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魔導士の死命  作者: 斗樹 稼多利
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第4話 見学中で指導中

 国立魔法高等学園における設備は豊富に存在する。

 各地から集められた、魔法書を始めとする多くの書物を閲覧できる図書室。

 魔法薬を研究、調合するための薬品研究室。

 魔法効果を付与した道具の開発、実証を行う魔道具研究室。

 他にも様々なテーマを元に研究をしている多数の研究室があり、二年への進級時には将来に応じて各々で研究室に所属するか、新たな研究室を立ち上げるかをする。

 その研究室が集まる研究棟を、ラゼルの所属するクラスの一同は見学している。


「うおっ、肉体強化研究室なんてのもあるのかよ!」


 興味のある研究室を見つけたアルダが廊下の窓から室内を覗き込む。

 中には誰もいないが、研究書類やどれだけ強化されたのかを調べるためなのか、トレーニング器具が設置されていた。


「魔導士研究室!? なにこれ!」

「皆で魔導士を目指して、魔導士の研究をしたり魔法の特訓をしようっていう、目的はフワッとしているけど熱血的な研究室よ」


 同じく興味のある研究室を見つけたリナに、研究室の活動内容をエリカが説明する。


「エルニムさんは魔導士になるのが夢だったわね。来年には入らない?」


 自己紹介の内容を思い出してエリカが問いかけると、リナは首を横に数回振る。


「いい。魔導士の弟子だったアゼイン君の指導の方が、ずっと魔導士になれる可能性が高そうだから」


 無表情でそう返し、別の研究室の中を窓から見ているラゼルを指差す。

 そりゃそうだと周囲が無言で納得し、うんうんと頷く。


「で、でも、その指導が適確かどうかは分からないでしょ?」

「ちゃんと教えますよ。師匠から教わった手法をね」

「ひゃっ!?」


 いつの間にかエリカの真後ろにいたラゼルの声に、エリカは驚いて思わず飛び退いてしまう。


「エルニム達は俺の事を信用して魔力循環を今日まで続けてくれた。だから俺には、その信用に応える義務がある」


 確信の籠った言葉に、男子生徒の一人が首を傾げる。


「なぁ、どうしてそんな事が分かるんだよ」


 寮で同室になったアルダはともかく、他の四人については魔力循環をやっていたかを確かめる術は無い。

 それなのに、今日まで続けてくれたと断言した。その理由は尋ねた男子生徒だけでなく、リナやルイン達も興味があるのか、研究室そっちのけでラゼルの方を向いている。


「前に基準を調べた時に教えただろう。魔力循環の本当の効果を」


 その場にいなかったエリカはクエスチョンマークを浮かべ、ルイン達は何を教わったかと思い出す。

 あの時に教わった魔力循環の本当の効果は、魔法の発動時間の短縮、魔力の効率的な扱いの練習、そして魔力量の増大。これら三つの効果があると言われた。

 最初に質問した男子生徒がそれを答えるとラゼルは頷く。


「うん、正解。だから魔力量が増えていれば、それは魔力循環をやっていた証拠になるんだ。魔力はそう簡単に増えるものじゃないから、毎日やっていたかの判断には十分だ」

「そういえばあの時、ちゃんとやっていたか程度なら、見れば分かると言っていたな」


 魔力循環をちゃんとするように言いつけた後、そう言っていたのをルインが思い出した。


「えっ? でもいつの間に? 魔力量を調べる魔道具とか使ったようには見えなかったけど」


 保有する魔力量を調べるには、そういった効果を付与した魔道具を使う必要がある。

 てっきりそれを使って調べるのかと思いきや、そういった道具を使われた覚えが無い。

 見れば、という点から眼鏡型の魔道具かと思っていたが、ラゼルは出会ってから一度も眼鏡をかける素振りを見せていない。なのに、どうして見ただけで分かるのだろうと、リリムは口元に手を当てて考え込む。


