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魔導士の死命  作者: 斗樹 稼多利
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第3話 入学

 季節は春となり、各地の学校では新入生の入学式が行われようとしている。

 王立魔法高等学校でもそれは例外ではなく、狭き門を潜り抜けた新入生達の入学式が数日後に迫っていた。

 見事合格した生徒の中には王族、貴族がいれば、一般庶民や地方から来た貴族や庶民もいる。

 誰にでも学ぶ権利はあるという目的で創立されたこの学園は、そういった身分も関係なく優秀な生徒を集めて教育している。

 その入学式に参加するため、各地から合格した新入生達が寮へと入る。

 王都に住んでいれば実家から通えるのだが、他所から来た生徒は基本的に寮へ入る。

 ラゼルもまたその一人で、入学式の数日前に学園の事務室を訪れて、入寮手続きをしていた。


「はい、入寮の手続きは完了です。では、部屋に案内するのでこちらへどうぞ」


 事務室で入寮の手続きをしたラゼルは男性職員の案内で寮へと向かう。

 学園を挟んで右手側に男子寮、左手側に女子寮が建てられており、当然ながらラゼルは男子寮へと案内される。


「部屋は二人部屋で、基本的に同じクラスになる人と同室になります」


 案内をしながら説明をする男性職員に頷いて応え、寮へと足を踏み入れる。

 寮は少々古びているが、手入れは行き届いていて清潔感がある。ロビーには上級生らしき男子が数名雑談をしていて、ラゼルを見てヒソヒソと内緒話を始めた。


「あいつがそうなのか?」

「噂通りの灰色の髪が、間違いない」

「あいつが魔導士様の……」


 上級生達は噂に聞いたラゼルの姿を、階段を上って姿が見えなくなるまで凝視した。


「君の部屋は三階だ。同室の子はまだ来ていないから、しばらくは一人で過ごせるよ」

「そうですか」


 別段一人暮らしに拘っていないラゼルの淡白な反応に、男性職員は苦笑いを浮かべる。


「あっ、この部屋だよ。さっ、どうぞ」


 階段を上がってすぐの部屋の扉を開け、中へ通されたラゼルは部屋の中を見渡す。

 奥の方に背中合わせで机と椅子が二つずつ。寝床は二段ベッドが一つ。他は小さいながらもキッチンと、備え付けのトイレかシャワー室への扉が二つあるだけ。


「大体の物は揃っているけど、消耗品が無くなるか、何かを無くしたか壊したかした場合は、自費で負担になるからね」

「分かりました」


 最後まで淡白な反応しかされなかった事に職員は若干落ち込みつつ、静かに部屋を出て行った。

 室内に残されたラゼルは外套を外し、備え付けのハンガーに掛ける。

 特に荷物らしい荷物を持っていないラゼルの持ち物は、腰に結びつけてある小さな袋が一つだけ。それを外して机の上に放り、二段ベッドの下段に寝転がる。


(とりあえず入学することはできた。後は向こうがどう接触するのか、それとも何もしてこないのか……)


 入学した目的を再確認しながら、今後の計画を見直していく。


(できればこっちから接触を図りたいけど、ここには人質になりそうなのが山のようにいる)


 学園内には生徒や教師など多くの人数が生活している。

 対抗策が無い訳ではないのだが、危険は少ない方が当然好ましい。


(向こうの全体像を把握していない以上は、やっぱり俺からの接触は危険か)


 後手に回っての機会待ちをするしかない現状に頭を悩ませていると、部屋の扉が勢いよく開く。


「おっす! 初めまして、ルームメイト君。俺は……って、魔導士の弟子!?」


 騒がしく入室してきたラゼルのルームメイトは、背中に荷物を詰めたリュックを背負い、左手には鞄を持ったアルダだった。

 これが学園側の意図なのか偶然なのかは不明だが、ラゼルは煩そうなルームメイトの登場に少し頭が痛くなった。

 決して嫌いだとかそういう訳ではない。単に、事ある毎に考え事の邪魔をされそうだと思っただけだ。


「俺の名前はそんな名前じゃない」


 上半身を起こしてベッドに腰掛ける姿勢になり、不快な表情で文句を付けるが、当のアルダは全く気にせず笑っている。


「ははははっ! 悪いな、そんな印象が強いからつい。で、お前の名前なんだっけ?」


 この時、ラゼルはアルダの印象を煩い奴から煩いバカに変更した。


「ラゼル・アゼインだ」

「オッケー、アゼインな。んじゃ、多分まだ教えていないだろうから名乗るぜ。俺はアルダ! アルダ・ミリッジだ! よろしくな」


 呆れながら名前を教えたのに、親指を立てて得意気な顔で自己紹介をするアルダの反応に、ラゼルは笑うしかなかった。


「お前、色んな意味で面白い奴だな」

「いやぁ、それほどでも」

(別に褒めてない)


