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魔導士の死命  作者: 斗樹 稼多利
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第1話 入学試験

 オルセイム王国の王都に建つ国立魔法高等学園。

 ここに入学すれば王族であろうと、貴族であろうと、一般庶民であろうと平等。この決まりの前には国王ですら口出ししない。

 そんな学園の門を叩こうとする若者は多く、王都だけでなく、地方から受験をしに来る少年少女もいる。

 この年も約十倍の競争率の中、合格を勝ち取ろうと多くの少年少女が入試を受けに来ていた。


「どっひゃあ。すげぇ人数だな、おい」


 周囲の受験生を見渡す少年の名はアルダ・ミリッジ。

 彼もまた受験生の一人で、王都の西にある少し大きな町からやって来た。


「あんまりキョロキョロしないでよ、恥ずかしい」


 アルダを諌めるのは彼の幼馴染で、同じく受験生の少女、リリム・グイン。

 初めて都会に来た田舎者のように振舞う幼馴染の姿に呆れ、少しずつ距離を置いて他人の振りをしようとする。


「おいリリム、一人でさっさと行くなよ。迷ったらどうすんだ」

「だったら大人しくしてて。それに、案内板あるんだから迷わないでしょ」


 文句を言い、掲示されている案内板を指差す。

 受験番号別に分かれた教室への案内が、矢印で描かれている。

 受験生はそれぞれの番号を確認しながら、各々が受験をする教室へと向かっている。


「あぁ、そうだったな。えっと俺は……」


 アルダが自分の受験票を取り出して番号を確認していると、隣に人影が現れる。

 その人物は一風変わっていて、周囲から浮いていた。

 特に規定がある訳ではないが受験生は皆、それぞれが通っている中等学校の制服姿で会場にいる。ところが、その人物だけは古ぼけた外套を纏い、その下も普通の服のようだった。


「あれ? お前、なんでそんな格好しているんだ?」

「この試験に、服装についての規定は無いだろう」


 率直な質問に外套を纏った人物であるラゼルも、率直に答える。

 規定が無いから、普段通りの服を着て来た。彼からすれば、ただそれだけのことだ。


「でもよ、周りは学生服ばっかなんだぜ?」

「ちょっとアルダ、やめなさいよ」


 追求を続けようとするアルダに、リリムは小声で止めに入る。

 周囲からも視線が向き、一人だけ学生服でないラゼルに気づく。


「服装が試験結果に影響するわけじゃない。だったら、よほど非常識でない限り、どんな格好でもいいだろ」

「なるほど言われてみればそうだ」

「それで納得するのがあんたらしいわ……」


 単純なアルダの思考にリリムは若干の頭痛を覚える。


「もういいか? 俺は行かせてもらうぞ」


 これ以上相手にするつもりは無いラゼルは、二人に背を向けて自分が受験する教室へと向かう。

 その背中を見ながら、アルダは呟いた。


「俺、あいつと友達になれそうな気がするわ」

「今のやりとりのどこをどう捉えたら、そんな結論に達するのよ!」


 こんな調子で試験は大丈夫なのかと不安を覚えつつ、別々の教室に分かれて自分の席に着く。

 そんな不安だらけのリリムの隣の席には、先ほど出会ったラゼルが座っていた。


(なんでこの流れで隣同士になるかなっ!? それもこれも、全部アルダのせいよ!)


 根拠も無く、責任を全て幼馴染に擦り付けるという無責任ぶりを発揮して頭を切り替えたリリムは、鞄から取り出した参考書を読む。

 合格するために試験開始ギリギリまで気を抜かないようにと、集中していたのだが、ふとある光景が目に入った。

 周囲の席に座る受験生達は、自分と同じようにギリギリまで参考書や問題集を前にして、最後の粘りを見せている。ところがただ一人、リリムの隣の席に座るラゼルだけは、腕組みをして目を閉じているだけで何もしていない。

 集中していると言えばそこまでだが、だとしても表情に緊張感が薄い。

 試験前に精神統一しているのなら、もう少し引き締まった表情をしているはずなのに、ラゼルの表情はそんな風には見えない。


(余裕があるみたいだけど、それだけ自信があるってこと? それともまさか諦めてるとか? まっ、それはないか)


 仮にも国立で、しかも最高峰の魔法高等学園の受験。

 誰もが目指すことはあっても、諦める事などあるはずがない。そう思っているだけに、リリムはラゼルの態度が不思議で仕方がなかった。


(……変な奴)


 あまり気にしすぎて、自分が落ちるわけにはいかないリリムは視線を外し、参考書に集中した。

 しばらくして筆記試験が開始され、教室内に筆の音だけが響く。

 思った以上に難しい内容にアルダは筆を止め、頭を抱えながら問題を解こうとして、しっかり勉強していたリリムは時折筆を止めながらも解答欄を埋めていく。

 そんな中、ラゼルはリリム同様、リズミカルに筆を動かす。だが、その音はあまりにもリズムに乗りすぎていて、一回たりとも止まっていないように思える。


(ちょっ、この問題を淀みなく解いているっていうの?)