「師匠から教わった、一昔前の魔法使いなら、ほとんどの奴が使えていた技術だ。魔道具の方が楽だからって、忘れられたな」


 そんな技術があったのかという反面、忘れられた理由はやっぱりそこかとルインは溜め息を吐いた。


「一度楽を覚えると、そういった技術が消えていくんだな」

「よく師匠が愚痴ってたよ。魔道具が悪いってわけじゃない。こういった技術を忘れていいと思う考えが悪いんだって」

「まさにその通りだ」


 今後はそういったものを残していく手段を考えようと、ルインは心の中で思う。

 周囲も同じような理由から魔力循環をやっていなかったので、なんだか気まずい空気になる。

 そんな空気をぶち破ってくれたのはリナだった。


「それもいつか教えてくれるの!?」


 目を輝かせて詰め寄るリナの姿に、気まずい空気は吹っ飛んで若干の笑いがこみ上げる。 

 状況に付いて行けていないのは、魔力循環の本当の効果の件からどういう意味から分からずにいるエリカだけ。どういう事なのかとオロオロし、終いにはしゃがみこんで先生だけ置いてけぼりと呟いていじけだした。


「勿論だ。先に教えることがまだあるから、だいぶ後になるけど」

「約束だよ!」


 張り切るリナのお陰でその場の雰囲気は戻ったが、取り残されていたエリカはまだいじけている。

 それを見つけた女生徒は言った。


「あっ、先生がまたいじけてる」


 いじけるエリカを復活させた一同は校内案内を再開し、様々な設備を見て回る。

 その際に野外の魔法演習場に到着すると、上級生達が魔法の練習をしていた。

 若い男性教員が見守る前で、横一列に並べられた的に向かって次々に詠唱を唱えて魔法を放っていく。

 実技試験で使った的よりも明らかに頑丈そうな的は、魔法が命中しても揺れるのが精々で、軽く傷つくことはあっても壊れる様子は無い。


「三年生の魔法演習ですね。あちらの的は、皆さんの入試で使った的の五倍の強度があります」


 五倍の強度と聞いて、多くの生徒が驚きの反応を見せる。

 いかに三年生の魔法でも壊れないと言っても、揺らすほどの威力に関心を示す。冷めた目で見ているラゼルと、ラゼルなら確実に壊すだろうなと思っているルイン達を除いて。


「おや、ノーディト先生。新入生の案内ですか?」


 新入生一同に気づいた男性教師が声を掛けて歩み寄ってくる。


「ルーダ先生。授業中に失礼します」

「いやいや、構いませんよ。お前達、新入生達に良いところを見せてやれ!」


 男性教師ルーダの声に上級生達に気合いが入る。

 先ほどまでより大きな声で詠唱し魔法を放っていく。だが威力は変わりなく、ただ声が大きくなっているだけだった。


「どうだい、新入生諸君。三年生の魔法を直に見た感想は」


 誇らしげにするルーダだが、ほぼ全員が微妙そうな表情をする。

 自身より優れているのは見ていて思ったものの、実技試験でのラゼルの魔法と比べると明らかに落ちるからだ。

 返答に困っていると、実技試験を直に見ていないルーダはラゼルを指さした。


「そこの君。どうだ?」


 よりによってラゼルに聞くのかと、エリカとクラスメイト一同は余計に反応に困る。

 止めるべきか、それともラゼルが何者なのか教えるべきか。

 練習をしていた三年生達も気づいたのか、どうするべきなのかヒソヒソ話している。

 そうとも知らずに返事を待つルーダに、ラゼルは言い放った。


「別に、大したことない」


 やっぱりかと落ち込む三年生と納得する一年生とエリカに対し、ルーダは眉が一瞬ピクリと動く。

 笑顔で平常心を装っているが、内心はそうでもなさそうな雰囲気を醸し出している。


「はっはっはっ。なかなか言うじゃないか。なら、君もやってみるかい?」


 ラゼルの事に気づいていないルーダの発言に、エリカだけでなくクラスメイト一同もギョッとする。


「ちょっと、ルーダ先生。彼は」

「いいですよ」


 止めようとするエリカを押しのけ、提案をすんなり受けて三年生達が魔法を放っていた位置に立つ。

 外見からラゼルだと気づいた三年生達は練習の手を止めて様子を見守り、ラゼルのクラスメイト達は知らないぞとという空気でルーダを憐れむ。


「確認してもいいですか?」

「何だね」

「あの的、壊したら俺が弁償ですか?」


 的の一つを指さして尋ねると、見栄を張っているのかと思ったルーダは高笑いしながら答えた。


「あっはっはっ。面白い事を言うな。確かにそれは学園の備品だが、弁償ということはない。予算から費用が捻出されるだけだ」