 照れるアルダに心の中でそう呟き、腰掛けていたベッドから立ち上がる。


「ベッドは上でいいか? 下はもう俺が寝転がって」

「マジで!? 上でいいの? やった! 俺って末っ子でさ、下でしか寝た事なかったんだよ!」


 喋っている最中に喜びだしたアルダはリュックと鞄をその辺に放り投げ、ベッドの上段へ上る。

 勢いのまま寝転がるとベッドが軋むが、アルダは構わずその場で騒ぐ。


「うっひょう! やっぱ上段は気分がいいぜ!」


 何がそこまでいいのか分からないラゼルは、アルダの子供っぽい反応に呆れて額に手を当てる。


「ところでよ。お前、荷物はどうしたんだ? 外套以外は机の上にある、あの小さい袋だけってことはないだろう?」


 上の段から顔だけを突き出した体勢のアルダの質問に、ラゼルは小さく頷いて返した。


「えっ? マジであれだけなのか? じゃあ、これから買い出しか? それに制服だって」

「いや……」


 説明するより見せた方が早いと判断したラゼルは小さい袋を手に取り、その中に手を突っ込む。

 すると袋よりも明らかに大きい、替えの服らしき上着が中から出てきた。


「はぁっ!?」


 驚いて思わず大声を出すアルダに構わず、ラゼルは袋から次々に中身を取り出す。替えの下着、ズボン、受け取った制服、筆記用具、身分証明書、ナイフ、魔導具らしき杖、タオル、本、その他諸々。