 隣の席で筆の音が聞こえているリリムは、この問題を淀みなく解いているであろう様子が少し気になった。


(まさか適当に書いているはずがないし、どんだけ勉強してきたっていうのよ)


 自分も問題を解きつつ、どう解答しているのか横が気になって仕方がない。

 しかし、カンニングと間違われる訳にはいかないため、ぐっと堪えて解答に専念する。同時に、試験前の態度はそれだけの備えをやって来た余裕なのだと思った。


 *****


 何科目かによる筆記試験終了後、受験生達は昼食の時間となる。

 校庭でアルダと合流したリリムは、適当なベンチに座って昼食を食べながら筆記試験での事を喋る。


「でね、真っ先に解き終えたらまた腕組んで目を閉じたの。後は終わるまでそのままじっと動かずにね」

「ふうん。あいつ、よっぽど余裕なんだな」


 さほど頭が良くないにも関わらず、筆記試験の事を気にせず食事にがっつくアルダにリリムは溜め息を吐く。


「あのさ、ちょっとは試験の結果が気にならないの?」

「終わった事は考えない! 次の実技試験に全てを賭ける」

「……あんたのそういう所は、ちょっとだけ羨ましいわ」


 幼馴染の態度にそう言いつつ、心の中ではあまりできなかったんだなと判断した。でなければ、全てを賭けるなど言わないだろうと。

 そうしていると、目の前に影が差した。

 誰かと顔を上げると、そこにはこっちに来てからの顔見知りがいた。


「やっほ。どうだった?」

「まあまあかしらね。リナは?」

「バッチリ。手ごたえあり」


 リリムと会話を交わす少女はリナ・エリニム。

 二人が世話になっている宿の娘で、同じ学校を受験するという事で意気投合した。


「バッチリかぁ。やっぱりできる奴は違うな」


 リナの外見は無表情なのと発育不足なのを除けば、眼鏡と顔つきの事もあり、真面目な勉強家に見える。

 あまり勉強ができる方ではないアルダは、手ごたえありという反応を羨ましがる。


「そんな事はない。私は魔法を学ぶのが何より最優先で、他の勉強はそこそこだったから」


 ベンチを詰めてもらって空いた箇所に座り、食事を始めるリナ。


「でも私の夢のためには、少しでもいい学校で魔法を学びたい。だから頑張って勉強した」


 人生の全てを魔法に捧げてもいい。

 それが出会いの時に彼女から聞いた、夢への覚悟だった。その夢というのは。


「確かに。魔導士になるには、それくらい偏っちゃうよね」


 魔導士。

 この世界に存在する魔法には、全部で七つの属性が存在する。

 それらを鍛え上げて辿り着く極み、それが魔法の使い手なら一度は憧れる魔導士という高み。

 かつてはそれなりの人数がいたそうだが、今ではたった一人しか確認されておらず、その最後の一人の女性も先日亡くなった事が国から発表された。

 葬儀の際には、多くの参列者が最後の魔導士の死を悔やんだ。


「だから私は魔導士になって、新しい魔導士の歴史の第一人者になる」


 無表情のまま鼻息荒く宣言する。

 しかし、魔導士になる道は決して簡単ではない。

 一つの属性を極めるだけでも数年がかりで、十代前半から修行に打ち込んでも、魔導士に辿り着くのは早くとも六十代半ばぐらいになる。

 尋常でないほど積まねばならない修業に加えて、属性を極めた証である属性紋がいつ浮かび上がってくるのかは本人にも分からない。そんな見えないゴールに走り続ける事を、全部で七属性分やらねばならない精神的辛さに、挫折してしまう者は多い。