 弁償だったら手加減するのかなと気にする周囲の雰囲気に気づかず、生意気な一年生が恥をかけばいいとルーダは思っていた。

 国立魔法高等学園に教員として採用されただけあり、ルーダの魔法の腕は悪くない。

 学生では揺らすのが精々な的の表面に傷を付け、先端を尖らせた魔法なら浅くだが突き刺す事もできる。

 そんな自分と比べれば、新入生の魔法じゃ的に当たって霧散するのが関の山だろう。そう考えてニヤニヤ笑いながら見ていると。


「ならこれでいっか」


 壊しても問題無いと知ったラゼルが右腕を横に軽く振るう。

 すると、的の数と同じ本数の漆黒の矢がその場に現れる。

 詠唱も無く、しかも一瞬で魔法を発動させた事で三年生からはどよめきが上がり、ニヤけていたルーダの表情が固まる。

 再度右腕を振るうと矢は的めがけて猛スピードで飛んでいき、一本につき的を一つ、貫通したうえに余波で的の残骸をも粉々に破壊してみせた。


「うぉっ、またぶっ壊した」

「アルダ! 人聞きの悪い風に言わない!」


 何でも壊している風に言ったアルダをリリムが諌める。

 他のクラスメイト達はやっぱり凄いなと感想を言い合い、三年生達とルーダは初めて見たラゼルの魔法に呆然としていた。


「そ、そんな、俺ですら、破壊どころか貫通もできないのに……」


 面子が丸つぶれになった気分のルーダが狼狽え、思わず後ずさる。


「すげぇ……」

「噂に聞いていたけど、ここまで凄いと褒めるしかないわね」

「さすがは魔導士の弟子」


 三年生の誰かが呟いた言葉に、ようやくルーダは気づいた。

 普段は教頭が行う職員会議を校長が行ってまで伝えた重要事項を。


「き、君が、ラゼル・アゼイン……君?」


 魔法を撃ち終え、クラスメイト達の下へ戻ろうとするラゼルに震える声で尋ねる。


「そうですけど?」

「はがっ……あっ……」


 なんという相手に感想を聞き、やってみるかなんて言ってしまったんだとルーダは後悔する。

 特徴も碌に聞かず、どうせ弟子だっただけで大した事はないだろうと高をくくっていた、職員室での自分もひっくるめて。


「先生、そろそろ行きませんか?」

「あっ、そうですね。ではルーダ先生、授業中に失礼しました」


 一礼して案内を再開するエリカと、それに続くラゼル達をルーダは沈黙したまま見送り、やがて貧血で倒れた。


「せ、先生!?」


 突然倒れたルーダに三年生が群がり騒ぎ出すが、ラゼル達は騒がしいな程度にしか思わなかった。

 次に向かったのは昼食時とあってか食堂。

 広い食堂内のテーブルのいくつかには、歓迎の文字とクラス名が記入されている紙が貼られている。


「皆さん、入学おめでとうございます。本日は入学祝いという事で、好きなだけ食べてくださいね」


 食堂の責任者からのお祝いの言葉に全員が歓喜する。

 案内されたクラスの席に座ると、各々が好きな注文をしに受け取り口へと殺到する。

 味もいいという前評判がある学園の食堂で食べ放題とあって、何人かの生徒は全部食べられるのかと思うような量を注文している。

 そしてその中には、ラゼルも含まれていた。


「アゼイン、お前それを全部食べる気か?」


 注文の品を順々に受け取って席に着くラゼルに隣に座るルインが尋ねる。


「楽だろ、これくらい」


 この発言に納得しているのは、ラゼルの向かいの席で頷いている、彼の食べっぷりを知っているアルダ達三人くらいだった。

 他のルインを始めとするクラスメイトとエリカは、十品以上ある料理がラゼルの胃に入っていくのを見るまで信じられずにいた。見た後も信じられない目でラゼルを見ていたが。


「本当に食べきるとは……」


 すっかり何も無くなった皿の山を見て、ルインはラゼルを見る。

 特別体が大きい訳でもなく、これだけ食べているのに太っている訳でもない見た目。

 単に太りにくいから、というだけで片付けてよいものかと考えていると。


「さてと、次は何を」

「まだ食べるのか!? もう十三品は食べてるじゃないか!」

「この美味さならもう四品はいける」


 そう言い残して注文をしに行く姿に、ルインだけでなく多くのクラスメイトが驚いていた。

 こうなるだろうと察していたアルダ達と、食べ過ぎでぐったりしている数人を除いて。


「なぁ、魔導士って食欲も関係しているのか?」


 前にリナが聞いて否定された事を尋ねたルインに、経験者のリナは静かに首を横に振って否定した。

 この後で本当に追加で持ってきた四品食べきったラゼルを見て、クラスメイトだけでなく後からやってきた別クラスの生徒達も驚く。あのさほど大きくない平均程度の体のどこに入っているのかと。