 並べられていく物の数と量に、騒いでいたアルダも言葉を失ってポカンとしていた。


「とまぁ、こんな風にこの袋の中に入っているんだ」


 ある程度の物を出してアルダの方を向くと、アルダはベッドの上段から口を開けたまま固まっていた。


「おい、それ……。どうなってんだ?」


 振り絞られた疑問にラゼルは軽く答える。


「師匠が作った特製の袋だ。魔導士だけが習得できる、時間魔法と空間魔法が付与されている」

「じ、時間魔法に空間魔法の付与された袋ぉっ!?」


 再び室内に響く声にラゼルは冷静に耳を塞いで対処。

 直後にベッドから飛び降りたアルダが近寄り、ラゼルの手に握られている袋をジロジロと眺める。


「マジで時間魔法と空間魔法が付与されてんの?」

「マジだ」

「おぉ……」


 質問に即座に肯定で答えると、アルダは感嘆の声を漏らす。

 時間魔法と空間魔法。

 この二つは通常では習得できない魔法だが、習得できる条件が一つだけある。それは魔導士に到達する事。

 魔導士という極みに到達できると、どういう理由かは不明だが自然と覚えてしまう。

 研究者の中には魔導士に直接習得について尋ねてみる者もいたが、誰に聞いても理由は分からないと返されたそうだ。

 時間と空間を司る魔法という事以外、何一つ判明していない謎の多い二つの魔法。その魔法が付与された物が目の前にある状況に、アルダは袋から目を離せずにいた。


「空間魔法により中の容量を大きく拡張して、時間魔法で中身の時間を止めて経年劣化を防いでいるんだ」


 説明を聞いているのかいないのか、アルダはジロジロと袋を見続けている。


「なぁ、これってバーバラ様にもらったのか?」

「ん、まぁな」

「いいなぁ。こういうのがありゃ、あんなにたくさんの荷物持たないで済んだってのに」


 大量の荷物を眺めながらアルダはため息を吐く。

 次いで羨ましそうにラゼルの持つ袋を見る。その視線は、袋が欲しいという願望が入り混じっている。


「断わっておくけど、これは俺以外に使えないぞ。魔力波長を俺専用で登録してあるらしいから」

「マジかぁ!」


 魔力波長とは、個人によって異なる魔力の波長の事で、身分証明書や学生証のような個人の識別に用いられる物に利用される事が多い。

 それにより、なりすましや他人の身分証明書の悪用を防いでいる。

 また、魔道具の中には魔力波長の識別を利用し、ラゼルが持っている袋のように特定の人物しか使えないようにしてある物もある。


「くっそー、こればっかは弟子の特権か。でもまっ、アゼインと同室になれただけ良しとするか」

「……なんでだ?」

「なんでって、俺はお前に魔法を教われるんだろ? で、同室だから教わり放題……」

「そんな訳がないだろう」


 アルダの考えを一刀両断すると、アルダの表情は笑顔のまま固まる。


「……えっ?」

「いくら教えると言っても、お前だけ特別扱いはしない。指導は他の四人も一緒の時だけだ。お前一人が遅れていない限りはな」

「えぇぇぇ。いいじゃねぇか、教えてくれよ」


 しつこく頼み込むアルダに、とにかく今は魔力循環してろと突き放したラゼルは筆記用具以外の荷物を袋へ放り込み、机へ向かう。

 備え付けのメモ帳らしき紙の束を手元に寄せ、筆を取る。


「何だ? まだ教科書もらってないのに予習か?」


 いじけるアルダの問いかけにラゼルは首を振る。


「いや。制服を受け取った時に、主席入学だから新入生代表で挨拶をしろって言われたんだ」


 質問に答えたラゼルは、魔力循環をするアルダを背に挨拶の文章を考え始めた。

 しばらく静かな時間が続くと、静まり返った空気にソワソワしだしだアルダがチラリとラゼルを見る。

 まだメモ帳に何かを書いているラゼルの様子に、視線を外して魔力循環を続ける。

 それでもまた落ち着かなくなり、視線を向けてしまう。


「何か用か? さっきからチラチラと」


 振り向いてもいないのに気付かれた事で、悪い事はしていないつもりでもギクリとする。


「よ、よく気づいたな?」

「あんだけ視線を浴びれば気づくって」


 書き留めたメモのページを切り取って袋の中に放り込み、体をアルダの方へ向ける。


「で? 何か用か?」

「えっ? あっ、いやぁ、そろそろ飯でもどうかなって」

「……そういえば、もうそんな頃合いか」


 空腹具合を確認したラゼルがそう呟くと、単にどんな挨拶を書いていたのか気になっていただけだったアルダはほっとする。


「飯にするのはいいとして、どうする?」


 この寮での食事は、自炊をするか、食堂を利用するか、外食をするか、買ってきて部屋で食べるか。