 それでも魔導士を目指すと宣言する迷いの無い真っ直ぐな姿は、単純な思考をしているアルダに共感を、色々考え込んでしまうリリムにある種の尊敬を覚えさせた。


「だな。よっしゃ、実技はド派手にやって、筆記の分を取り戻すぜ!」

「別に派手じゃなくても……」


 明るい様子で食事と会話をする三人の耳に、どこからか大声が響き渡った。


「マジかよ、それ!」


 突然響いた声に三人だけでなく、周囲で昼食を摂っていた他の受験生からも声の主に注目が集まる。

 叫んだのは彼らと同じく受験生で、同じ中等学校の制服を着ている友人と会話を交わしていた。


「本当だ、さっき職員達の会話を偶然聞いたんだ。今回の受験生の中に、あのバーバラ様の弟子がいる」


 驚く友人に説明をしている受験生の話を聞いた途端、周囲の空気は変わり、あっちこっちでざわめきが起きた。

 アルダ達三人も、今の話を聞いて食事の手が止まって、驚きで目を見開いている。


「おい、今あいつ何て言った?」

「バーバラ様の弟子が……」

「受験生の中にいるって!?」


 受験生達がざわめく理由、それは会話に出ていたバーバラという人物が、先日亡くなった最後の魔導士だからだ。

 過去の魔導士達同様、一箇所に留まらず各地を放浪していた彼女の所在は不明だったが、その一報は安置された本人の遺体と共に公表された。

 国がどうやって彼女の所在を知ったかは一切明かされていなかったが、受験生達はその弟子が遺体を届けに来たのではと思った。


「すげぇ、そんな奴がここにいたんだ」

「バーバラ様の弟子……。魔導士様の弟子……」


 素直に尊敬するアルダと憧れの存在の弟子という言葉に目を輝かせるリナ。

 その一方で、リリムだけは何か思い当たる節があるのか、考え込むような格好をしていた。


(まさか……)


 彼女の頭に浮かんでいたのは、唯一学生服を着ずに受験していたラゼルの姿。

 所在が掴めないバーバラの下にいたのなら、学生服を持っていなくても不思議ではないし、この学園を受験してもおかしくない。

 筆記試験で淀みなく答えていたのも、魔導士の下で学んでいたのなら納得がいく。


(あいつがバーバラ様の弟子なの?)


 そんな事を考えていると、バーバラの弟子がいると最初に言っていた受験生二人の下へ、金髪の少年が歩み寄ってきた。


「お前達、今の話は本当か?」


 話に割って入ったその少年は、この国の第四皇子のルイン・ヴィーダ・オルセイム。

 突然の王族の登場に、話しかけられた二人だけでなく、周囲にいる受験生達も思わず姿勢を正した。


「こ、これはルイン殿下!」

「このような場所でお目にかかれて光栄です!」

「やめろ。この学園では王族も貴族も庶民も関係無い。それよりも、バーバラ様の弟子が受験生の中にいる、というのは本当か?」


 よほど気になるのか、真剣な眼差しで尋ねる。

 巷の噂通り、ルインは魔法の才能と実力に秀でている。そんな彼もまた、魔導士を目指す一人。

 本物の魔導士の弟子がいると聞いては、黙っていられなかった。


「実際に会った訳ではありませんが、職員がそう言っていました」

「そうか。いや、父上がここの学園長に、急遽一名受験させて欲しいと頼んでいたと城の者に聞いてな。どんな者なのか気になっていたのだが……。そうか、バーバラ様の弟子なら納得だ」


 王族が絡んでいると知り、真実味が深くなったからか周囲のざわめきも大きくなる。


「ですがお兄様、どのような方なのかは分からないんですよね?」


 続けて現れた少女に、周囲の受験生達は再度姿勢を正して頭を下げる。

 彼女はルインと同い年で腹違いの妹、第三皇女のエミリア・ヴィーダ・オルセイム。

 ルインと同じ金髪を腰辺りまで伸ばしたその外見は噂以上で、男子受験生の全員が思わず見惚れた。


「うむ。外見については何も知らないんだ。教員達は何か喋っていたか?」

「いえ、そのような事は喋っていませんでした!」


 話を聞いた受験生は、バーバラの弟子がいると聞いた時点で、その場を離れてしまった。そのため、外見も名前も何も知らない。


「ですが、次は実技試験です。誰がバーバラ様の弟子なのか、すぐに分かるのでは?」

「そうだな。向こうが気づかれるのが嫌で、手加減しなければな」


 ルインの指摘に全員が黙り込む。

 そんな中、リリムだけがラゼルへの疑念を捨てきれないでいた。


(手加減しないでくれるといいんだけど)


