないわよ。大抵の奴が、この時間頃に森とかから引き揚げてくるんだから」


 夜になると夜行性の魔物が動き出すだけでなく、視界も悪くなるため、夕暮れ間近が最も受付が賑わう。

 アンナ達受付嬢はつい先ほどまでその対応に追われ、忙しなく働いていた。


「にしてもさ、たまには若い子来ないかしら。あんなムサイ奴の相手ばっかじゃ、干上がっちゃうわよ」

「先輩、その発言オバさんくさいです」

「誰がオバさんか!」


 まだ疎らに客がいる中で交わされる普段のやり取り。

 それが一変する事がこれから起きようとは、この時誰も思っていなかった。

 原因の一端を担う人物。


「すみません、魔物の買い取りをお願いしたいんですが」


 倒した魔物の売却に来たラゼルと、その後ろに付き添う主な原因となるアルダさえも。


「あっ、はい!」


 受付に残っていた受付嬢は別の客の対応をしているため、ラゼルの声に反応したアンナが受付に戻って対応に移る。

 後ろからは若い子だ、でも学生ですよ、あの制服は国立魔法学校ねという声が聞こえるが、それらを聞き流したアンナは営業スマイルで対応する。


「お待たせ致しました。買い取り希望ですね、現物の方をお願いできますか?」

「それなら、こちらです」


 倒して袋の中に入れていた魔物を受付にある専用の台の上に並べる。

 施設に入る前に予め出しておいたため、周囲は普通に運んできたようにしか見えていない。

 そのためアンナも何の疑いも無く、どれだけ痛んでいるかを確認すべく受付を出て、台に並ぶ魔物の死体を見聞する。

 解体していないため、解体場に連絡しなきゃと考えながら品を見た途端、アンナの表情は驚きに包まれた。


「こ、これはっ! なんですか、この魔物の状態の良さは!」


 突然の大声に、その場にいる僅かな客と奥の方に引っ込んでいた受付嬢達。さらには金の管理と記録をしている事務員達まで何事かと集まって来た。


「ほとんど傷も無く、それどころかこの肉質、まるでさっき倒したてのような。こんな状態の良いのは初めて見ました!」


 興奮した様子にどれだけ良い状態なのかと、他の受付嬢達も品を見る。

 さらにはその場に居合わせた、別の客の品を引き取りに来た解体場に勤める職人の男も混ざる。


「嘘。こんな品、どうやって……」

「すげぇ。まるでついさっきまで生きていたような品質じゃねぇか。俺ぁ長くこの仕事やってるが、こんなの持ち込まれるのは初めてだ」


 職人すらも品質の良さを認めたことで、受付前の騒ぎは大きくなる。

 本当にこれだけの魔物を学生が仕留めたのかと疑いの眼差しを向けたり、どれだけ高値になるんだろうと目を眩ませたり、良からぬ考えを抱いてラゼルとアルダを見たりと周囲の反応は様々。

 特に多いのは、どういう手段でこれだけの品質を保ったまま運んできたのか、という囁きだった。

 町の外からどんなに急いで運んでも、表面に痛みが出ているはず。なのに痛みはどこにも無く、それどころか傷もほとんど無いため皮も高値になる。


「凄い、まるで魔導士様が持ち込んだと言われている品みたい」


 魔物対策協会に伝わる伝説の一つ。

 時間魔法と空間魔法を操れる魔導士は、倒した魔物を空間拡張と時間停止の付与を施した入れ物に保管している。それによって常に最高の品質を保ったまま、大量の魔物をいっぺんに持ち込む。