「え、えっと、食事が終わったみたいですから、教室に戻って教科書と学生証の配布を」

「少々お待ちいただけますか、先生」


 突如横から割って入ったのは、赤い髪をたなびかせた、いかにも貴族という雰囲気の女生徒。

 その女生徒はエリカの反応を待つことなく歩きだし、ルインに一礼した後にその隣に座るラゼルの傍に立つ。


「あなたが噂のラゼル・アゼインですわね」

「そうですけど。どなたですか?」

「私、この学園の二年生でアゼイン公爵家長女、ミランダと申しますの」


 自ら名乗ったミランダは、品定めするような目でラゼルをジロジロと見る。


「ふぅん。同じアゼイン姓ですから、ひょとしたらお父様が外に生ませた子かと思いましたけど、違うみたいですわね。顔に品がありませんもの」


 がっかりしたような表情で告げた内容に、一部の生徒が引いた。

 いくら学内では身分も何も関係無いとはいえ、こういう言い方は危ない。

 身分を振りかざした訳ではないので、罰せられることは無いという計算の上で言ったのかもしれない。


「あ、あの、ミランダさん」

「まぁ、私の家系にも庶民に身を落とした方がいますし? 仮に繋がりがあったとしても、そういった流れなんでしょうね」


 注意をしようとしたエリカを無視して喋る内容にルインが口を挟もうとするが、先にラゼルがそれを制止させる。


「おい」

「いいから」


 小声で会話を交わし、首を横に振るラゼルを見てルインは口を挟むのを止めた。

 そんなやりとりが行われているとも知らずにミランダは喋り続けている。


「いくら魔導士の弟子とはいえ、所詮は庶民の血ですわね。ですが実力が本物なら、いつでもお父様に頼んで雇ってあげますわよ」


 腕のいい魔法使いを雇うのは貴族のステータスであると同時に、家の力を見せる証でもある。

 そのため、貴族の生徒がこうして目を付けた他の生徒に唾を付けようとするのは、決して珍しいことではない。それでもミランダのとる規則ギリギリの態度に、不快な気分になっている庶民出身の生徒は少なくなかった。