 しかしまだ学生証を受け取っていないラゼル達新入生は、食堂を利用することができない。

 そのため、買ってくるか外で食べるか、自分で作るかしかない。


「だったらよ、この後リリムと昼飯に行こうって待ち合わせしてんだよ。一緒にどうだ?」

「俺はいいけど、いいのか?」

「全然大丈夫だって! 俺らが泊まってた宿の食堂なんだけどよ、安くて美味いんだぜ」


 安いという点よりも、美味いという点にラゼルの目が一瞬輝く。

 素早く椅子から立ち上がると、掛けておいた外套を纏ってアルダを急かす。


「急げ。早く案内しろ」


 思わぬ反応に驚き一瞬反応が遅れたアルダは、早足に部屋を出るラゼルを追いかける。


「待てって、寮の前で待ち合わせしてからだって!」


 初めて見せた反応に、これは何かに使えるんじゃないかと思いながら、アルダは上着を羽織ってラゼルを追いかけた。

 寮の前でリリムを待つ間、食事に期待を寄せるラゼルは腕組みをして指で腕を叩き、リリムはまだかと何度も口にする。

 その様子にアルダは早くリリムが来いと祈りながら待つこと数分、ようやくリリムは待ち合わせ場所に姿を現した。


「お待たせ……って、なんでアゼイン君がいるの?」

「同室でさ。誘ったらノリノリで乗ってきた」

「ノリノリでっ!?」


 これまでに見ていたラゼルの様子からは考えられない反応に、つい声を上げてしまう。

 本当なのかとラゼルを見ると、表情こそ普通だがやたら目を輝かせるラゼルがいた。


「やっと来たか。さっ、行くぞ。美味い飯が俺を待っている」

「待てって、俺らが案内しなきゃ行けねぇだろ!」


 足早にさっさと先に進もうとするラゼルの姿に、思わずリリムは呟いた。


「なんか、意外な一面を見ちゃった気分……」


 目を見開いたリリムは二人の後を追いかけ、三人は目的の食堂へと向かう。

 やたら急かすラゼルに引っ張られながら到着したのは、年季の入った宿の一階。扉を開けると昼食時とあって、多くの客で賑わっていた。

 外見からして老舗なのか、客層は老若男女問わずに訪れている。


「うわっ、遅れたか? 席空いてっかな?」


 混み具合に座れるかどうか心配するアルダだが、ふいにラゼルが隅の方を指差す。


「あそこに空いている席がある」

「マジで? あっ、本当だ」


 ラゼルからの指摘に隅の方を見ると、いかにも肉体労働をしている体格のいい男達の傍に、空いている席があった。


「よく見えたわね……」


 そこまで食べたいのかとリリムが呆れていると、店員らしき少女が歩み寄ってきた。しかもその少女は、彼らの顔見知りだった。


「お待たせしま……魔導士の弟子様!」


 受験を終え、実家の宿兼食堂を手伝っていたリナの叫びで食堂内の喧騒が一気に静まる。

 視線はラゼル達三人に注がれ、誰が魔導士の弟子なのかと周囲は囁きだす。


「ミリッジにも言ったが、その呼び方はやめろ」


 ラゼルが反応したことで注目はラゼル一人に注がれる。視線の雨を外れたアルダとリリムは居心地の悪さから解放され、胸を撫で下ろす。


「じゃあ……名前なんだっけ?」


 リナの反応に周囲で何人かがずっこけそうになった。

 特に寮の部屋で同じようなやりとりをしたアルダは、苦笑いを浮かべている。


「ラゼル・アゼインだ」

「アゼイン君だね。分かった。私はリナ・エリニム。いずれは魔導士になる名前だから、覚えておいて」


 さほどない胸を張って、やたら輝く目で鼻息を荒くするリナの顔にラゼルはしばし黙り、すぐに空いている席へと向かう。


「席はここでいいか?」


 空いている席の傍でテーブルを指さしながら尋ねると、そういえば接客中だったとリナは仕事に戻る。

 次いで立ち尽くしていたアルダとリリムも、慌てて席に着いた。

 周囲も次第に元の喧騒が戻ってきたが、視線は変わらずラゼルに注がれる。魔導士の弟子とは、どういう事なのかという疑問と疑いの眼差しで。


「注文は?」

「えっと……」

「自慢の品を十品ぐらい持ってきてくれ」

「じゅ、十品!?」


 メニューを見ることなくそう頼んだラゼルにリリムは驚いた。

 リナは分かりましたと冷静に受け止め、アルダは豪快な注文方法だなと感心する。


「ちょっ、そんなに食べられるの?」

「食べられるから頼んだ」


 返って来た言葉に若干の違和感を覚えたリリムは、まさかと思いつつ確認する。


「えと、私達三人分じゃなくて?」

「俺一人で食える、って意味だ」

「えぇぇぇぇぇぇ」


 まさかが的中してしまい、リリムは注文しようとしていた品が頭から飛んで行ってしまった。

