第7話 育成方針
王城の秘密の通路を抜け、定期連絡のためにドライアンの下へラゼルが現れる。
そこでルインが提案した特別講義の件を伝えると、ドライアンは不安そうな表情をする。
「よろしいのですか? 本当にそのような事をすることになってしまっても」
「来たら来たで標的が絞れるし、来ないなら来ていない奴が怪しいって分かる」
講義を利用して標的を炙り出そうと考えるラゼル。
情報を得るために姿を現すのが一番だが、現さなかった場合も除外できる人間が増えるので良しとしている。
それらを判断する、怪しい人物を見抜く方法も確保してある。
一方のドライアンは、敵側に戦力強化の知恵を与えてしまうのではと危惧している。
「別に訓練方法を教える訳じゃないんだ。それに、その程度の情報なら向こうにも既にあるさ」
実に忌々しくて残念な現実だとラゼルは心の中で嘆く。
「ともかく、全てはルインと学園側の交渉と相手側の動き次第だ。あまり過度な期待はしないでくれ」
「それは勿論、心得ています」
弱気で臆病なドライアンとはいえ、王族、国王として海千山千を乗り越えてきている経験は伊達じゃない。
一つの策に拘り、それが失敗した場合のリスクについても十分に理解している。
「申し訳ない。私の方の調査が、もっと深入り出来れば良いのですが」
「あれ以上は危険だから仕方ない。深入りしなくて正解だ」
「そう言われると助かります」
相手側が一筋縄ではいかないのはラゼルもドライアンも分かっている。
下手に踏み込み過ぎればどうなるかも容易に想像でき、対抗する力が無ければどういう結末を迎えるのかも。
「こっちは俺がなんとかする。ドライアンは今まで通り、やっていればいいさ」
「情けない話ですが、そうさせていただきます」
二人の話し合いはこれで終了し、ラゼルは来た時と同じ通路で帰って行った。
「それにしてもルインの奴があんな事を言いだすとは。いずれはあいつも、真実を知る時が来そうじゃな」
息子がさっきまで話していたラゼルに提案した、忘れ去られた魔法に関する知識や歴史の特別授業計画。
直接話をしていたラゼルからの報告を受け、ドライアンは遠くない未来を予想し覚悟を決めておく。
自分と、自分の跡継ぎ候補の長男と、他には極一部の人間しか知らないラゼルとの間の秘密を。
「できれば関わってほしくは無かったが、そうもいかんか。やれやれ、本当に人生とはままならんの」
溜め息を吐きながら、机の上に積まれている書類の処理に戻る。
ラゼルの無事とルインの今後を心配しながら。
直後、ルインが部屋を訪れ、既にラゼルから聞いていた特別講義の件を相談するため、学園長との面会をとりもってくれないかと頼まれた。
先のラゼルとの話から断わる理由の無いドライアンは、翌日の放課後に面会できるよう約束をとりつけた。
*****
ドライアンへの定期報告を終えたラゼルは寮へ戻る。
部屋の中ではアルダがトレーニングなのか、ランニングシャツのような上着姿で腕立て伏せをしていた。
口に出して数えている回数は三桁を越えていて、薄っすら汗が滲んでいる。
「おう、おかえり」
「ただいま。熱心だな、魔法だけじゃなくて体も鍛えるなんて」
しっかりと鍛えられている腕はラゼルより太く、筋肉質で逞しさを感じさせる。
「まあな。それに、俺には必要な事だからな」
必要な事と聞いたラゼルは、入試の時にアルダが魔法で身体強化をしたのを思い出す。
魔法での身体強化は、魔法の負荷に体が耐えられなければ意味が無い。
その対策として、負荷に耐えられるようにするため体を鍛えるのは間違っていない。
腕立てを終えたアルダは今度はスクワットを始め、足腰を鍛えだす。
「魔法による身体強化を極めたいのか?」
備え付けの椅子に座りながらラゼルが尋ねると、アルダはスクワットは続けたまま黙る。
何か悪い事を聞いたかと思ったラゼルは謝ろうとするが、その前にアルダが語りだす。