「では御機嫌よう」


 言いたいことだけ言い終わったミランダは再度ルインに一礼し、その場を去って取り巻きらしき数名の女生徒の下へと向かった。


「……何アレ」


 不機嫌そうな顔と声でミランダを見るリナの呟きに、隣に座るリリムとアルダも不快な表情を隠せずにいた。


「俺達のいた町の太守とは大違いだな」

「ああいう先輩は好きになれそうにないわね」

「アゼイン公爵家の名誉のために言っておくが、かの家の当主は貴族の権威を振りかざさない誠実な人物だ。彼女は別のようだが」


 溜め息混じりのルインの説明にも、本当かという空気が食堂に満ちていた。

 無視されて隅っこでいじけるエリカを放置して。


「先生、教室に戻るんじゃないんですか?」

「うぅぅ……。アゼイン君だけが、私の味方です……」


 涙目のエリカを宥めて、一行はようやく教室に戻って教科書と学生証を受け取った。


「んふふ。これで正式な学生になれた」


 食堂の時とは打って変わって上機嫌になったリナを先頭に、ラゼルとその指導を受けられる面々は訓練のために中庭の片隅へ向かう。

 教科書等の荷物は邪魔にならないよう、一時的にラゼルが魔道具の袋に預かっている。

 それを披露した時、ルインとリナがやたら食いついてきたが。


「後はエミリア様を待つだけですね」

「お待たせしました」


 噂をした途端、一人だけ別クラスにいるエミリアが荷物を手にやって来た。

 それも袋の中に預かった後、今日の指導は始まる。


「じゃあ、早速新しい訓練方法を教えるぞ」

「よろしくお願いします!」


 興奮して一人元気よく返事をするリナ。

 他の四人はそこまで反応はしていないものの、どんな訓練をするのかと期待の眼差しを向けている。


「やるのは……これだ」


 両手を胸の前に持ってきて、間を開けて掌を向い合せにする。

 するとそこに突如サッカーボール大の球体状に暗い空間が生まれ、両手の間に真っ暗な闇が蠢く球が完成した。

 見ていると吸い込まれそうな感覚になるその球にルイン達が見とれている中、ラゼルは説明を始める。


「これは属性変化の訓練だ。両手の間に魔力を球体状にして、それを何かしらの属性の力に変化させるんだ」


 一度両手を合わせて闇を霧散させ、今度は風による同じ大きさの球体を作り上げる。


「魔力の効率的な属性変化と制御、属性に対するイメージの強化のための訓練だ」

「分かった、やってみる」


 乗り気なリナが同じような姿勢になり、魔力を注ぐ。

 ところが、魔力は同じ大きさの球体状になったものの、属性変化による水は中心部分にホンの僅かしか生まれなかった。


「えっ? どうして? むう」


 どんなに力を込めるようにやっても水の量は変化しない。


「それが今のお前の属性変化の限界だって事だ」

「なんで? 魔法を使う時はもっと水が出るのに」


 リナの疑問に周囲も同じ気持ちを抱いた。

 込められている魔力からすれば、もっと水の量が多くてもおかしくないのに、それができていない。

 説明を求める視線が自然とラゼルへ向けられる。


「簡単な事だ。エルニム、水魔法を使う感じで一節目だけを唱えてみろ」

「一節目だけ? えっと、流れゆく水よ集え」


 言われた通りに唱えると、球体状の魔力の大半が消失して残っている魔力が水になった。


「あっ、できた」

「しかし魔力の大半が消失してしまっているじゃないか」

「これはどういう事でしょうか?」

「詠唱として消費したからだ」


 疑問に対してラゼルは説明を始める。

 魔力を効率的に属性変化させるのは実はとても難しい。

 属性変化のための訓練をしていないと、リナがやってみせたように上手く変化をさせられない。それでも魔法である程度の属性変化ができているのは、詠唱の一節目にある。

 魔法を使う時に行う詠唱は、一節目で属性のイメージを高め、二節目で形状と効果を含めたイメージを高め、三節目でイメージを完成形にする。

 ただ、そこまでに至るために余計な魔力を消費してしまうと説明した。


「何で余計な魔力を消費するんだ?」

「分かり易く言えば、詠唱を口にすることで魔力を属性変化の手助けに回したからだ」


 効率的にできていない属性変化を詠唱で底上げするため、口にした詠唱で魔力を消費する。

 そう説明をしても、今一つルイン達は理解できずにいた。

 首を傾げる姿を目にしたラゼルは、実際にやってみせることにした。


「ミリッジ、ちょっといいか?」

「なんだ?」

「今からお前に魔法を撃つから」


 右手をアルダに向けて言うと、一瞬だけ体が強張るがすぐにそれは解ける。


「お、驚かすなよ。冗談はほどほどにしろよ」

「じゃあ次。今からお前に魔法を撃つ」


 言った文句は同じなのに、たった今言われた事に対しては凄まじい寒気と恐怖がアルダの体を駆け抜ける。

 思わずしりもちをついて後ずさるアルダだが、周囲もそれを過剰反応だとは思えなかった。直接言われたわけじゃないのに、それほどの感覚が体の中を突き抜けたからだ。


