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魔導士の死命  作者: 斗樹 稼多利
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第2話 選別

 受験終了後、ラゼルはリナに纏わりつかれていた。

 正門までの道のりの最中、帰りの準備を整えたリナが別教室から駆けこんで来て、そのままラゼルの傍を離れようとしない。


「お願い、落ちてても魔法を教えて」


 絶対に逃がさないと外套の裾を握り踏ん張るが、ラゼルは構わず彼女を引きずりながら歩いていく。

 周囲はリナの執念とラゼルの無視っぷりに、どう反応すればいいのか分からずにいる。

 そんな空気をぶち破ったのは、空気を読めないのか読まないのかアルダだった。


「なぁ、お前さ。せめて教えるか教えないかぐらい言ってやれよ」


 ラゼルの隣に普通に並んで話しかける姿に、周囲はある種の尊敬を抱いた。


「落ちたら教えない。あのくらい受からないと、話にならない」

「受かってますように受かってますように受かってますように受かってますように受かってますように」


 返事をすると、ようやく掴んでいた袖を離したものの、今度は受かっているようにと何度も呟きながら両手を合わせて祈りだした。


「分かりやすい奴だ」

「魔法に関して一直線なだけよ。あの子、魔導士になるのが夢だから」


 横から説明に入ったリリムから魔導士になるのが夢と聞き、ラゼルは立ち止まって、ブツブツ言いながら祈っているリナを見る。

 時間にして数秒ほど観察して視線を外すと、周囲で見守っていた他の受験生達も、我先にとラゼルの下へ殺到する。

 目的とは当然、ラゼルから指導を受けることだ。


「なあ、受かっていたら俺にも教えてくれないか?」

「私も教えてほしい!」

「是非指導をお願いしたいんだが」


 予想以上に面倒な事になりそうな事態に、どうするか考えていると、この場を鎮められそう人物が現れる。


「魔法の指導は、合格すれば僕達も受けて構わないのかな?」


 その場に響いた声で、殺到していた人波は静まり返る。

 集団は跪いて頭を下げながら左右に分かれて、声の主であるルインと、その後ろにいるエミリアに道を譲る。

 二人の姿を目視したラゼルも、周囲と同じく跪いて頭を下げる。


「別にそんな態度を取る必要は無い。それで、どうなんだい?」

「勿論構いません。しかし予想以上に人数が多くなりそうですので、基準は設けさせてもらいますが」

「基準?」

「それは結果発表の後で。まずは合格してから、という事でよろしいでしょうか?」


 ラゼルの問いかけにルインは微笑んで頷く。


「勿論だ」


 王族が肯定した事により、誰もそれ以上は何も言えなかった。

 主に家の権力で無理矢理教わろうとしていた貴族の子や、金や女でこっそり教わろうとした貴族ではないが金持ちの家の子が。


「だが、これだけは教えてほしい。実技試験でのあれは、何をしたんだ?」


 無詠唱はともかく、何をどうやったら的が木端微塵に砕け散るのか。ルインはそれが気になって仕方がなかった。

 周囲も同感で、特にリナは早く教えろと目で訴えている。


「あれはですね」

「待て。そういう態度は不要だと言っただろう? 普通でいい」

「……分かった。結論から言うと、風魔法で作った針を口から十数本同時に放ったんだ」


 あっさりと告げられた内容に、周囲はそんな事が可能なのかとざわめく。 


「口から……針状の風魔法を?」

「あぁ。フッと吹いて全部的に当てて粉砕した」


 試験の時には誰も気づかなかったが、あの時にラゼルは微かに開いた口から軽く息を吹いていた。

 その息によって十数本の針状の風魔法が放たれ、的に命中して木端微塵にした。


「針の形状で木端微塵って、しかもたったの十数本で……」

「細い針の形状だから、よく見えなかったのか」

「それ以前に、速度が速すぎで見えなかったわよ」


 見ていた側からすれば、合図とほぼ同時に的が破壊されたようにしか見えなかった。

 あの僅かな時間に放たれたのだとすれば、桁外れの速度で魔法を放った事になる。

 魔法の形状や放たれる数は本人のイメージよって決まる。だが、威力は練り込んだ魔力の量による。

 そういう意味では針状なのも、十数本なのも、イメージさえすれば誰にでも真似できる。

 しかし、問題なのはその威力。威力に必要なのは魔法のために練り込んだ魔力の量。

 如何に強大な魔法を行使しようとしても、練り込む魔力の量が少なければ威力は低くなり、逆に多くても制御できなければ魔力が暴発する。

 ラゼルの魔法は針の形状であの結果を生み出した以上、相当量の魔力を練り込んだはず。しかも発動までに僅かな時間しかかけておらず、暴発しないようしっかりと制御をした上で。