 協会より売り出された肉は王族や貴族が破産を覚悟してでも買い求め、道具に加工する皮や爪、牙の類は道具屋や鍛冶屋が争うように奪い合う。

 持ち込んだその日のうちに売り切れるそれは、魔物対策協会には莫大な利益を、肉を入手した者には至高の味を、加工する品を入手した職人には会心の品を与える。

 あらゆる逸話を残すその伝説は、魔導士が訪れた町にのみ起こる一つの奇跡。


「でも魔導士はもういないはず。最後の魔導士バーバラ様は、既に」


 バーバラが死んだことはこの場にいる全員が知っている。

 かといって、目の前にいるまだ若い少年達が魔導士に至っているとは思えない。


「驚くのも無理ねぇか。なにせアゼインはバーバラ様の弟子だかんな」


 得意気なアルダの発言で、場の空気はまるで時間が停止したかのように静まり返った。


「言うなっつたろ、このバカ!」

「あっ、悪い。でもさ、遅かれ早かれバレたと思うぜ?」

「少しでも遅れればトラブルも起きにくいだろう。少しは考えろ、お前は!」


 激怒するラゼルと両手を合わせて謝るアルダのやりとりは、どこにでもいる普通の学生のよう。

 しかし周囲はそれどころではなかった。

 魔導士バーバラには弟子がいた。そんな噂はあったが、名乗り出ないので根も葉もないものだと誰もが思っていた。

 ところがその本人が突然現れ、しかも伝説にまでなっている高品質の魔物を持ち込んできた。

 この事実に誰もが言葉を発せず、ただ茫然としているか、口をパクパクさせているだけだった。


「ったく。それで、買い取りの方は?」

「へっ? えっ? あっ、少々お待ちください!」


 声をかけられたアンナが正気を取り戻したのを切っ掛けに、集まっていた人々も徐々に正気に戻っていく。

 途端にあっちこっちでラゼルを見る目が変わり、腰に下げたあの袋に時間魔法が付与されているんじゃ、という囁きも聞こえる。


「な、なあ君。今の彼が言ったのは」

「……本当ですよ。黙ってろって言ったのに」

「だから悪かったって」

「罰として奢れ」

「ふざけんな! せっかくの稼ぎがまたパアになるわっ!」


 肯定の言葉こそ聞けたが、どう見ても普通の学生にしか見えないやり取りに困惑を隠せない者は多い。


「じゃあ奢りの代わりに運搬料と俺が主体で戦ったから、分け前は俺が七でお前が三な」

「まあそれくらいは構わねぇよ。俺一人じゃ、魔物の一匹も狩れなかっただろうし」


 分け前についてはアルダに文句は無かった。

 そもそも、例え小型ばかりでも魔物の売却金は高いため、全体の三割でも学生には十分すぎる額になる。

 加えて高品質ということもあり、どれだけの値が付くのか予想はできない。


「お、お待たせしました!」


 駆け足で戻って来たアンナに全員の視線が自然と集まる。

 これだけの品にどんな値段が付くのか。ラゼルは冷静にしているが、アルダは楽しみで仕方がなかった。


「えっとですね。今回の全て合わせて、半金貨八十一枚と銀貨七十四枚になります」


 あまりの高額に困惑気味のアンナから告げられた金額に、その場はどよめきと驚きに包まれる。

 オルセイム王国に流通している通貨は鉄貨、半銅貨、銅貨、半銀貨、銀貨、半金貨、金貨、白金貨という順で存在する。