「実は俺さ、特有能力者なんだ」
「……えっ?」
特有能力者。
極稀に発見される特異な能力の持ち主で、能力については千差万別。同じ能力を持つ例は存在しない。
しかも能力自体が必ずしも役に立つ能力という訳でもないので、当たり外れがある。
「俺のはさ、身体傾向って言って。魔法の放出が不安定になる代わり、身体強化時の能力が上昇するんだ」
スクワットを続けながら告げられた内容に、魔法実習の授業を思い出す。
アルダの放つ火魔法は火力にムラがあり、基本の球体にもならず波打った塊のような形状で放たれていた。
てっきり詠唱をしていてもイメージが固まりきらないのかと思っていたラゼルは、ようやくその原因を理解した。
入試の時に魔法での身体強化を選んだのも、魔法の放出が安定しなかったのも、全ては特有能力による弊害とそれによる入試失敗を避けるためだったのだと。
「なるほど。それで身体強化は結構良かったのに、放出は不安定だったのか」
「お陰で一時は魔法を諦めかけたよ。魔法も放てないのに魔法使いになってどうすんだって」
魔法使いは魔法を放ってこそ。
かつて魔放と呼ばれていただけあって、魔法は目標に向かって撃つことが基本となっている。
身体強化や付与はその延長線上で、あくまで基本は放出にある。
そのために、魔法実習のほとんどが的に向けての放出として、授業が組まれている。
「でもさ、やっぱり魔法の道を諦めきれなくて。身体強化に傾いているなら、そっちを極めてやろうってな!」
大粒の汗を流しながら素早い動作でのスクワットを繰り返し、決意を口にする。
そのための努力する姿を目の当たりにしたラゼルは、ある魔法をアルダに教えたくなった。
しかし前に、同室だからといって特別に教えないと言った手前、教えるのを躊躇う。
ラゼルの計画としては当分の間、教えた三つの基本訓練だけをアルダ達にやらせるつもりのため、すぐにこれを教えるのもどうかという気持ちもある。
(……今はやめておくか。いきなりあれこれ教えて、成長に遅れが出たら困る)
教えたい気持ちをぐっと堪え、育成計画を優先させた。
(小手先の技術よりも未熟な基本事項を徹底的に鍛えて、詠唱についての教育もしておかないと)
頭の中で計画を見直しながら、トレーニングを続けるアルダ専用の訓練方法をまとめていく。
同時に、他の四人にはそういう特有能力がないかの確認も必要だと判断する。
それによっては、育成計画全体を見直す必要がある。
「そうだミリッジ。例の魔物退治のバイト、明日の放課後にでも早速行くぞ」
「えっ? いいのか?」
「俺も付いて行くし、早めに収入があった方がいいだろう? それに小型のしか狙わないから大丈夫だ」
大食いのラゼルに奢ったため、財布の中がピンチのアルダに断る理由は無かった。二つ返事で頷いて、訓練をスクワットから魔力循環に切り替える。
魔物との戦闘をするとあって張り切っているためか、あっという間に暴発寸前までいってラゼルに止められた。
「そういう訳で、今日の放課後に俺とミリッジはバイトしてくるから」
翌朝の教室。特有能力の有無をルイン達から確認した後、バイトで魔物退治へ向かう事を伝えた。
「えっ? じゃあ今日の訓練は」
「魔力循環と属性変化と形状変化。当分はこれを徹底的にやる予定だから、自主練で十分だろう」
「そんなぁ……」
また何か新しい事を教われると思っていたリナはがっくり崩れ落ち、両手と膝を床に着けて深く俯く。
魔法一つでここまで一喜一憂できるリナの様子に、ルイン達は苦笑いを浮かべ、ラゼルは乾いた笑みをこぼした。
「ところで、何故急に特有能力のことなど聞いてきたんだ?」
「ひょっとしてアルダ、あんた」
幼馴染で諸々の事情を知っているリリムがアルダに問いかけると、アルダは頷いた。
「どういう事だ? 説明してくれないか?」