 これは魔法に関する知識や腕前以前に、基礎的な部分が自分達とは訳が違うとリリムは考えた。


(どんな修業を積めば、あんな事ができるようになるのよ)


 この場にいる受験生全員どころか、あの場にいた教員の誰よりもかけ離れた、いかんともし難い壁。

 先ほどの魔法と受けた説明を分析するほどに、リリムはそれを感じとった。


「私も、修業すればあれくらいできる?」


 熱心に話に聞き入っていたリナが、鼻息荒くラゼルに詰め寄る。


「挫折せず怠ることなく、何より訓練に耐えられればな」

「頑張る!」

「それ以前に受からなきゃ教える気も無いが」


 そう告げられたリナは、再び手を合わせて祈りだした。


 *****


 受験日の夕刻、国立魔法高等学園の会議室の一室で教員達が話し合っている。

 内容は今年の受験について。特に、実技試験で桁外れの実力を見せたラゼルについて。


「それほど凄かったのかね?」


 その場に居合わせなかった教員の一人が、試験担当の教員達に確認を取る。

 返ってきたのは、頷きと肯定の言葉だった。


「はい。正直、魔法について彼に教えることがあるのかどうか……」

「恥ずかしい話ですが、彼がどんな魔法を使って的を破壊したのか、私にも分からないのです」


 試験担当の中でも一番のベテラン教師の男性が付け加えると、居合わせなかった教員達がどんな魔法だったのかとざわめく。


「彼は予め魔力を練るといったような事前準備もせず、合図とほぼ同時に放たれるほど超高速で魔法を発動させました」

「にも関わらず、威力はご覧の通りです」


 試験担当教員の一人が、参考にとテーブルに広げられた的を指摘する。

 ラゼルの魔法によって木端微塵になった物を回収し、説明のために広げた際は教員の誰もが目を疑っていた。


「おまけにこれを無詠唱で行ったんですよ? 私、教師としての自信を無くしそうです」

「バーバラ様の弟子は伊達ではないということか……」

「しかし、彼はまだ十五歳の少年なんですよ? いくらバーバラ様の弟子とはいえ、一体どんな修業を積めばこれほどの魔法の使い手になるというのですか」


 これを皮切りに、会議に参加している教員達は、付近の席の教員とそれぞれの意見を交わす。

 それを黙って聞いているのは、国王のドライアンとは旧知の仲にある、学園長のマグナ・ルッセンダ。

 数日前にドライアンから、急遽一名受験させてほしいと言われた時は何事かと思った。

 しかも後日の説明で、バーバラの弟子と聞かされた時は耳を疑った。

 試験内容を見て嘘だと判断したら、叩き出して構わないと言われたが、どこにも疑いの余地は無い。


(嘘じゃなかったのは喜ばしいが、扱いに困るの……)


 ドライアンは、話が本当ならバーバラの後継者として育てば良し、と言っていた。だがあまりの実力に、高等学校では国内最高の魔法教育機関であるこの学園でも、持て余す気がしていた。