 貨幣が一段階上がるためには一つ前の貨幣が百枚必要になるため、今回ラゼル達が手に入れたのは、ほぼ金貨一枚に近い金額だった。

 ちなみに王都では、半銀貨一枚あれば四人家族の庶民が一ヶ月生活できる。


「……マジですか?」

「は、はい」


 予想以上の額にアルダも驚き、思わず確認をしてしまう。

 受付嬢の一人もアンナから査定表を掻っ攫い、自分の目で確認する。


「ホントだわ……」

「これだけの高品質なら、これぐらいは当然だって課長も」

「その通り。過去の記録を参考にすれば、その値段で当然です」


 奥から現れた眼鏡の男。彼が買取課の課長のロガン・アデット。


「しかもその額は解体に必要な手数料、税金を差し引いた上での額です。実際は半金貨九十枚前後になると思ってください」

「きゅ……じゅ……!」


 あまりに高額な値段にアルダは立ちくらみを起こし、フラフラになって倒れそうになる。

 その背中をラゼルが支え、そっと膝を付けさせた。


「では、その額でお願いします」


 高額な金額を聞いても平然としている態度に、ロガンは眼鏡の位置を直しながら尋ねる。


「やけに冷静なんだね、君は」

「師匠と一緒にいる時は、もっと高額な買取金額が提示されることもありましたから」


 震える手で買い取り金が詰まった大きな袋を差し出すアンナから金を受け取ったラゼルは、明細書と一緒に腰の袋に放り込む。

 何倍もある袋をあっさり収納する様子に、やはりあの袋には時間魔法と空間魔法がという声がする。

 同時に、その袋に対して悪意ある視線を何人かが向ける。


「では俺達はこれで。ほら、帰って分け前の分配をするぞ」


 まだ足元の覚束ないアルダを引っ張るようにして、ラゼルはその場を去って行った。

 嵐が過ぎ去ったかのように静まり返った受付前。何人かは感心した目でラゼルを見つめ、何人かは含み笑いを浮かべてラゼル達の後を追う。

 ラゼルの背中を見送ったロガンは手を叩き、まだ固まっている受付嬢達に指示を出す。


「何をしているのですか。早く彼の持ち込んだ魔物を解体して肉を保管庫に。それと大至急、肉の買い取り先を募ってください。保管庫なら劣化をある程度抑えられますが、少しでも新鮮なうちに売るのです」

『は、はい!』


 指示に従い、受付嬢と居合わせていた解体場の職人は、それぞれの仕事のためにバタバタ動き出した。


「それと今後も彼が来た時は、同じ状況が想定されます。彼の姿を見たら、心の準備をしておくように」


 続けて述べられた内容に返事は無かった。

 誰もがそれどころではなく、こういった事態に取るべき対応マニュアルを手に、関係各所への対応に勤しんでいる。

 仕事に集中しているのは良い事だが、話を聞いてもらえなかったロガンは少し寂しそうに自分の席へ戻った。上への報告書を作成するために。

 一方のラゼルとアルダは、寮への帰り道で狩りについて話していた。


「次はもっと大きな魔物狙わないか?」

「調子に乗るな。それに大物狙いだと、他の奴と獲物が被って奪い合いになる可能性がある。しばらくは小物狙いだ」


 調子に乗るアルダを諌める一方で、背後からの気配に警戒心を解かないラゼル。

 時折背後に鋭い視線を向け、物陰に隠れたり人ごみに紛れる人影をいくつか確認する。


(四、五、六人か……)


