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姫君と犬  作者: 狗山黒
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穢らわしい

 とうとう高校最後の年になった。俺と星尾は念願の純文クラスになり、王子は相変わらず医学部養成クラスに在籍していた。

 星尾が我慢強いとは決して言えない。けれど王子に関してはかなり耐え続けてきたと思う。それでも限界はある。一学期の期末試験の後に、その限界は訪れた。

 期末試験が終わり、解放感に包まれた教室に王子は現れた。普段のことだから、女子が色めきたつ程度で誰も特に気にかけはしない。

 星尾は帰り支度をしていた。試験の後に授業はないから、昼食をとらず帰る人もいる。星尾はそのうちの一人だ。

 「お昼一緒に食べないの」

 王子はそう話しかける。星尾は反応を示さない。それだっていつものことだ。王子はその程度でめげたりしない。

 「いい加減応えてあげたらいいのにね」

 女子がそう星尾を批判するのもいつものことだ。けれど、今日の星尾の機嫌はよろしくなかった。帰るのを邪魔されたからだろうか。

 「そんなに言うなら、あなたが相手したら?」

 静かに、そう提案する。王子はその言葉に衝撃を受けたようで、目を見開いて硬直した。

 「僕、きらちゃんじゃなきゃ……」

 「金目くん、星尾さんは金目くんのことが嫌いなんだよ。もうやめよう?」

 子供を諭すように女子が言う。王子はその言葉を気にかけず星尾にすがろうとする。

 その代わり、星尾が反応した。

 「私が金目を嫌いかどうかは私が決めますわ。勝手なこと言わないで」

 王子は星尾の言葉にしか反応しないのか。星尾の言葉に目を輝かせて喜ぶ。だが、それは一瞬で打ち砕かれる。

 「視界に入るな、と言ったのに。私の言うことを聞けないような奴は嫌いですわ」

「そんな! だってきらちゃん、僕はきらちゃんのものだって!」

 昔言ったというその言葉は黒歴史と化しているのか、王子は地雷を踏んだようだ。

 「そんなの昔のことだわ! 私はもうあなたなんていらない、飽きたのよ! 捨てたの! いつまでもまとわりつかないで! 虫唾が走るわ!」

 耳を貫くような甲高い声で、星尾は言う。悲痛な叫びのようだ。過去の自分を恥じているのか、本当に飽きて捨てるだけなのかは分からないが、星尾が切実なのが伝わった。

 「金目が欲しいなら、どうぞ! 勝手に持って行ったらいいわ! とっととどっかに連れて行ってよ! もう顔も見たくないの!」

 「きらちゃん! そんなこと言わないで! 僕が悪いなら直すから! 一緒にいてよ!」

 「うるさい! 話しかけないで、癇に障るのよ! あなたのその甘ったるい声も何もかも! 苛々する!」

 星尾の目には涙がたまっている。自分の思い通りに行かない王子を嘆いているのか、どうしてかは俺には想像つかない。

 王子は必死で星尾にしがみつこうとする。けれど、周りが止めようとするから下手に動けない。気が弱くて優しい王子は、止めてくる女子を振り払うことができない。

 星尾は自分にすがれない王子を見て安堵したのか、幾分落ち着いた口調に戻った。

 「さよなら」

 星尾は鞄をひっつかみ、逃げるように教室を後にした。

 取り残された王子は呆然と宙を見つめていた。涙も出ず口からこぼれる言葉もない。慰める女子や男子の声など、その耳には微塵も届いていない。彼に聞こえているのは、きっと星尾の投げかけた「さよなら」だけだ。それだけが、反芻して響いているのだろう。餌を求める金魚のように、口が虚しく開閉を繰り返していた。

 それ以降夏休み明けまで、俺は星尾のことも王子のことも見なかった。星尾は学校を休んでいたし、王子だってうちのクラスに来なければ俺とは会わない。星尾を通じてしか接点を持ってないのだから。

 夏休みが明けると星尾は、まるで何事もなかったかのような顔で登校してきた。

 しかし王子の姿はなかった。こんな時期に転校はないだろう。退学だろうか、とまことしやかに囁かれていたが先生の口から「転校した」と知らされた。不自然な時期だ、何かあったのだろう。誰もがそう考えた。向かう矛先は決まっている。