 アルダは凄え食うなと言いながら注文をし、リナはラゼルの言葉を気にせずメモに注文を書き留めていく。

 それからしばらくして、注文した品が次々とテーブルに並べられると、ラゼルはそれを一口食べる。


「ん、確かに美味い」

「うちのお父さんの腕はそこらの店になんか負けない」


 自慢げに胸を張るリナを無視し、ラゼルは猛然と食べ始める。しかしそこに意地汚さは見えず、味わっているかのように見えた。

 それを見ていた他の客が、思わず追加注文をしてしまうほどに。


「アゼインって、よく食うんだな。しかも美味そうに」


 パンをちぎってスープに浸しているアルダの言葉に、ラゼルは首を振る。


「美味そう、じゃない。本当に美味いんだ」


 そう言って、再び食い始め、運ばれた十品はあっという間に無くなった。


「ふう。食った食った。じゃあ次は……」

「まだ食べるの!?」


 リリムが驚く横で、ラゼルはさらに五品を注文した。

 合計で十五品を平然と食べつくし、大丈夫かと思われた支払いも平然と支払う姿にリナは、魔導士になるには食欲も大事なのかと考え出した。

 ちなみにその考えが間違いであることは、今後の修業の事を聞いて魔力循環だけだと返され、ついでに聞いた時に教えられた。


「ああ、美味かった」


 満足そうに腹を擦るラゼル。

 その後ろには、対抗して食いすぎてフラフラになったアルダとそれを支えるリリムが続く。


「だからって、あんなに食べる?」

「さすがの俺も……あんなには食えないぜ」


 上機嫌で寮へ戻る一行。

 門限にはまだ余裕があるため、ゆっくりと町中を歩く。


「入学式が済んで寮の食堂が使えるようになるまで、夕飯はあそこにするか」

「そんなに気に入ったのね……」


 *****


 入寮してからの数日は瞬く間に過ぎ、国立魔法高等学園は入学式の日を迎えた。


「それでは、只今より今年度の入学式を始めます」


 新品の制服に身を纏った新入生達を前に、司会を務める教員が音声の増幅と拡散ができる魔道具で喋りだす。

 それから学園長、理事長の挨拶が行われるが、会場の注目はほぼ一か所に向けられていた。

 そのため、どちらの挨拶も誰の印象にも残らずに終わる。


「続きまして、新入生挨拶。新入生代表、ラゼル・アゼイン」

「はい」


 司会の紹介で起立するラゼル。

 数日前に制服を受け取りに行った際、主席入学のため新入生代表挨拶をするよう伝えられた。

 実力主義のこの学園では、身分よりも実力を優先しての選出が基本。それに則ってラゼルが挨拶をすることになった。

 かの魔導士の弟子が挨拶をするという事で、嫌でも周囲の注目は集まり、どんな挨拶をするのかと楽しみにしている者達もいる。

 そんな注目の中、壇上に上がったラゼルは学園長のマグナの前でポケットに入れていた紙を取り出し、読み始める。


「我々、新入生一同は。今日の良き日、この国立魔法高等学園に入学した事を誇りに思い。勉学に励み……」


 挨拶を読み上げていくと会場内にはざわめきが起きる。

 というのも、ラゼルの喋っている挨拶の内容が至って平凡でありきたりな形の挨拶だからだ。

 魔導士の弟子というからには一風変わった、凄い事を言うのではないのかと勝手に思い込んでいた周囲は勝手に落胆し、平凡な挨拶を聞いていく。


「新入生代表、ラゼル・アゼイン」


 挨拶を終えたラゼルが一礼して壇上を降りると、納得はしないものの一応はという形で拍手が行われる。

 そんな中で席に戻ると、隣の席にいたルインが小声で話しかけてくる。


「意外だな。僕としては、前代未聞な挨拶を期待していたんだぞ?」

「俺はそういうのは苦手だ。それに悪目立ちするみたいで嫌だ」


 相手が王族のルインであろうと、前に言われた通り砕けた喋り方で会話をする。

 ルインがいくら言っても周囲のほとんどは態度を変えないが、あっさりと変えてくれたラゼルにルインは好感を得た。

 学園内という限定的なものかもしれないが、それでもルインは嬉しかった。ようやく、対等な友人が得られるかもしれないという状況が。

 だからこそ入学式でもラゼルの隣の席を陣取った。


「悪目立ちとは限らないぞ。魔導士の弟子ってことで、案外許されるかもしれないだろう?」

「そんなに世の中は甘くないって。それに人って、前例の無いことを嫌う方が圧倒的に多いから」

「それは分かるな。特に国政ともなれば、そういう傾向は強い」


 いつの間にか話の流れが変わりつつあるのに、二人は気にせず小声で喋り続ける。壇上で喋る来賓の挨拶に耳も向けずに。