 魔物対策協会を出てから密かに探知魔法も展開していたラゼルは追跡者の数と位置を把握し、付け狙われる理由はこれなんだろうと腰の袋に触れる。


「ミリッジ、先に帰っていてくれないか」

「あん? どうしたんだよ」

「ちょっと用事を思い出した。安心しろ、金を持ち逃げするとかしないから」


 ラゼルの言い分にアルダは分かったとだけ返して、先に帰って行った。

 ちっとも疑わない辺り、単純なのか自分を信用しているのかラゼルは判断に困った。

 しかしそれはそれと割り切り、探知魔法で追跡者がアルダを追いかけないのを確認しながら裏路地へ入る。

 怪しげな店やのんだくれ、露出の多い化粧をした女性の誘いの全てを無視して奥へ進み、やがて人気の全く無い開けた場所へ到着する。


「さっ、来るならどうぞ」


 振り向きざまにそう言うと、追跡していたうちの四人が武器を手に一斉に襲い掛かってきた。

 わざわざ姿を見せたりしない点は優秀だが、既に位置を把握しているラゼルには奇襲など無意味だった。


「ほい、ほいっと」


 向かってくる全ての攻撃を回避し、擦れ違いざまに襲撃者の体の一部に軽く触れる。


「やるじゃないか、小僧。さすがは魔導士の弟子ってところか?」


 残る追跡者二人のうちの一人。

 マントを羽織って杖を持った男が姿を現し、杖の先端をラゼルに向ける。

 攻撃を避けられた襲撃者達も距離をとって囲むように陣形を取り、再度の攻撃のタイミングを計る。


「狙いはこれ? でもこれ、師匠が俺にしか使えないように設定しているんだけど」


 腰にある袋を見せながらそう告げるが、襲撃者達は引こうとしない。


「構わないさ。だったらお前を痛めつけて、言う事を聞かせればいい」

「いくら魔導士の弟子でも、五対一じゃ勝ち目無いだろ?」

「お友達を返さず一緒に来れば良かったな。まっ、あんなのがいても結果は同じか」


 無駄口を叩きながらも警戒心は緩めない襲撃者達。

 さすがに魔物相手に狩りをして生き抜いているだけの事はあるが、ラゼルに動揺は一切見られない。


「だと思った。ところでさっき襲ってきた人達。大丈夫なの?」

「はっ? 何が」


 襲撃者の一人が何の事を言っているのか分からずにいると、足元にボトリと何かが落ちて左半身が軽くなった気がした。同時に血の気が失せてきて、液体が滴り落ちる音も聞こえてくる。

 まさかと思っておそるおそる左腕を見ると、先ほど擦れ違いざまに触れられた二の腕の半分から先が無くなっていた。

 失った腕の部分は地面に落ちており、傷口からは今頃になって血は噴き出した。


「あぁぁぁぁっ!?」


 傷口を見て認識したため、ようやく脳が左腕を切り落とされていることに気づいて痛みが走る。

 それは他の三人の襲撃者も同様で、擦れ違いざまにラゼルが触れた個所に大怪我を負っていた。

 ある者は右足の膝から下を失い、またある者は脇腹からはみ出そうな内臓を両手で押さえつけ、またある者は首筋から溢れる血液を持っていた布で止めようとしている。


「なっ、いつの間ぎいぃぃっ!?」


 驚いた魔法使いの男の顔は突如苦痛に歪み、悲鳴を上げて崩れ落ちた。

 両脚には無数の穴が開き、そこから出血して地面を真っ赤に染める。


「俺をガキだって舐めるからだ。安心しなよ、命までは奪わないから」


 そう言ってラゼルは袋から液体の入った小さな瓶を人数分、自分の足元に並べて置いた。


「これを飲めばそのぐらいの怪我は治るよ。手足の方は出血を止める程度だけど、医者なり神官なりの下に行くまでは保てるはずだ。そこでくっ付けてもらって」


 薬を置いたラゼルは残る一人の追跡者の位置を探知魔法で把握する。

 敵わないと思ったのか、逃げ出して大通りへ出ようとしている。

 万が一の場合を考えたラゼルは、奪い合って瓶を壊すなよと襲撃達に言い残し、両脚に風魔法を纏って跳び上がった。

 まるで飛行でもしたかのようなジャンプで建物の屋根まで跳び、屋根伝いに走る姿を見送った襲撃者達は、助かるために薬の下へ群がった。

 一方でただ一人逃げ出した追跡者の男は、必死の形相で走っていた。

 途中で誰かとぶつかろうが、店先の箱を倒して商品をぶちまけて怒鳴られようが、構わずとにかく走った。


(なんなんだよ、あのガキは。あんなの勝てるわけねぇって!)