 だがこれで落としたら、誰も納得するはずがない。


「筆記の方はどうじゃった?」


 ずっと黙っていたマグナの発言にざわめきは収まり、筆記の採点をしていた教員が報告する。


「はい。ルイン殿下と同じくほぼ満点です」

「それに加えてこの魔法の実力。主席入学は彼で決まりじゃな」


 これ以上彼の実力について話しても無駄と判断したルインにより、決定事項が伝えられた。

 異論は誰からも出ない。というより、出るはずがなかった。


「では、会議はここまでじゃ。各自、明日の合格者発表と、その後の制服採寸と入学に関する書類の準備に取り掛かってくれ」

『はい』


 仕事のために会議室を出ていく教員を見送り、マグナは深く息を吐く。

 そしてこの場にいない、学生時代からの友人に文句を言った。


「まったくドライアンのビビリめ。なんちゅう奴を押し付けてくるんじゃ」


 これから彼を学園内でどう扱おうか。マグナはその事を考えながら頭を痛め、酒でも呷りたい気分だった。


 *****


 受験日の翌日、国立魔法高等学園には受験生達が結果発表を今か今かと待ち侘びていた。

 だが今年の受験生達は、例年以上に結果を待ち侘びている。

 その理由は。


「受かればバーバラ様の弟子からの指導。受かればバーバラ様の弟子からの指導」


 無表情ながら、最前列でソワソワと落ち着かないでいるリナの言葉が、全てを物語っている。

 この場にいる誰もが、合格してラゼルから魔法を教えてもらおうと考えていた。

 当のラゼルはそんな熱気の中、まるで他人事のように落ち着いて結果発表を待つ。


「お前、この状況でよく落ち着いてられんな」


 ラゼルを見つけて近寄ってきたアルダでさえも、結果発表ということで落ち着けないでいる。

 彼の隣にいるリリムも落ち着けないのか、受験票を手にソワソワしていた。


「試験が終わった時点で結果は出ているんだ、後は合否に反映されるかどうかだろ?」

「……魔導士に鍛えられると、そうやってドライになれるのか?」

「知るか」


 そんなやり取りをしている中、職員と思われる数名が丸められた紙を抱えてやって来た。

 遂に来た結果発表に、受験生達のざわめきが起き、その中で掲示板に合格者発表が張り出された。


「いやったああぁぁぁっ!」


 最前列で両腕を挙げ、喜びを露わにしているのは、絶対にリナだろうとラゼル達三人は思った。

 彼女は合格した喜びを爆発させた直後、ダッシュでラゼルの下へ駆け寄って来た。


「合格した! さぁ、魔法を教えて!」


 キラキラとギラギラが入り混じった、純粋なのか邪なのかよく分からない目をして詰め寄るリナを制止させる。


「まずは俺が結果を確認してからだ」

「じゃあ早く見て!」


 小柄な体でラゼルを引っ張っていこうとするが、彼女の力ではラゼルは一歩も動かない。

 逆に行動の邪魔をしているような形になり、ラゼルはとても歩き辛そうだった。


「んっと……」

「早く早く」

「おっ、あった」

「じゃあ合格だね。おめでとう。さぁ、早く魔法を!」


 ラゼルの合格を知った瞬間に再度詰め寄り、魔法の指導を懇願する。

 どこまでも一直線な態度に、後を追ってきたアルダとリリムは苦笑いを浮かべる。

 当のラゼルは周囲にいる合格者達の期待の眼差しから、リナと似たような雰囲気を感じ取った。


「僕達も合格したんだ、是非頼む」

「よろしくお願い致します」


 同じように期待の眼差し向けるルインと、その後ろにいるエミリアもその場に加わる。


「……とりあえず、ここじゃなんだから、どこか広い場所行くか」


 頭を掻きながら移動を始めると、合格者がゾロゾロと後を追う。

 その中には、合格を確認したアルダとリリムの姿もあった。


「あの、皆さん。それよりも先に、入学に関する書類を受け取って、制服の採寸をしてもらいたいんですけど」


 実技試験の時と同じ教員の案内は誰も聞いておらず、彼女は唯一聞いていたラゼルが付いて来ている一同を説得して校舎に向かうまで、その場でいじけていた。


 *****


「はい、採寸は以上です。受け取りは三日後から入学式前日までにお願いね」

「分かりました」


 採寸を終えて外套を纏ったラゼルは、採寸のために使っていた教室を出る。

 廊下には、既に採寸を終えたリナが待っていた。