 魔導士の弟子による、手加減無しの魔法を見てみたいという好奇心と共に。


 *****


「それではこれより、実技試験を開始します」


 担当教員によって受験生全員が連れて来られたのは、野外演習場らしき広場。

 遠くには的と思われる物が五つ並んでおり、そこから少し離れた位置に他の教員達と予備の的が準備されていた。


「これより受験番号順に、魔法を使ってあの的を攻撃してもらいます。的を外しても、破壊できなくとも、魔法の発動時間や魔力の練度が十分なら合格ですので、存分にやってください」


 外しても壊れなくてもいいと聞いて、命中率や威力に自信の無かった受験生達はほっとする。


「それでは受験番号の若い順に五名、この線の前へ。順番に合図を出すので、合図と共に魔法を使ってください。くれぐれも合図の前に魔法を発動しないこと。もしもやったら失格です」


 注意事項を告げられながら、最初の五人が線の前に立って十メートルは離れている的に向き合う。

 他人の魔法の実力を直に見るとあって、他の受験生達にも緊張が走る。ごく一部を除いて。

 そんな中、最初の受験生への合図の旗が上がった。


「いくぜ! 燃え盛る炎よ 赤き灼熱の塊となりて焼き尽くせ フレアシュート!」


 放たれた炎の塊は的に命中し、複数に散って消える。炎の一部は地面で燃え続けているが、僅か数秒で燻り消えた。

 それでも受験生には会心の出来だったのか、小さくガッツポーズをして鼻から強く息を吹いた。


「へぇ、やるじゃん」

「炎の規模も結構大きかったしね」


 周囲も、最初の受験生の魔法の出来を好評しているが、唯一人ラゼルだけは冷めた目で見ていた。

 それに気づいたのは、それとなくラゼルを観察しているリリムだけ。


(あの魔法であの目……。やっぱりあいつが?)


