ちょうどイヌがほしかったの
俺は、大学は自宅から通えるところを選んだ。星尾の通ってる大学も近くにあった。
しかしいくら近くにあっても、大学生になるとほとんど会わない。夏休みの同窓会まで、星尾の姿を見ることはなかった。
星尾は同窓会には来ないと思ったが、その予想は外れた。
星尾は王子と共に現れた。王子はうちのクラスじゃないから参加はしないだろうが、車で星尾を送ってきた。その上星尾がまったく嫌がる素振りを見せないから驚いた。
星尾の周りには誰も座らなかった。これでは星尾が同窓会に来た意味が分からない。
女子だけでなく男子も彼女を遠巻きに噂話をしていた。あれだけ疎んでいた王子と普通に接していたのだから、何があったかは気になる。女子からすれば悔しいか妬ましいかだろう。
なんの因果か俺が話を聞くことになった。小学校から高校まで一緒だったのはクラスで俺だけだったからだ。俺は仲良くない、と断ったが聞き入れてもらえなかった。畜生、覚えてろよ。
「おい、星尾」
呼びかけると、メニューを見ていた星尾の顔がこちらを向いた。
「分かってるわ、金目のことでしょ」
星尾はそう言うと、俺に席を勧めた。お言葉に甘えて座ることにする。
「あの人達に話さないって約束したら話してもいいわよ」
奴らに話せないのでは聞きにきた意味がない。だが俺にも好奇心と野次馬根性がある。俺を犠牲にした連中には我慢してもらおう。俺は星尾と約束をつけた。
とどのつまり、星尾と王子は婚約しているらしい。あまりに驚愕の出来事だったので、理解に時間がかかった。
「いや、でも、金目のこと転校させるくらい嫌いだったんじゃ」
「あなたも私のせいだと思っていたの? あれは本当にあちらの家庭の事情よ。私も詳しいことは知らないけど。なんなら本人から聞かせましょうか」
と星尾は提案してきたが俺は遠慮しておいた。いまだに王子のことはなんとなく苦手だ。
そうこうしているうちに会はお開きとなった。星尾が電話をすると、間もなくで王子が現れた。まさに忠犬だ。
女子達は王子の登場に色めきたち、口々に彼を呼ぶが、王子は知らんふりで星尾一直線だ。昔は多少ながら相手をしていたが、変わったもんだなと思う。
女子の妬みの視線が星尾を貫くが星尾は彼女達など存在しないように振る舞う。
星尾は車に乗り込む直前、俺に声を掛けてきた。
「私ね」
そこで言葉を切り、星尾は女子に視線を移す。完全に勝者が敗者を見下ろす目、馬鹿にした勝ち誇った目だ。
「ちょうどイヌがほしかったの」
綺麗な笑みを浮かべ、鼻で笑うように言葉を吐くと、星尾は王子と共に夜に消えていった。
家に帰るとどっと疲れが押し寄せる。その流れでなぜか一連の流れを妹に話すと、妹からは辛辣な一言が返ってきた。ちなみに辛辣なのは俺宛ではなく、星尾宛だ。妹も小中学校の頃に星尾と面識がある。
大人しく言うことを聞く忠犬か。知らぬ間に首輪をはめられた小型犬か。
「イヌなのはどっちなんだろうね」