「用事は全部終わった」

「「だから魔法を教えて」」


 リナが言うであろう事をそっくりそのままラゼルが告げると、二人の発言はピタリと一致した。

 同じくラゼルを待っていたアルダはこの現象に大爆笑し、隣にいるリリムから煩いと肘打ちを受ける。

 一方のリナはそんな事など気にせず、早く早くとラゼルの腕を引っ張って急かす。同じように待っていた、他の合格者達も視線で早くと訴えている。


「まずは移動な。どこか広い所行くぞ」


 まさか校舎内でやる訳にもいかないので、一同は外へ出て開けた場所へ向かう。

 校舎を出て少し離れた場所にある広場に行き、そこでラゼルは付いて来た一同の方を振り向く。


「そんじゃ教えたいところだけど、前も言ったように基準を設けさせてもらう」

「どんな基準!」


 早く教わりたくて我慢ならないリナに落ち着くよう、ジェスチャーで伝える。


「じゃあ全員、その場で魔力循環やって」

「はっ?」

「魔力循環を?」


 やるべき事を聞いた全員が呆気にとられた。

 というのも、魔力循環など、魔法初等学校低学年のうちに練習する、魔法における初歩中の初歩だからだ。

 魔力を循環させることにより、体内にある魔力の経路を開き、魔力が体内を通りやすくなる。これをやっておかないと、魔法の発動が中途半端に終わってしまう。

 しかし、何故それをやる事が基準なのかと誰もが首を傾げる。


「嫌ならいいんだ、教えないだけだから。じゃあやるって奴は、俺がいいって言うまで魔力循環してろ」


 そう言うやいなや、リナは目を閉じて魔力循環を始める。

 アルダとルインも始めるのを見て、リリム、エミリア、ざわめいていた他の面々も魔力循環を始めた。

 その様子をラゼルがじっと眺めているうちに、時間が五分十分と過ぎていく。


「あの、いつまで」

「俺がいいって言うまで」


 薄っすらと汗を浮かばせた少女の問いかけを一刀両断し、ラゼルは観察を続ける。

 さらに数分が経過すると、痺れを切らした体格のいい少年が喚きだす。


「だぁぁぁっ! こんな地味なこと、いつまでもやってられるか!」


 叫び声を上げながら両手を突き上げた少年は魔力循環を止め、土の上にも関わらず足音でも発しそうなほど勢いよく歩きだし、ラゼルの目の前に仁王立ちする。


「こんなガキがやること、いつまでやらせんだよ!」

「俺がいいって言うまで」


 何度目になるか分からないその発言を聞き、少年はさらに激高する。


「ふざけんな! 大体、魔力循環なんかやって何が分かるってんだよ!」


 少年と同じ意見を言いたかった面々も、魔力循環を止めてそうだそうだと騒ぎ出す。そんな中でも魔力循環を続けているのは、リナとアルダ、リリム、そしてルインとエミリアの五人だけ。

 その五人の様子を確認したラゼルは説明を始める。


「魔力循環がどんな役目を果たしているか知っているか?」

「んなことくらい知ってるぜ。体内に魔力を通しやすくして、魔法が発動できるようになるためだろ」


 魔法初等学校で習ったことそのままに告げると、納得できない一同が一斉に頷く。


「はい、そこが間違い」

「どこがだよ!」

「魔法が発動できるようになるため。つまりお前ら、問題なく魔法が発動できたらもう魔力循環やらなくなったんじゃないか?」


 ラゼルの指摘に、まだ魔力循環を続けているルイン達五人を含む全員が頷く。


「今ではそういう考え方になっているけど、魔力循環にはもっと深い意味があるんだ」


 語り始めた説明によると、魔力循環とは本来、魔力の巡りを良くして魔法の発動時間を縮めるための訓練。

 さらに魔力を循環させることで常に魔力を使っている状態になるので、魔力の効率的な扱いの練習と、保有する魔力量の増大にも繋がる。


「だから俺は今でも魔力循環は毎日欠かさずやっている。説明しているこの瞬間もな」


 説明を聞き終えた一同は、学校でも習わなかった事を知ってポカンとする。


「そ、そんなに大事なら、何故今ではこんな事に?」


 エミリアの指摘にラゼルは説明を続ける。


「理由は単純。恐ろしく地味な上に、簡単に成果が出ないからだ」


 内容だけ聞けば良い訓練なのだが、訓練そのものが地味な事に加え、成果が出るには相応の時間と月日が掛かる。それが嫌になって、魔法が問題なく発動すればいいか程度止まりになり、段々と広まっていった。