 星尾は転校のことどころか王子そのものについて一切触れようとしなかった。彼女の中ではもう終わったことなんだろうか。

 彼女の中で終わっていても、女子達の中では終わっていなかった。それどころか、ようやく始まったといってもいい。

 女子達の噂を盗み聞きするに、先生達は一貫して「家庭の事情」としか言わないようだ。ますます怪しい。彼女達はそう踏んだ。

 数の暴力とはよく言ったものだと思う。女子が寄って集まれば文殊の知恵どころの騒ぎではない。今の彼女達ならこの高校を潰すくらいのことはできそうな気がした。女は怖い。

 みんなでいれば怖くない。彼女達は星尾を問いただすことにしたようだ。

 ある日の昼休み。クラスの女子全員が星尾の元に押し寄せた。星尾の後ろの席の俺としてはいい迷惑だ。

 「星尾さん、金目くんに何したの」

 リーダー格とおぼしき女子が言う。いや名前は知っているんだが出すのが憚れるし、正直名字しか知らない。

 リーダーを中央に取り囲むように星尾を囲む。星尾の背後には誰もいないため、俺まで責められてるような気分になる。

 「私は何もしてませんわ」

 「嘘吐かないでよ! こんな時期に転校するなんておかしいじゃない! どうせあんたがやったんでしょう、素直に言いなさいよ!」

 「だから、素直に言ってるじゃない。私じゃないって」

 「しらばっくれないでよ!」

 リーダーが机を叩く。周りの女子も蔑むように頷き合い、不満を漏らしている。

 「そんなに彼が好きなら後を追ったらいかが。場所の特定くらいなら簡単にできますわよ」

 「ほら、やっぱりあんたがやったのね!」

 「違うって言ってるのが分からないの? 私が関わっていようがどうしようが住所の特定くらい造作もないと言ってるだけじゃない」

 「そんなわけないわ! 金目くんが邪魔になったんでしょ! だから転校させたんだわ!」

 「どうしても、私を悪者にしたいのね!」

 「だって事実じゃない! 自分で金目くんをたぶらかしておいて、飽きたからなんて! どうせ金目くんに復讐されるのが怖かったからとかでしょう!」

 「そうよ! 親の力に頼るなんて卑怯だわ! 自分の力で何とかしなさいよ!」

 「自分の持てるものを最大限に利用することのどこが卑怯なの? よってたかって一人の女子を責めてるあなた達の方がよほど卑怯じゃない?」

 そういわれて女子達は口をつぐむ。図星だったらしい。

 「可哀相な金目くん。こんなバカ女に騙されて」

 女子達は別の方向から星尾を責めることにしたらしい。だがこれがまた地雷だったらしい。星尾は椅子を鳴らし勢いよく立ち上がった。

 「可哀相? あれは全て彼が勝手にやったことよ。何も知らないくせに可哀相ですって? 可哀相なのはあなた達の頭の方だわ。私のせいにするしか能がないなんて」

 「何よ! あんただって金目くんのことが好きだったんでしょう! あんたなんか金目くんには不釣り合いよ! こんな我儘女、彼にはふさわしくないわ!」

 なら誰だったらふさわしいのか。あんな狂気じみた男には星尾くらいがちょうどいいと思うのだが。恋は盲目というか、思い込みといのは怖いものだ。

 「なんでもそうやって恋愛に結び付けるしかできないのね、私の回りは色狂いだらけね」

 女子達は再び黙り込む。事実だからだ。

 星尾がどんな表情をしているのか分からない。けれどその小さい背中からはかり知れない怒りがにじむ。

 「穢らわしい」

 そう言われるとリーダーの中で何か弾けたようで、星尾の頬に平手がとんできた。風船がはじけるような音が教室に響いた。

 星尾は反動で振れた首をすぐに戻し、リーダーに対峙する。

 「あなたが今、私にやったこと、よおく覚えておくのね」

 普段の甲高い声からは想像つかない、内臓を揺らす低い声で言った。リーダーがこの高校を卒業することはないだろう。

 俺の予想は当たった。彼女は中間試験の前に学校から姿を消した。これで、間接的にだが王子による星尾への対抗勢力は完全になくなった。

 卒業まで長くはなかった。だが星尾の地位は確立された。

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