第2話
白い光に包まれ、一瞬目を閉じる。次の瞬間には白い光は消えた。恐る恐る目を開けると、ユエが目を丸くして立ち尽くしていた。
「ユエ?」
声が低い。寧ろ野太い。そう言えば、目線が高い、いつもユエを見上げていたのに、今は見下ろしている。ふと、自分の手を見る。
「わわわわ私の白魚のような手がーーー!」
指1本1本が、ソーセージのように太い。ついでに毛も生えてる。え、なによこれ、気持ち悪い!
「あらー、ごめんなさい!ちょっとやり過ぎちゃったみたい~」
失敗、失敗!と舌を出すユエ。ユエが杖を1振りし、鏡を出す。鏡に写ったのは、厳つい、ゴツい、おじさんだった。顔をペタペタと触り確認する。鏡に写るおっさんも同じ動作をする。サーッと血の気が引く。私はユエに掴みかかった。
「やだーーーー!何よこれーー!話が違うじゃない!」
予定では、私はそのまま男になる予定だった。つまり、私の美貌を持ったままの男。美男子になるはずなのに。それなのに、どうしてくれるのよーー!とユエの胸ぐらを掴み揺さぶる。
「やだぁ、ちょっと、気持ち悪い、ギブよ、ギブ!」
顔色が悪くなったユエを離すと音を立て床に落下した。そんなに重さを感じなかったけど、持ち上げてしまっていたようだ。ユエは咳き込み私を涙目で睨む。
「あなた、その身体になって力強くなってるんだから、手加減しなさいよ!アタシは頭脳派なんだから!大体ね、あなたが急かすからこんなことになったんだからね、アタシのせいじゃないから」
「そんなのこと言ったって、キャアーーーッ」
再び鏡に姿が映り絶叫する。野太い声が響く。
「ご無事ですか姫様ーー!」
私の悲鳴と共に扉が破られる。数名の騎士と、執事、その後をお父様とお母様が飛び込んでくる。そして皆同じように目を丸くして立ち尽くしている。
「私の娘はどこだ?」
お父様が茫然としたままそう呟く。私の目に涙が浮かぶ。
「私がリリィよ!リリィ・クロエ!お父様、どうしましょう!」
涙を浮かべながらお父様に駆け寄る。足音がどすどすと床を揺らす。兵士たちは混乱しながらもお父様と私の間にたち槍をこちらに向けた。
「お父様ー!」
野太い声が部屋に響く。まるで獣の雄叫びの様だ。お母様は顔をひきつらせ、お父様は目を剥いたまま固まっている。騎士もどうしたものかとおろおろと私とお父様を交互に見る。
「残念ながら、ホントよ」
持ち直したユエが私の肩に手を置き、皆に言う。どよめきが生まれた。ユエは王宮お抱えの魔導師。彼が言うと信憑性は高まる。お父様は、絞り出すような声で「本当にリリィなのか…?」と、呟く。私はその言葉に大きく頷いた。お父様は騎士を下がらせる。私はそのまま経緯を説明した。
「男になればお婿さんなんていらないし、私がこの国を継いで王になればいいと思ったの。そしたら、そしたら、こんな姿にーー!」
私は声をあげ泣き出す。お母様はその姿に若干引いている。ユエが私の肩に手を乗せ慰める。元後言えばユエのせいじゃない!と睨めばユエはどこ吹く風。
「責任は全部あなたが取るって言ったじゃない~」
なんて言い出す始末。こいつーー!
「事情はわかった。だがな、リリィ。今回はお前の行動が軽率で合ったことをまずは反省せねばなるまい。」
お父様は持ち直した様で、静かに私を見据える。座って話していても私の方が大きくて見下ろす形になってしまうけど、やっぱりお父様は大きい。私はこくりと頷く。
「例えお前が以前のお前の姿のままで男になったとしても、呪いを受けた身で王座に座らせる訳にはいかぬ。」
どうして。なんて聞けなかった。確かにそうだ、王は民衆にとっても大きな存在だ。そんな王が呪いがかかった身であると民衆が知ったら不安になってしまう。
私は俯いたまま沈黙した。
「だが、お前には負担をかけてしまっていたようだな。申し訳ないことをした。」
お父様は頭を下げた。私は首を振る。そんなことない。私の方こそごめんなさい。私は大国の姫、自分の都合で自分の成すべきことを放棄してはいけなかったのに。
「どんな姿になってもお前は私たちの愛しい子供だ」
お父様はそう、お母様の肩を引き寄せ、お母様もお父様に寄り添いながら私を見詰めて微笑んだ。
私、こんなに、両親に愛されていたなんて。
そう胸が熱くなったとき、私の身体が光を纏った。
こ、この光は!
白い光が消え、私は目を開けた。お父様お母様、ユエは私を見詰めて驚いた顔をしていた。私は慌てて鏡を見てペタペタと顔を触る。陶器のように滑らかで白い肌。白魚のような手。真っ赤な林檎のような唇。
「私だーーー!」
私は自分を抱きしめ跳び跳ねた。お父様もお母様も徐々に笑顔になる。やったわ!呪いが消えたんだわ!あー!お帰りなさい、私の身体!やっぱり美しい私の顔が一番だわ!
皆大喜びの中ユエだけは難しい顔をしていた。
「でも何故呪いが解けたのかしら?」
私がそう首を傾げると、お父様は笑顔で「私たちの思いが通じたのだな」なんて言う。
きっとそうね。お父様とお母様の愛情のお陰ね。
いいわ、私。お父様とお母様の為に一番条件のいい男と結婚してやるわ。この美しさを使ってね。結婚した後なんて適当にしとけばいいわ。側室だろうと愛人だろうと適当に作らせて、子供も養子を貰えばいいわね。
なんて考えていると白い光がまた私を包んだ。
「え、え?」
またソーセージに毛が生えた手になっている。鏡を覗くとまたおじさんがいた。
「もーーーいやぁーーーー!」
野太い悲鳴が部屋に響いた。
「やっぱりね」
ユエがようやく口を開いた。落胆したお父様は、ユエに視線を移す。
「どどどういうことよ!」
説明しなさいよ!とユエに詰め寄るとユエは手を前に出し、どうどうと私を宥める。
「これは呪いよ、このアタシがかけたね。それがそう易々と解けるわけないわ。」
「じゃあどうしたら…!」
「真実の愛よ!」
ビシッと私に指を突きつけるユエ。ポカン、とした顔の私、お父様、お母様が並ぶ。ユエは腕を組ウロウロと歩き出す。
「確かに今、両親から愛情を感じたハズよ。そして、あなたも愛情を抱いたはず。でもね、それは真実の愛ではないのよ。それは親からもらえる無償の愛。単刀直入に言うわよ、リリィ、あなたの呪いを解くには愛し愛される異性が必要なのよ!真実の愛!それを見つけることで呪いは解けるはず!」
愛し、愛される、異性…?真実の愛?
「笑止!」
「どこの悪者よ」
スクッと立ち上がり嘲笑を浮かべた私にユエが、素早く突っ込む。失礼ねこんな美女を捕まえておいて…ってそうか今手が、毛が生えたソーセージのおじさんだったわ。
「真実の愛?異性?笑わせないでちょうだい!私に男なんて必要ないわよ!男なんて皆大嫌いよ!」
私は吐き捨てる。おぞましいわ。私が男と愛し合うなんて。身の毛がよだつ。
「私に考えがありますわ」
私たちの言い争う姿を見て、無言を貫いていたお母様が突然言葉を発した。皆の視線が集まる中、お母様は口を開いた。