 今となってはかつての教えは消え去り、魔法を発動させるための事前訓練のような練習になってしまった。


「つまりは今のお前のように、堪え性が無い事が発端でこうなったんだ。って、師匠は言っていた」


 真っ先に喚きだした少年は苦い表情を浮かべる。

 彼はこの訓練を勝手に中断した際、こんな地味なことをいつまでもやっていられるかと叫んだ。

 つまりはラゼルが説明した過去の人達のように、あまりの地味さに投げ出してしまったのだ。


「本来の内容を知らないとしても、できれば喚かないでほしかった。俺がまず教えるのは、こういった忘れ去られた本来の基礎訓練。要するに、魔力循環のように地味で成果が見えにくい訓練ばかりだからな」


 ここで何人かはようやく気付いた。ラゼルが何の基準を調べるために魔力循環をさせていたのかを。

 調べられていたのは魔力とか魔法の技術などではなく、長期的かつ地味な訓練でも続けていける精神面を調べていたのだと。

 いいと言うまで続けろ、と告げたのも、終わりの無いゴールを走らせてどれだけ耐えられるのかを見るためだと。


「俺の中で定めた基準をクリアしたのは、殿下と姫を初めとするそこの五人だけだ。正直、この程度の我慢もできないんじゃ、教えても中途半端で終わるぞ」


 ほとんどの者ががっかりする中、最初に喚いた少年はまだ諦めきれていないのか、主張を続ける。


「だったら最初から説明しろよ。それさえしてくれりゃ、俺達だって黙ってやってたぜ」


 同調する数名が後ろで同じような抗議の声を上げ、少年は味方がいる事にニヤリと笑う。

 さすがにこれは見過ごせないと思ったのか、ルインが口を挟もうとした瞬間、喚いていた数名の足元に雷が落ちた。


『ヒィッ!?』


 突然の落雷に喚いていた全員が驚き座り込む。直撃こそしていないが、腰を抜かしたのか立ち上がろうとしない。


「教えればできる。それは子供でもできる当たり前の事だ。そんな当たり前の事を主張する程度の奴に、なおさら何も教えるつもりはない」


 魔法で雷を落としたラゼルが座り込む一同を見下ろし、睨みつける。その圧倒的な迫力に、反論する気も吹っ飛んだ一同は転がるように逃げ出す。

 文句を言わなかった面々は直接睨まれた訳ではないため、逃げ出しはしなかったが、迫力を目で見て肌で感じて動けずにいた。


「という訳で、殿下達五人には約束通り指導をする。他の皆は悪いけど、諦めてくれ」


 逃げ出した一行が姿を消すと迫力は消え去る。

 金縛りが解けたような気分でほっとする一方で、落ちた面々はやっぱり教えてもらえないのかと悔しがる。


「どうしても駄目なの?」


 一人の少女が問いかけにラゼルは首を横に振る。


「指導を受けたいなら、相応の信用が必要だ。お前達は俺に指導を受けたいというから、その気持ちが信用できるか、基準を設けてテストをした」

「つまり俺達は、基準をクリアできなかっただけでなく、君が信用するに値しなかったという事か」


 残念そうな表情の少年の呟きにラゼルが頷く。

 失格してしまった一同は一様に肩を落とし、俯いてしまう。


「ちょっと厳しくないか? 彼らの中にだって実力者が」

「実力が有る無いの問題じゃない。殿下、俺が実技試験でやってみせたあの魔法、見ててどう思った?」

「どうって、凄いとしか」


 無詠唱なのに加えて、発動させるまでの時間はほぼ無いに等しい。そんな魔法を見て、凄い以外の言葉がルインには思い浮かばなかった。

 それはリナ達も同様で、うんうんと何度も頷いている。

 しかしラゼルは真剣な表情で首を横に振る。


「感じなかったか? あれが恐ろしいと」