 リリムの観察が続く中、次々と受験生が合図と共に魔法を放つ。

 的から大外れになる者もいれば、発動に時間がかかる者、練度不足で途中で霧散してしまい肩を落とす者もいる。

 やがて順番はアルダ達へ回り。


「吹きすさぶ風よ! 我が足に纏いて天駆ける健脚となれ! ブレイブダッシュ!」


 風の魔法を足に纏ったアルダは一直線に的まで跳び、そのまま蹴りを当てて的を真っ二つにした。

 肉体を強化するという変則的なやり方だが、魔法は使っているので教員達は有りと判断する。


「流れゆく水よ集え 敵射抜く鋭き鏃となれ アクアアロー」


 リナの放った数本の水の矢は全て的に命中し、先端だけだが反対側まで貫いてみせた。

 これまで一番の発動速度と威力に、受験生達からはどよめきが上がる。


「風の息吹はここに集う 集いし風は珠となりて降り注がん ウィンドボール!」


 王族の一人であるエミリアは風の球を複数生み出し、それを放ってみせた。

 全てが命中した訳ではなかったが、一つではなく複数生み出してみせた事に受験生達は関心を示す。

 そしてもう一人の王族のルインは。


「迸る雷よ ここに束ねて槍となり全てを貫け サンダーランス!」


 雷を槍の形状にして投げ、的を貫いた。

 しかもリナのように先端だけ貫いたのではなく、槍の約四分の一が的を貫通していた。

 発動までの時間もこれまでの中で最速で、受験生達どころか教員達からも小さく歓声が上がった。


「さすがはルイン殿下。噂に違わぬ実力だ」

「これは主席は決まりですかね?」


 そんな空気の中で順番を迎えた次の受験生の魔法は、大きく空に逸れていった。


「聖なる光をここに束ね 今一陣の刃となりて切り裂く シャインスラッシュ!」


 右腕を振り抜いたリリムの光の刃は的からやや逸れたが、端の方が掠めて切れ跡を残した。

 発動時間も問題無さそうだと、ほっとしながらアルダ達の下へ戻る。


「お疲れ。いい感じだったんじゃん?」

「悪くないと思うよ?」


 アルダとリナにそう言われ、ありがとうと返したリリムだが、既に意識はラゼルに向けられていた。

 やがて順番は最後の方になり、残っているのはラゼルだけになった。

 一人だけ制服でないのに加えて一番最後のため、色々な意味で注目度は高かった。


「では最後の君、よろしく」


 教員に促され線の前に立ったラゼルは、構えも取らず自然に立ち尽くす。

 どんな魔法を使うのかと周りが注目する中、合図の旗が上がる。と同時に的が砕け散った。


「!?」

「えっ!?」

「はっ?」


 突然の事態に教員は驚きの声を上げ、受験生達は声を失った。

 合図とほぼ同時に砕けた的は、ものの見事に木端微塵になっており、見るも無残なほどボロボロになっている。


「今……何が起きたの?」


 普段から無表情のリナも驚きを隠せず、表情は驚愕に包まれていた。

 声を掛けられたアルダとリリムは黙り込み、たった今起きた出来事を処理できずにいる。

 王族の二人を含む受験生全員や教員も同じで、静寂が試験会場を包み込む。


「ちょっと君、今何を?」


 目の前で起きた事を理解できない教員がラゼルに問いかける。


「何って。言われた通り、合図と同時に魔法を使ったんですけど」


 至極当然のように言ってのけるラゼルに、周囲からはこれまでで一番大きなどよめきが上がる。

 今の話が本当なら、合図から発動の時間はほぼ皆無に等しい。その上、これまで全ての受験生がやっていた魔法を放つための詠唱、そして身振り手振りを一切行わずに魔法を行使した事になる。

 詠唱無しで魔法が使える者は存在するが、数は片手で数えられるほどで、しかも全員が結構な年をいっている。

 それを目の前にいる少年があっさりとやってのけたのだから、教員達にでさえ動揺が広がっている。


「じ、事前に準備していた形跡は?」

「魔道具で確認していましたが、ありません」


 教員の一人が眼鏡を外しながら告げる。

 彼が付けていたのは、魔力の流れを読み取り、事前に魔法を準備しているかどうかを見分ける魔道具。

 それが無反応ということは、ラゼルは本当に合図とほぼ同時に何かの魔法を使い、的を破壊したことになる。

 信じられない状況に教員ですら対応に困る中、受験生の一人がポツリと呟いた。


「バーバラ様の……弟子?」


 昼休み中に広まった話題を思わず口にした事により、静寂の質が変わる。

 ついさっきまでの静寂が動揺と戸惑いなら、今の静寂は尊敬と驚き。

 誰かの呟きが本当なら、ラゼルが最後の魔導士バーバラの弟子。それならば、先ほどの魔法の行使も納得だと誰もが思った。


「で? 俺はどうすればいいんですか?」

「えっ? あっ、あぁ。不正はありませんでしたので、もう結構です」


 教員からそう言われたラゼルは、踵を返して他の受験生達の下へ戻る。

 受験生達からは様々な性質の視線が向けられるが、特に気にせず集団の中へ混ざると、目を爛々と輝かせたリナが駆け寄ってくる。


「あの、あなたはバーバラ様の弟子なの?」


 誰もが聞きたかった事を真っ先に聞いたリナに、周囲は心の中で拍手を送った。


「そうだけど何?」


 返ってきた肯定の言葉にリナの目はより一層輝き、周囲の受験生達からはざわめきが起こる。

 教員が静かにするように言っているが、誰も聞く耳を持たない。


「私に、魔法を教えて!」


 袖を掴んで懇願するリナに、一部の受験生達が先を越されたと悔しそうにする。

 しかしラゼルは、じっとリナを眺めて沈黙する。

 なかなか返事がないので、リナだけでなく周囲もやきもきする。話を聞いてくれないと、いじける教員を放置して。


「俺はあくまで魔導士の弟子なんだが? しかもお前と同い年の」

「関係ない。あんなに凄い魔法の使い手なら、例え魔導士本人じゃなくてその弟子でも、同い年からでも教わる価値はある」


 真剣な眼差しを向けて外そうとしないリナの様子に、ラゼルはふいと視線を外して呟く。


「……お互い、合格したらな」

「やってやる! って、もう試験終わってるし!?」


 ようやくもらった返事にリナは気合いを入れるが、既に試験は筆記も実技も終了している事に気づく。

 同じく教えてもらおうとしていた受験生達は、自分の出来がどうだったのか気になりだした。中には、受かってますようにと、早くも祈っている受験生までいる。


「で、先生。もう帰っても?」

「はい! もう帰宅して結構です! 結果は明日のお昼頃、正門近くの掲示板に張り出されるので、ちゃんと確認に来てくださいね!」


 声をかけてもらえた事に、ずっといじけていた教員は喜び交じりに連絡事項を伝え、今年の入学試験は終わった。


「あれが……魔導士の弟子か……」


 校舎の陰から、騒ぎの中心にいるラゼルを見つめながら誰かが呟いた。


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