 男もラゼルの持っていた袋を狙い、後を付けていた。

 他の五人は手を組んだようだったが、男は手を結ばず情報収集に徹した。

 そこで見たのは、一瞬で同業の男達を倒してみせたラゼルの実力。戦慄した男は一目散に逃げ出し、隠れ家へと向かった。

 売られている物の怪しさや違法スレスレの品を扱っていることから、闇通りとも言われている裏通りの一つ。そこに建つ摘発された元薬屋が男の隠れ家。

 どうにかそこまで逃げ帰った男は、金輪際ラゼルには近づかないようにしようと決め、中へ入ろうとする。

 そこへ、肩を誰かに叩かれ、ほぼ同時に背筋に寒気が走った。


「う……あ……?」


 嫌な予感がしつつもおそるおそる振り向くと、ニッコリ笑うラゼルが立っていた。


「やっほ、追跡者さん」

「うわあぁぁぁぁっ!?」


 突然のラゼルの登場に男はしりもちをつき、ガタガタと震えだす。

 近づかないと決めたのに相手の方から現れたことで思考はまともに働かず、身動き一つ取れず言葉も発せない。


「ん、あんたも違ったか。ごめんね、驚かせて。でもさぁ、同じ事やったら次は無いよ?」


 口調は年相応でも発する雰囲気と表情は、この闇通りの界隈の住人でも滅多に見ないほどドス黒い。

 男の震えは大きくなり、何度も頷く事しか返事をできない。

 追う側と追われる側だったさっきまでの関係は、すっかり狩られた側と狩った側になっていた。


「分かってくれたならいいや。じゃあ、気をつけてね」


 最後の警告の後、ようやくドス黒い空気は霧散しラゼルは去って行った。

 角の所に立っている女性の誘いを断って角を曲がり、姿を消したことでようやく男はプレッシャーから解放された。

 ずっと息を止めていたかのように激しく呼吸を繰り返し、体の震えは徐々に小さくなっていく。

 絶対にあいつとは関わらない、ちょっかいを出さない。そう決めた男は、ヨロヨロと隠れ家の中へ逃げ込んだ。

 そんな出来事があったにも関わらず飄々としているラゼルは大通りに戻り、寮への道を進む。


(一人くらいはと思ったけど、そう都合よくはいかないか)


 追跡者の中に、ラゼルが警戒している対象はいなかった。

 元から期待していなかったのか、さほど深くは気にせず町中を歩く。

 そんな時だった。ふいに何かを感じて振り向きながら探知魔法を発動させる。

 しかし振り向いた先には怪しげな人物はおらず、探知魔法にも何も引っかからない。

 ラゼルの探知魔法は、使う属性に対する考え方によって探知内容が変化する。

 現在使っている探知魔法の属性は闇。これにより、周囲にいる魔物のような存在や、ラゼルへ悪意や敵意を向けている人物を探知できる。

 

(気のせいか? それとも逃げたか?)