「恐ろしい?」


 どうしてそんな事を感じるのかと誰もが首を傾げる。


「あれを人間に使ったら、どうなる?」

「人間にって、それは……っ!?」


 ラゼルが言いたいことを理解したルインは発言を中断する。

 会話を聞いていただけのリナ達もラゼルに言われた事を想像し、言葉を失う。


「今はこんな平和な世だけど、一昔前は人間相手に放っていたんだぞ、魔法を」


 この国から戦争や内乱が無くなって約百五十年。

 その長い月日は人々に忘れさせていた。魔法を人に向かって放てばどうなるかを。

 特にラゼルが実技試験で使ったような魔法を人に向ければ、何が起きたのか分からないまま死亡するのは必然。

 事前に詠唱も身振り手振りも無いため、犯人の特定も困難になる。

 しかも距離を置いて放てるので、使い道によっては世に暗殺が横行する。

 その可能性に気づいたために、ルインは黙ってしまった。


「分かったか? 強力な力だからこそ、扱う奴のモラルが問われる。そのために、信用できる奴にしか師匠に教えられた訓練方法は教えられない」


 尤もな意見の前に誰もが納得するしかなかった。

 ずっと平和な中で生きていたから忘れていた、魔法という力の恐ろしさ。

 世の中を便利にし、魔物という悪しき生物を倒すためだけに使われていたその力が、一昔前は人間相手に使われていた。

 そして人間に向けて魔法を放てばどうなるか、そんなのはこの場にいる誰もが簡単に想像できた。


「それも、バーバラ様の教えか?」

「正確には魔導士が弟子にしたい、なりたいという人物に、必ず試して教えている事だ。より高みを目指すからこそ、才能より人間性を問われるんだ」


 魔導士が代々受け継いできた教えと知り、周囲からは感心のため息が漏れる。


「ならば、僕達五人はその教えに背かないと判断された。という事でいいのか?」


 ルインの問いかけに、魔導士へのこだわりの強いリナが不安な眼差しを向ける。

 対してラゼルは真剣な表情を変えず、小さく頷く。すると常に無表情なリナが満面の笑みを浮かべた。


「やった! これで魔導士への道が」

「勘違いするな」


 喜びも束の間、鋭い口調で切り捨てられた気分になったリナは、凍ったような表情でラゼルを見る。

 この後で何を言われるのか、一転して不安に包まれた心で。


「真剣に取り組む気持ちと姿勢を見て、一時的に信用しただけだ。これからの学園生活で教えるに値しないと判断すれば、即座に切るからな」


 決して教えてもらえない訳じゃないと分かると、リナはほっと胸を撫で下ろした。


「でしたら、その信用を裏切らないように努力いたしますわ」


 両手を胸の前で合わせたエミリアは微笑みながら告げた。


「俺だって! せっかく魔導士の教えを教えてもらえるんだ、マジでやるぜ!」


 右拳で左手を叩き、気合いを見せるアルダはやる気に満ちている。


「安心して。魔法を人に向けて使うなんて、もう考えたくもないから」


 どんな想像をしたのか、気分の悪そうな表情をするリリムが想像を振り払うように頭を軽く横に振る。


「僕だってそうだ。魔導士を目指しはしても、皇子たる僕が自分から争いの種を撒くものか」


 自分の立場を理解した上で、強い力を欲する決意を告げる。


「私は絶対に魔導士になる。だったら魔導士の矜持を受け継ぐのも、魔導士への一歩」


 どこまでも魔導士に拘るリナの目に邪な気持ちは無い。あるのは魔導士を目指すという一直線で純粋な想い。

 五人の決意を聞いたラゼルは口の端を微かに上げ、心の中で呟いた。


(候補者には十分か)