事情を知らないルインとリナにはラゼルから伝えられ、それによっては今後の訓練内容の変更も考えていた事も伝えられた。
「なるほど。入試で身体強化をするのは珍しいと思ったが、そういった事情があったのか」
「別に俺はもう気にしてないぜ。身体強化を極めるっていう、新しい目標ができたからな」
袖を撒くって力こぶを見せるアルダの表情に迷いは無い。
その迷いを振り切るのにどれだけの時間を要したかは不明だが、如何に単純なアルダとはいえ、相当悩んだに違いない。
特にそれを間近で見ていたリリムは当時の事を思い出し、遠い目をして立ち直ってくれて本当に良かったと呟く。
「だからミリッジには、それを前提とした指導をしたいと思ってな。他にもいないか確認したかったんだ」
幸いにも他にそういった特有能力持ちはいなかった。
しかしルインとしては、こういった特有能力者にどういった指導をするのかが気になった。
「ミリッジ用の訓練とはどんなのなんだ?」
「放出が不安定になるなら、近接用の魔法技術を教えようと思う」
ラゼルの発言にルイン達だけでなく、周囲で話を聞いていたクラスメイト達もだった。
基本的に魔法は放出するもの。それが現在の魔法の常識だからだ。
そこでリナはある事に気づいた。
「昔は違ったの?」
この一言でルイン達もその可能性がある事に気づいた。
「全部がとは言わないけど、そういう風には聞いている」
肯定の言葉で疑問は確信へ変わりかけた。
完全に変わらないのは、内容を聞かされていないのと、どう考えても近接で魔法を使う姿が想像できないからだ。
至近距離で撃ち合うぐらいは思い浮かぶが、それでは如何に先手を取るかだけの勝負になってしまう。
おまけに周囲の仲間や自分自身が巻き込まれないようにするため、規模の大きな魔法は使えない。
遠距離から強い魔法を放つ。それが魔法使いの常識となっている現在では、とても考えられない事実だった。
「どうやるんだ、それって!」
近接での魔法技術を教わることになるかもしれないアルダは、どんな技術なのかとラゼルに詰め寄る。
しかし、教えるのはまだ先の話。
「今はまだ教えない。これまでの三つの基礎訓練を徹底的にやってからだ。でないと、小手先の技術で終わるぞ」
「えぇぇぇ。結局はそれかよぉ……」
リナに匹敵するほどがっかりするアルダの様子に、ラゼルは溜め息を吐く。
「あのな。基本が決定的に疎かになっているから、無詠唱もできないし速詠唱もできないんだろうが。せめて速詠唱はできないと、話にならないぞ」
強めの口調で言われた事に誰も反論できない。
だがここで、気弱そうなクラスメイトの女生徒が、小さく挙手をしながらラゼルに質問をする。
「あ、あの、アゼイン君。速詠唱って、何?」
か細い声での質問にルイン達を含めたクラスメイト全員が気づいた。今の会話の中に、聞き慣れない言葉が混じっていたのに。
無詠唱はまだしも、速詠唱という言葉は誰も知らない。
詠唱に関わる何かしらの事だとは想像できるが、どういうものなのかまでは想像ができない。
「早口言葉的に詠唱するのか?」
半ばヤマ勘の的外れな発言をするアルダにさえ突っ込む気力無く、教室中の空気にラゼルは額に手を当てて俯く。
「そこまで……とは。さすがにそこまで知らなかったとは思わなかった……」
あからさまに失望している姿に、そんなに大事な事なのかとクラス内が気まずい空気になる。
早く先生が来て空気を変えてくれないかと、一部の生徒が微かな望みに期待を寄せる。
しかしエリカはまだ朝の職員会議中で、教室に来る気配は無い。
「ねぇアゼイン君、それって、そんなに大事なことなの?」
言いだしっぺの責任感からか、質問を投げかけた女生徒が改めて尋ねる。
「重要も重要だ。速詠唱っていうのは、お前達が使っている詠唱と、無詠唱の間にある。いわば、無詠唱への通過点みたいなものなんだよ」
