席替えをしましょう
例の彼女、星尾煌輝とは高校も一緒だった。初めてその名を見たとき、「こうき」と読むのだと思って男だと思ったら「きらめき」で、それも女だった。その時点で変だ、という印象がついた。
今年は彼女と同じクラスだった。結構頻繁に同じクラスになる。
しかし、クラスには彼女以外の変人はいなかった。今までは一クラス四人前後はいたんだが、今年はいなかった。特例措置か。
だが、まあ俺の予感は外れた。薄々感じていたが、実際に外れるとショックだ。
夏休み明けにクラスに転校生が来た。金目高利。「こうり」じゃない「たかとし」だ。だが初見では、金の亡者みたいな名前だと思った。
こいつがまた変人だった。頭もよく運動もできる完璧超人。そこまではいい、それくらいなら変じゃない。ところが、彼の外見と性格は漫画、それも少女漫画から抜け出したようだった。妹の持つ漫画にこんなのがいた気がする、そう既視感を覚えた。
ハーフなのかなんなのか地で茶色い髪、それも蜂蜜色に近い感じで茶色い。目も似たような色をしている。肌も白く、痩せているが弱そうではない。背も高く、背中に「キラキラ」と擬音を背負っているようだ。性格も非の打ちどころがなく、誰にでも物腰柔らかく優しい。俺達男子は、あまりの非現実さに彼を「王子」と呼んだ。
隣の芝生は青い、を地で生きているような星尾が彼に目をつけないはずがなかった。彼女は王子を手に入れようとした。
転校してきてからしばらくで席替えが行われた。結果、俺と星尾は隣同士になった。だが王子は俺達から離れた席に座っていた。
我儘姫の星尾が、こんな状態を放置するはずがない。
「先生、私こんな席は嫌ですの」
皆が移動を終えたかどうかのうちに星尾は先生に呼びかけた。偉そうに座ったままだった。
「席替えをしましょう」
星尾の顔は獲物をしとめたときの笑みで溢れていた。
星尾の家は、とんでもない金持ちだ。本名とは違う名で会社を経営しているが、その会社は日本に住んでいれば必ず目にする会社だ。本当にどうしてこんなしがない公立高校にいるのか不思議だ。
星尾に逆らってはいけない。小学校の頃からの暗黙の了解だ。
星尾は運動がからきしだ。だから本人も運動するのをひどく嫌う。しかしそんな星尾に運動を強要する教師がいた。学校なんだから当然なんだが、星尾はそれがいたく気に障ったらしく、どうやったのか二週間以内にその教師は姿を消した。まことしやかに囁かれたのは、星尾が両親に頼んだのだという噂。おそらく事実だっただろう。彼女は頻繁に
「お父様達に言ってやる」
と言っていた。
その噂は既に高校でも周知だった。だから先生は逆らわず二度目の席替えを決行した。先生は胃を抑えながら
「今年もとんでもないのがきた」
と呟いていた。そういえば兄の担任と同じ名前な気がする。変人を呼び込む俺達のいる組の担任になる先生は大変だろうな、と毎年思っている。頑張れ先生。
席替えは、星尾以外はくじで行われた。星尾だけは強制的に王子の隣になった。本人が望んだからだ。
ここまで自分の思い通りに生きられたら気分がいいだろう。けれど俺は羨ましくなかった。彼女に友人、それどころか取り巻きがいるのさえ見たことない。
星尾も漫画から抜け出したような奴だ。我儘で自己中心的。今どき漫画にだっていないような、ステレオタイプのお姫様。正直これさえなければ、派手な顔と縦ロールが地の髪の毛を除いてはわりかしどこにでもいる女子だ。ただ、このきつい性格と派手な見た目が衝撃的すぎるのだ。俺は十年目だから、特に何も思わないが。
王子が優しいのはこんなときにも通用されるらしく、何も言わず従っていた。俺は二人から遠い席だったから何を言ってるのか分からなかったが、星尾の言葉に王子は笑って頷いていた。
誰にだって予想がつくように星尾は嫌われた。いや、好かれていたことなんて多分ないけど。
反面、やはり王子の人気は高まった。いつだって女子に囲まれて、それでいて男子の反感も買わない。敵わないという諦めというのもあるが、王子は嫌味も自慢もしなかった。そもそも性格は普通で、とびきり優しくて少し気が弱い以外は普通の男子高校生だった。これでどんな人間なのかは察してほしい。
王子は教師陣にも人気だった。そりゃ勉強はできるし、仕事を任せても嫌な顔一つせずこなし、問題を起こさない。これで嫌われるとしたら、よほどひどい顔をしてるかなんかだ。
それでも王子は星尾を嫌いはしなかった。誰にでも優しいからだろうけど、わずかに違和感があった。
王子は優しいんであって正義感が強いのとは違う。だからだろう、彼は星尾をなだめはしなかった。むしろ助長させていたような気がする。星尾が何を言っても、柔らかな笑顔を浮かべたまま頷くのだ。誰も手を出せないのをいいことに、星尾は調子にのる一方だ。
星尾は我儘で自己中心的で、何より他人のものを羨む性質で飽きっぽかった。
一年の終わりには、星尾は王子に飽きていた。