「何だ、今のは……」

「本気で撃つかと思った」

「あっ、ひょっとして今のが」


 何かに気づいたリリムの反応にラゼルも頷く。


「そうだ。先に言ったのはただ言葉を口にしただけ。次に口にしたのは、魔力を込めて言ったんだ」


 魔力を込めただけ。それだけでこんなに違うのかと、制服についた土を払いながらアルダは感じた。


「つまり、詠唱っていう言葉に魔力を込めて発することで、イメージの力を高めて属性変化の底上げに使っていた。ていう事でしょ?」

「うん。ほとんど正解」


 リリムの説明を肯定したラゼルは、残る足りない部分の補足説明を始める。


「詠唱の際に使う魔力はイメージを高めるだけじゃなくて、曖昧なイメージを固めるためにも消費される」

「じゃあ私の魔力の大半が消失したのは」

「それだけエルニムの中で、水というイメージが曖昧だったから。という事だ」


 曖昧だからこそ余計に消費して、半分以上の魔力を消費してしまっていた。

 それでは本来出せるはずの力もほとんど失われ、魔法の威力の低下にも繋がる。

 そう説明すると、ルインが悔しそうな表情をする。


「なら僕達はこれまで、本来の力の半分以上を無駄にして魔法を行使していたというのか」


 ルインの言葉にリリムとエミリアだけでなく、リナとアルダも俯いて黙ってしまう。

 しかしラゼルの反応は違う。


「無駄っていうことは無い。イメージの具現化、魔法の安定化のために詠唱で使ったんだから、魔法を行使するための必要経費だ。それに俺だって、いきなり無詠唱で魔法を使えた訳じゃないんだぞ」


 必要経費という言葉と、以前はラゼルも詠唱をしていたというのを知り、ルイン達の気分は少し軽くなる。

 だがラゼルは飴だけでなく、鞭も振り下ろした。


「とは言っても、詠唱が必要なほどイメージが貧相で曖昧だっていうのは忘れるなよ」

「ぐっ。わ、分かっている」


 鞭の言葉を貰って少なからずショックを受けた一同は、気を取り直して属性変化の訓練を始める。

 両手の間に球体状の魔力を生み出し、それを属性変化させようと必死にイメージをしていく。

 しかし全員の魔力は僅かしか属性変化しない。それだけ詠唱の力に頼っていたのかと、誰もが実感した。


「慌てるな。これも魔力循環同様に、すぐにどうにかなるものじゃない。日々の積み重ねが大事なんだ。そもそも、お前達の魔力量だってさほど増えている訳じゃないんだ」


 後半の指摘にリナが反応を示した。


「えっ? そうなの?」

「教える前を百とするなら、今はギリギリ百一ってくらいだ」


 本当に大して増えていない現実を突きつけられ、リナはがっくりと膝を着く。

 毎日あんなにやったのにとブツブツ呟く辺り、どれだけやったんだろうとリリムは気になった。


「なら俺達は?」

「他の四人は揃って百一に届くか届かないかって辺り」


 続けざまに突きつけられた現実に両手の間の魔力の球が揺らぐ。

 形状を保てなくなりそうになった魔力を慌てて元に戻し、訓練を続ける。

 すると膝を着いていたリナがゆらりと起き上がる。その目は何故か座っていた。


「リ、リナ?」

「うふふ。やってやる。とことんやって、魔導士になってやる!」


 何か吹っ切れたのか、気合いを込めて訓練を再開する姿にルイン達は立ち直れて良かったとホッとする。

 だがその一方で、ラゼルはゆっくり後退して距離を取りながら呟いた。


「エルニム。それ以上魔力を込めると暴発するぞ」

「えっ?」


 次の瞬間、中庭の一角で魔力が暴発してちょっとだけ騒ぎになった。


 *****


 放課後の研究棟の一室。そこに教師の一人とグレイドがいた。

 教師は眼鏡型の魔道具で何かを計測し、それを記録している。


「うん。順調ですね。ちゃんと薬を飲んでいるようで安心しました」


 魔道具を外して告げる教師をグレイドは鼻で笑う。


「ふん、当然だ。薬を飲むくらい、子供でもできる」

「これなら予定通りに事を進めて大丈夫そうですね。今月末から、次の段階に移りましょう」


 教師の言葉にグレイドはニヤリと笑う。

 この調子で一気に魔導士に近づき、自分をコケにしたラゼルに一泡吹かせようと考えながら。


「順調なのは何よりだ。で? 次は何をするんだ?」

「それは後日お伝えします。今は前に渡した薬を、毎日欠かさず飲むように注意してください」


 次にやる事を聞き出せなかったグレイドは小さく舌打ちしつつ、部屋から出て行った。

 それを見送った教師は、計測結果のデータを見ながら小さく微笑む。


「本当に順調ですよ。これなら良いデータが取れそうですね。例え彼がどうなろうとも……ね」


 不敵な笑みを浮かべた教師はデータを厳重に保管し、普段部屋でやっている建前上の研究に戻っていった。


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