教室の前方に早足で移動したラゼルは、黒板に詠唱、無詠唱と書き、詠唱から無詠唱へと向かう矢印で繋いでその間に速詠唱と書く。
完全に誰も知らなかったらしく、驚いた表情の生徒や新しい知識に目を輝かせるリナ、口元に手を当てて考え込むルイン、メモを取る生徒までいる。
「正直、速詠唱も知らないとは思わなかった」
「いやあの、なんかごめんなさい」
とりあえず謝らなければならないような雰囲気に、代表してリリムが謝った。
「別に謝らなくていい。問題なのは、速詠唱すら忘れて次代に語り継がなかった、アホな先人達のせいだ」
言い方はその先人達に失礼に思えるものの、速詠唱を知らない事に対するラゼルの反応を見ていると、あながち失礼とは思えなかった。
「なあオルセイム」
「ど、どうした?」
いきなり話を振られたルインは戸惑いつつも対応する。
「昨日言っていた、例の特別講義の件。絶対に成立させてくれ。速詠唱も知らないのはヤバすぎる」
真剣な表情で頼むラゼルの姿にルインは勿論だと返す。
同時に、成立させれば速詠唱についての話が聞けるという確信も得た。
技術的な指導はまだ先だろうが、少しでも早く話を聞ける場が設けられるよう、ドライアンを通じて放課後に面会の約束をした学園長との話し合いのため、心の中で気合いを入れた。
「皆さん、おはようござ……なんですか、この気まずい空気は。アゼイン君もなんかどんよりしてますし……」
職員会議を終えてホームルームのために教室へ来たエリカは、教室内とラゼルの空気に戸惑いを隠せなかった。
その日の放課後、ルインは学園長室へ話をしに、リリムとリナは自主練のためエミリアと待ち合わせをして中庭へ、そしてラゼルとアルダは王都の町を出て付近の森へ足を踏み入れようとしていた。
「覚悟はできたか?」
「い、いつでもいいぜ」
口ではそう言っているものの、声と脚は震え、明らかに強がっているのが見て取れる。
「今ならまだ引き返せるぞ」
「い、いつでもいいぜ」
「……バイトならもっと安全なのもあるし」
「い、いつでもいいぜ」
「……お前の名前と年齢は?」
「い、いつでもいいぜ」
「……ふん!」
明らかに平常心を失っているアルダの尻に強烈な蹴りが入れられた。
いい音を立てて叩き込まれた一撃にアルダは悲鳴を上げて飛び上がり、尻を押さえながら蹴ったラゼルを睨む。
「いきなり何すんだよ!」
「自分の胸に聞いてみろ」
それだけ言い残して、森の中へと躊躇なくラゼルは進んで行った。
「ま、待ってくれ」
まだ森に入っていないとはいえ、置いて行かれる訳にはいかないアルダはラゼルの後を追った。
森の中は所々で日が差し込んでいるものの全体的に薄暗く、時折鳥の鳴き声と羽ばたく音、それに伴う葉のさざめきだけが聞こえる。
黙って森の中を進む二人の態度は対照的。落ち着いているラゼルに対し、アルダは辺りをキョロキョロ見渡しながら恐る恐る歩を進めている。
「そんなに警戒するなよ。ちゃんと魔法で周囲を探知してるから」
「無茶言うなよ。魔物との戦闘なんて、初めてなんだからよ」
「いざという時は俺が一人でやるから安心しろ。それに、魔獣クラスが出てこない限り、お前でもある程度はやれるさ」
魔物にはランク付けがされていて、魔獣クラスは魔物の中でも最高位。
通常、魔物の大きさは魔物化した生物そのままの大きさだが、長い年月を重ねた魔物は元がどんな生物でも体が一回り大きくなり、力も強くなる。さらには魔法とまではいかないが、魔力を口や手から放ったり身体能力を上昇したりするようになる。
そこまで成長した魔物は魔獣と呼ばれ、見つけたら即逃げるのが魔物を狩る仕事をしている者達の常識。
軍隊でも多くの犠牲を払ってようやく倒せるほどで、そうなる前に魔物を少しでも多く狩ろうということで、早めの対処が求められている。
「アゼインは魔獣と戦ったことがあるんだよな……」