「以上で入学式は終了です。新入生は退場後、掲示板にて所属クラスを確認してください」


 司会の教員の連絡事項に新入生達は自然と足早に退場し、掲示板へクラスの確認に向かう。

 別に慌てなくともと、ゆっくり移動を始めるラゼルとルイン。到着した頃には、掲示板前の新入生の数はまばらになっていた。


「おっ。どうやら僕達は同じクラスのようだ」

「そうだな。それと、あいつらも……」


 見つけたのはラゼルとルインの名前だけでない。

 同室になった事でほぼクラスメイトなのが確定していたアルダ。それとリリムとリナの名前もあった。

 しかし、唯一エミリアだけは別のクラスに所属している。


「エミリアには悪いが、これは仕方ないな。いくら母親は違っても、兄妹が同じクラスになるとは考えにくい」


 ルインは割り切っているようにそう言うが、ラゼルには少し残念そうに見えた。


「とにかく教室に行こう」

「あぁ」


 掲示板の下から離れた二人は軽く世間話をしながら教室に向かう。

 やがて見えてきた教室の扉を開けると、賑やかだった教室内が静まり返り、ほぼ全員の視線が二人に注がれる。


「まぁ、大方予想通りの反応だな」


 仕方ない事とはいえ、ルインは複雑な表情をする。


「片や王族で、片や魔導士の弟子だからな」


 視線の理由を推測しながら二人でその場に立っていると、教室の端の方に集まっていたアルダ達が歩み寄ってきた。


「よっ、アゼイン。今朝ぶり」

「おはよ。まさかエミリア様以外が全員同じクラスになるとはね」

「これで学校にいる間は、いつでも魔法を教われる!」


 アルダとリリムの反応はともかく、相変わらず魔法一直線なリナの反応に、周囲の視線によるルインの不快感は消え去った。

 普通に接してくれる知り合いがいてくれる事に感謝しながら。


「あ、あの、すいません。通してくれませんか?」


 入り口で突っ立っていて、後ろにいる小柄な女性教師が教室に入れずにオロオロしているのにも気づかずに。

 ようやく教室に入れたのは、彼女の存在にラゼルが気づいた時だった。


「えぇっと、皆さんとは試験会場でお会いしましたよね。今日から皆さんの担任になる、エリカ・ノーディトっていいます」


 壇上に上がって自己紹介をするエリカだが、クラスのほとんどが会ったっけと首を傾げる。

 その光景にエリカがショックを受けていじけだすと、ラゼルを除く全員が思い出した。


『無視されていじけてた影の薄い先生だ!』

「そういう覚え方はやめてください!」


 一瞬で復活して抗議するエリカにラゼルだけは、憐みの視線を送った。この人は、こういう性質の人なんだと。


「えぇっと、では改めまして。今日は授業はありませんが、この後で学内見学、それと教科書と学生証の受け渡しがあります。その前に、皆さんで自己紹介をしましょうか」


 自己紹介という言葉で再び視線がラゼルに突き刺さる。

 あまりの集中砲火ぶりにうんざりしているんじゃないかとルインは思ったが、予想に反してラゼルは平然としていた。


「では、名簿の順でお願いします」


 エリカに促され、最初に立ち上がったのは注目の的となっているラゼル。

 アゼインというファミリーネームである彼が、このクラスの出席番号の一番となっている。

 周囲からの視線を物ともせず、平然とした表情でいるラゼルは自己紹介を始める。


「ラゼル・アゼイン。知っての通り、最後の魔導士と言われたバーバラ……師匠の弟子だ。でもそんな事を気にせず、気軽に話しかけてきてくれ」


 簡潔に自己紹介を終えて着席すると、それで終わり? という空気の後に拍手が響く。


「はい、ありがとうございます。では、次の方お願いします」


 先頭のラゼルを皮切りに、順々にクラスにいる二十人が自己紹介をする。

 ルインが身分を気にせず気楽に接してほしいと言うと、エリカも含めて無理という空気が立ち込めた。

 リナは魔導士が夢と宣言し、ラゼルに弟子入り志望してあっさり断わられる。

 リリムは平凡にまとめつつ、最後に熱血バカの幼馴染が迷惑かける時は殴って止めて構わないといい、笑いを誘う。

 アルダはやたらラゼルと同室なのを自慢しつつも、皆とダチになりたいと宣言する。その態度に、確かに熱血バカだと周囲は思った。

 そんな調子で全員の自己紹介が終わると、学内見学のため教室を出る。


「えっと、まずは校舎内の方から案内しますね」


 エリカによる案内の下、彼らがこれからの学園生活を過ごす学び舎の紹介は始まった。


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