 後は期待を裏切らないでくれれば、と後に付け加えて。


「なら入学までの間、今の魔力循環を毎日可能な限り続けてろ。まずはそこからだ」

「頑張る!」


 両拳を握って気合いを入れるリナ。

 だが残る四人は、入学までそれだけなのかという視線を向ける。


「さっき言っただろ、まず教えるのは忘れ去られた本来の基礎訓練だって」


 現状この五人には、そこが決定的に不足している。

 現在の風潮に従って、魔法が発動すればいいや程度で魔力循環を止めていたため、魔力循環であろうと大事な訓練となる。

 リナを除く四人は頭でそれを分かってはいるが、今一つ物足りない感があった。


「先に言っておくけど、ちゃんと魔力循環せずに入学式迎えたらすぐに切るから」

「えっ? でもそんなの所詮は自己申告じゃ」

「いや。ちゃんとやっていたか程度なら、見れば分かる」


 見ただけで分かるのかと、リナ達だけでなく周囲で未だに見物している一同も首を傾げる。


「それについては後日だ。先に言っておくけど、ちょっとやって成長する訓練じゃないから、しっかりやれよ」


 それだけ言い残すと、ラゼルはさっさと校門の方へと歩き出す。

 やる気満々のリナと負けず嫌いなアルダは、帰って特訓だ、いや帰り道でもやるぞと張り切っている。


「ちょっと、アルダ! やる気があるのはいいけど、入学前に入寮の準備のため帰る支度をしなさい!」


 幼馴染に注意を促しながら、走って帰る二人をリリムは追いかける。


「ははは。何やら楽しい学園生活になりそうだな」

「そうですわね。お兄様」


 楽しげに同じく帰路に着く王族二人に続き、見物に残っていた面々も良い話が聞けたと話しながら帰りだす。

 だがその一方で、最初にラゼルに噛みついた揚句に一蹴された少年は、忌々しい表情をしながら帰路を歩いていた。


「くそっ、くそっ! 魔導士の弟子だがなんだか知らねぇが、所詮は一般庶民がデカい顔しやがって!」


 少年の名はグレイド・ガンディル。

 ガンディル子爵家の長男で跡継ぎでもある彼は、幼い頃からプライドの塊だった。

 貴族は誇らしくあれという父親の教えを少々歪んで解釈し、貴族は誇られる存在なのだと思って育った。

 同じ貴族間でも自分より爵位の低い家は見くだし、一般庶民は炉端の小石程度にしか思っていない。

 さらに魔法の才にも恵まれた事もあり、より一層増長した。

 唯一世渡りだけは上手いのか、目上の相手や親の前では仮面を被っているため、咎められる事は滅多に無い。

 それだけに、今回の件は彼のプライドを傷つけるには十分だった。


「何が忘れ去られた基礎訓練だ。そんな古臭いことやってるから、魔導士になる頃にはジジィになっちまうんだ」

「まったく、その通りですね」


 脇道から聞こえた声にグレイドは立ち止まる。

 薄暗い裏路地にいるのは、薄ら笑いを浮かべる口元だけが見えるほどフードを深く被った怪しげな人物。声からして、若い男という事しか分からない。


「なんだ貴様は。乞食に用は無い、失せろ」

「乞食とは酷いですね。仮にも国立魔法高等学園の教師に向かって」


 証明書を見せながら男が告げると、自分が通うことになった学園の教師と知ったグレイドの表情は変わる。


「これは失礼。それで、先生が何の用でしょうか」


 相手が国家権力も通じない場所の教師と知るや、笑顔に低姿勢な態度で接しだす。

 そんな掌返しの態度を気にせず、フードを被った教師はグレイドに問いかける。


「実は私、学園である研究をしてましてね」

「研究?」

「はい。これが立証されれば、一年以内に魔導士になることも可能です」

「なんだとっ!?」


 本来なら少なくとも五十年前後はかかると言われる魔導士に、一年以内でなれる。

 夢のような話に、グレイドの頭の中は都合のいい妄想に染まっていく。自分に生意気な態度をとったラゼルを蹴散らし、学園の頂点に立つ姿を。


「ただ、立証するためには、私の研究を実証してくれる方が必要でしてね」

「なら俺がやろう」

「ガンディル君ならそう言ってくれると思いました。他の先生方はあの魔導士の弟子に注目していますが、私は君の才能を買っていましてね」


 明らかなヨイショだが、グレイドは当然だとばかりに誇らしく胸を張る。


「君ならきっと素晴らしい魔導士になりますよ。という訳で早速ですが、まずはこれをどうぞ」


 男が差し出したのは、白い錠剤が大量に入った瓶。

 受け取ったグレイドは何のかと、蓋を開けて一錠手に取ってみる。


「これを飲むとどうなるんだ?」

「急な魔力の成長に耐えられるよう、魔力経路を強化する薬です。これを一日一錠、一月飲み続けてください。ご安心を、体に害はありませんから」


 そうかとだけ返したグレイドは試しに一錠を飲んでみる。


「……特に変わった気はしないな」

「すぐに効果は出ません。しかも体内の変化ですから、実感も無いでしょう。ですが一月後には、実感するはずです。その時に私の教え通りにしてくれればね」


 説明をした男は、首は傾げつつも疑ってはいなさそうなグレイドを見てニンマリと笑った。


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