「勿論だ。初めて戦った時は、気づかれる前に背後に回り込んで魔法で仕留めた。あっ、師匠は見ていただけだぞ」
一人の魔法で倒したと聞き、どんな威力の魔法を使ったのかとアルダは思った。
しかし入試の時のような魔法を使えば、案外できるかもと自分を納得させた。半ば現実逃避しながら。
「ん?」
前を歩いていたラゼルが、展開している探知の魔法に魔物が引っかかった事に気づく。
急に立ち止まったのでアルダは近くに魔物がいるのかと、身構えて辺りを警戒した。
「魔物がいた。ここから西へ少し行ったところだ。さほど大きくないから、小動物の魔物だろう」
近くにいる訳ではないと分かったアルダの肩から力が抜ける。
「行くぞ。他に魔物狩りをしていそうなのはいないから、俺達の獲物にできる」
「よ、よし。やってやるぜ」
まだ緊張はしているが、アルダの様子は森に入る前に比べて落ち着いている。
これなら戦闘になっても大丈夫だろうと、ラゼルは探知魔法で位置を確認しながらアルダと共に移動を始める。
しばらく歩いた先でラゼルが腕でアルダを制止させ、付近の木に身を隠す。
「いたぞ、あれだ」
小声で魔物の存在を教えながら指さした先には、黒い魔力に覆われた兎がいた。
通常の兎よりも勢いよく動き回り、地面に降りていた小鳥にかぶりついて捕食している。
「で、どうするんだ?」
「風魔法の竜巻をあいつを巻き上げるから、そこを殴り飛ばせ。トドメは俺が刺す。噛みつきにだけは注意しておけ」
ラゼルの指示にアルダは頷き、タイミングを待つ。
やがて兎の口元から小鳥を噛み砕く音が止み、飲み込むと同時にラゼルが魔法を発動させる。
兎を包み込むような小規模の竜巻があっという間に完成し、突然の事に驚き前後の足をバタバタさせる兎の魔物を空中へと巻き上げる。
「灼熱の炎よ 我が拳を包み込み渾身の一撃を放て フレアブレイク!」
空中で身動きが取れない間にアルダが魔法を唱え、右手に炎を纏って飛び出す。
それに合わせて竜巻を解除され、落下してくる兎の魔物に強化された拳を叩き込む。
「ぎぃっ!」
兎の魔物は悲鳴を上げて吹き飛び、木に叩きつけられ吐血する。
それでも起き上がろうとしていると、突如兎の魔物は崩れ落ちて絶命した。
動かなくなったのを確認したアルダが死体を見ると、額に針が刺さったような穴が開いていた。
「アゼイン、これってひょっとして入試の時の」
「ああ。あの針状にした風魔法だ。貫通力だけに特化させたな」
やっぱりと思いつつ、アルダは一つ疑問に思った。
「なあ、だったら俺いらなくねぇか? これなら、お前一人でもやれただろう?」
疑問に思った事を口にしながら、回収した兎の魔物の死体をラゼルに手渡す。
それを袋の中に収納したラゼルは、疑問への回答を返した。
「これはお前の金のためのバイトだろ。だったら一撃でもいいから入れておけ。まあ、俺が売却金を全部もらっていいなら、俺一人でやるけど?」
ニヤリと笑いながらそう告げると、アルダは首を横に振ってやっぱり俺もやると宣言した。
それからしばらくの間、二人の狩りは続いた。
探知魔法で見つけた小物を狙い、それの動きをラゼルが封じ、アルダが殴るか蹴るかして怯ませ、ラゼルが風魔法の針で頭を撃ち抜いて仕留める。
倒した魔物は肉が痛まないよう、ラゼルの持つ袋に全て収納されていく。
やがてもうすぐ日が落ちるというタイミングで、二人の狩りは終了した。
「兎が二羽、狐が一匹、狼が五匹、鳥が三羽か。全部魔物で」
「凄えな。これ全部でいくらになるんだ?」
全て小物とはいえ、魔物ばかりのため取引額は高くなる。その上、袋に付与された効果のお陰で肉が劣化していないので、より高い額が付く可能性は高い。
例え通常では食べれない動物でも、魔物化すればその味は飛躍的に良くなるからだ。
「とりあえず換金所に行くぞ。剥ぎ取りしていないから、その分の手数料は取られるだろうけど」