 何かがいる気配がした方向を睨みながら、踵を返して歩き出す。

 風属性による探知魔法魔法の展開も考えたが、この探知方法は周囲の空気の流れから動く物体を感知するため、人気の多い町中での使用には向いていない。

 他に怪しい人物を探す手立てもなく、人ごみの中を身体強化して走る訳にもいかないので、若干悔しそうにしていた。

 その様子を見た人物は、身を潜めた建物の屋上でホッと胸を撫で下ろし、フードの下の額に滲む汗を拭う。


「危ない危ない。グレイド君の様子を見に行く途中で見ただけなのに、こっちに気づくとは。やはり彼には直接手を出さない方がいいですね」


 危うく見つかりそうだった男は脇目も振らず、一目散に目的のグレイドの様子見へ向かう。


「これまでに確認した彼の属性は風と闇。確か闇属性の持ち主は、敵意や悪意に鋭い傾向がありましたね」


 魔法使いには自分に適性の高い属性が存在する。

 その属性によって性格や感覚に傾向があり、それによって適性の高い属性を判断する場合もある。

 全員が全員そういう訳ではないが、そういう研究結果が存在している。


「どうやら本格的に接近は避けた方がいいですね。あの距離からでも、私の悪意を察知するなんて」


 ラゼルへの認識を改めた男は屋根伝いに移動し、いつものグレイドの経過観察へと向かった。


 *****


 オルセイム王国の王城、その一室でルインは形状変化の訓練をしている。

 槍の形状に変化させようとしているが、思ったように変化せず、楕円形の何かになってしまう。


「ううむ、頭では形状のイメージは出来ているのに……」


 イメージが鮮明でもそれを魔力に反映させられなかったら、上手くはできない。

 前にラゼルからそう教わったように、イメージができていてもそれが魔力に上手く反映させられない。

 こればかりは日々の積み重ねできっかけを掴むしかないと、ラゼルからは微妙にありがたくないアドバイスを貰い、自室でも訓練に励むが思うようにいかない。


「あぁ、また失敗だ」


 どうにかイメージ通りの形にしようとするが、上手くいかず楕円形や潰れただけの球体になってしまう。


「失礼します。あら? お邪魔でしたか?」

「いや、構わない。ちょっと待っていてくれ」


 訓練中とは知らずに入室したエミリアはすぐさま退室しようとする。それを引きとめ、もう一度形状変化を試みるがまたも失敗していしまう。

 悔しそうな表情をしながら訓練を一時切り上げたルインは、訪ねてきたエミリアに向き直る。


「それで、何の用だ」

「例の特別講義の件がどうなったのか、お聞きしたくて」


 本当ならやりたくない言葉遣いと態度でエミリアは尋ねた。


「ああ、その件か。校長自身は賛成してくれそうだが、職員会議で職員がどう反応するか」


 校長がやれと言っても、職員にやる気がなくてはラゼルが職員を参加させるように言った意味が無い。

 特別講義で学んだことを教師として生徒に広める。そういう役割が果たせなければ、なんのために教師を参加させたのだという話になる。


「先生方は良くも悪くもプライドの塊のような方が多いですものね」

「いくら魔導士の弟子だからとはいえ、生徒に教われるかって言うのが目に見えるな」


 今の魔法が昔に比べて低迷し、忘れ去られた知識を学べるというのに、そういった事への探究心よりも自尊心を守るのを優先する。これもまた魔法が低迷していった理由かとルインは思った。

 これでやる気のない教師が講義を受けにきたら、ラゼルがどう反応するだろうかと心配になってくる。

 そんなことを考えているとエミリアがふと、思った事を口にする。


「それにしても、アゼインさんは本当に色々な事をバーバラ様から学んでいたのですね」


 何気なく言った一言だが、この一言でルインは前々から感じていた事を思わず口に出してしまう。


「なあ、アゼインは一体どこまで魔法のことを知っていると思う?」

「どこまで、とは?」

「アゼインの話を聞くたびに思っていたんだ。こいつはどこまで知っているんだってな」


 ルインが感じていたのはラゼルの底知れなさ。

 いくら魔導士の弟子だったとはいえ、自分達はと格が違いすぎる魔法技術と知識。しかも知識も技術もまだまだ明かしていない事が多いのは明らか。

 それだけの豊富な知識と卓越した技術を同い年で本当に習得できるのか。何歳から修行を始めたのか、出生はどうなっているのか。

 考えれば考えるほど疑問は疑惑へと変わり、得体の知れない人物のように思えてならない。


「おまけにアゼインは何かをまだ隠してるように思えるんだ。知識なのか技術なのか、それ以上の何かなのか。とにかく疑問が尽きないんだ。そしてそれが、恐ろしい」


 クラスメイトで魔法について教えてくれていて、アルダと共に普通に接してくれている相手に失礼だと思いながらも、そう感じてしまった。

 そんなルインの不安な様子にエミリアも不安を覚えるかと思いきや、至って冷静に受け止めていた。


「それは私達が、全てを明かせるほど信用されていないからではないでしょうか?」


 信用という言葉にルインは思い出した。どういう基準で魔法について教えるのかを説いた時の事を。

 強い力を得るために彼が求めたのは信用。

 実力よりも人間性を重視し、強い力を得てもそれに溺れない人としての内面。


「彼は言っていたではないですか。真剣に取り組む気持ちと姿勢を見て、一時的に信用しただけだと。まだ全てを信用しきってない相手に全てを晒すのは、お兄様だってできないでしょう?」


 エミリアに言われた通りだった。

 いくらルインがラゼルを信用していても、相手側も同じくらい信用しているとは限らない。

 それを勝手に余計な考えを巡らせ、悪い方向へと疑ってしまった。

 まだ出会ってそれほど経っておらず、信用がさほどなくても当然だというのに。


「すまない。ちょっと考えすぎていたようだ」

「仕方ありませんわ。彼の底知れなさは、私も少々気になっていましたから」


 自分達の知らない知識や技術をどれだけ持っているのか。

 あれほどの腕前をどうやって身に着けたのか。

 ラゼルに対して抱える疑問は多く、しかもまるで全容が知れない。


「ですが信用を築けば、いずれは教えてくれますよ」

「そうだな、教えてくれるといいな。だったらそのためにも、しっかり訓練をしないと」


 分からないからこその邪推をしたルインは、少しスッキリした表情で形状変化の訓練を続ける。

 全てを知るその日は、そう遠くないことなど知らないまま。

 ちょうどその頃のラゼルは、ルイン達のやり取りなど知る由もなく、寮の部屋で大儲けだと騒ぐアルダと売却金を分けていた。


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