「それくらいは承知の上さ。さっ、早く帰ろうぜ!」
戦闘を重ねる度に落ち着きを取り戻したアルダは、すっかり普段の調子を取り戻していた。
高収入になりそうな戦果に、まるで子供のようにはしゃぎながら森の出口へと向かう。
しかしラゼルは、探知魔法で気づいていた。魔物とは違う、油断ならない敵が自分達の向かう方向にいることに。
それの位置情報を確認しながらしばらく歩き、やがてもうすぐ森を出ようかというタイミングでラゼルがアルダを制した。
「おい、どうしたんだよ。まさか、この先に魔物がいるのか」
「いや、ある意味魔物よりも厄介な輩だ」
魔物よりも厄介。その言葉にアルダの脳裏に最悪の状況が浮かぶ。
「それって魔獣……」
「違うから安心しろ。それと、この先はお前、一言も喋るな」
魔獣ではないと分かりホッとする反面、何故喋ってはいけないのか不思議に思う。
だが逆らって何かあるのも嫌なアルダは、大人しく頷いておいた。
そして二人が森を抜けると、鎧を纏って武器を持った大柄な男達が町への道に立ち塞がっていた。
突然の事にアルダは声を上げそうになるが、咄嗟にラゼルとの約束を守るために手で口を塞ぐ。
「よう、坊主達。どうだった? 何か狩れたか?」
いかにも狩れた物を狙っている目つきでリーダー格の男が尋ねる。
周囲にいる男達も卑下た笑みを浮かべ、返答を待っている。
「残念ながらご覧の通りです。お金欲しさに入ってみましたけど、やっぱり学生には無理でした」
これまでとは一転し、明るい口調と表情で両腕を広げるラゼル。
獲物は全て腰に下げている小さな袋に収納しているので、立ち塞がる男達には、仕留めた獲物が無いのだと思い込んだ。
当てが外れたリーダー格の男は明らかに不満そうな表情で舌打ちし、のろのろと移動して道を開けた。
「ちっ、さっさと行け。金が欲しけりゃ、今度はちゃんと狩るんだな」
「肝に銘じておきます」
開けてもらった道を通り、男達の傍を通り抜けた二人は王都の町の門へと向かう。
ある程度男達との距離ができると、ラゼルはまだ口を塞いでいるアルダを肘で小突く。
「もういいぞ」
「ぷはぁ。何だよあいつらは」
「俺達が狩った獲物の横取りってところだろ。魔物と戦うより、そっちの方が安全だからな」
実はこういう事は決して少なくない。
魔物の住む森に踏み入って危険な目に遭うよりも、それを狩った誰かから横取りするという話は割とある。
そういった話は王都近くのこの森でも報告例が存在し、国は常に対策方法を考えている。
「なんだよそれ、卑怯な奴らだな。弱いからって横取りだなんてよ」
文句を口にしながら既に遠く離れている男達の方向を睨む。
「気にするな。ああいう奴らは魔物に挑む力も覚悟も、それどころか勇気すら無い連中だ。あれならまだ、ビビリながらも魔物と戦ったお前の方が勇気も覚悟もある」
「ビビッてねぇ!」
「い、いつでもいいぜ」
「すみません、ビビッてました。マジですみません」
森に入る前に繰り返していた言葉を告げられ、アルダは正直にビビッていた事を認めた。
だが、それでも魔物の住む森に足を踏み入れて、自分も一緒にいたからとはいえ戦ってみせた点は、ラゼルも本当に評価していた。
そして戦闘で見せていた身体強化を改めて見た上で、ある決断をした。
(やっぱりこいつには、魔導士方面の育成方法よりも、帝方面の育成方法の方が合いそうだな)
アルダのために考えていた訓練内容。
その終着点を思い描きながら町への門を潜り、魔物を売却するためアルダと共に換金所へと向かった。
「そういえば、何で俺に黙ってろって言ったんだ?」
「お前、余計な事言いそうだから。うっかりこの袋のこと喋ったら、あいつらとトラブルになっていただろうな」
「あのなっ!」
「否定できるのか?」
「できない……」
あっさり論破されたアルダは、トボトボとラゼルの後ろに付いて行った。