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本と魔法とふたりの私  作者: 但野 ひまわり
7/17

           Ⅳ

 ジャンバラヤの国で、久しぶりに情熱の炎が灯ろうとしていた。

 王宮前のペスカ広場では、七種類の打楽器が並び、楽団員が今か、今かとその時を待っている。街の人たちもその周りに集まり、それぞれ思い思いの格好で、ある人を待ちわびていた。

 あの日の翌日、私たちはメルさんと一緒に王宮へ出向き、ダバダという老人に会いに行った。行方不明の巫女がいることは秘密中の秘密なので、事前に王子の良き理解者であるダバダ大臣のことを教えてもらっていたのである。私たちは大臣の計らいでシャンシャンさんと王子に会い、メルさんの決意を伝えた。王宮では、王妃の逆鱗に触れた王が、反対していた王子とシャンシャンさんの結婚を許したという。どうやら王妃に一連の出来事が知れてしまったらしい。

どの世界でも、女性は強いものだなぁと私は可笑しくなった。そして一週間後の今日、王宮前のペスカ広場で大々的な巫女継承の儀が行われようとしていた。

『ハタさん!』

 私たちが街の人に紛れて広場の様子を眺めていると、横から声を掛けられた。

「え? あぁ! ペパルさん!」

 ペパルさんは、橙色と赤色を基調とした民族衣装を身に纏い、頭には鉢巻のような物を巻いていた。きりりとしたその出で立ちは、むしろ精悍さを感じる。

「何か、いつもと違うから、すぐにペパルさんだとは分かりませんでした」

『本当、今日は何だか違いますね』

 ペパルさんはバツが悪そうに頭をぽりぽりと掻いた。

『いやぁ、今日はこの国にとっても俺にとっても大切な日。俺も今日から新しいスタートを切るつもりなんで』

『あら、飲んだくれの男がいい考えだわね』

 ワタさんは腕を組みながら、上から視線を送る。

『そんなにいじめないでくれよ。これでもしっかり反省してるんだから』

 今日もペパルさんは、ワタさんに、たじたじだった。

『それに、俺は真剣にこの国をもっともっと発展させていきたい。シャンシャンのことは……残念だったけど、この国を想う気持ちは変わらない。だから、新しい巫女の助けになるつもりだ』

 あの日からそんなに経ってはいないが、ペパルさんの中でシャンシャンさんのことは上手く消化出来たようだ。私はペパルさんの性格を思うと心配だったが、彼の前向きな言葉と顔つきを見て、胸を撫で下ろした。

『でもこんな気持ちにさせてくれたのは、皆さんのおかげです。あのままだったら本当に俺はどうしようもないまま終わってた』

 改まった口調で頭を下げるペパルさんに、私は手を激しく振りながらいや、いやと答えた。

「私たちはきっかけを作ったに過ぎません。乗り越えたのは、ペパルさん、あなた自信ですよ」

 私がそう言うと、ペパルさんは照れくさそうに笑い、もう一度頭を下げた。

『そうだ。お礼にこれを受け取って下さい。大したものじゃないけど、旅の役に立つかと思って』

 ペパルさんはズボンのポケットから、ごそごそと何やら取り出した。それは縦長の形をした、青色の硝子板のようだった。手のひらにすっぽり入る大きさで、上部に空いた穴から結んだ紐が延びている。上にかざしてみると、陽光を受けてきらきらと光った。そして中央には、まるで本をこちら側に開けたような形の物が描かれている。

「これは?」

『実は死んだ親父も若い頃、よく旅をしたらしくて。これを持ってたおかげで助かった旅が多くあったといつも話してたから』

 そんな大切なものは受け取れないと断ると、旅をしない自分が持っていても仕方がないと言って、ペパルさんは無理矢理私に硝子板を握らせた。

『俺、そろそろ行かないと。もうすぐ継承の儀が始まるから。みんなも是非観ていって。じゃぁ!』

 ペパルさんは手を振りながら、他の楽団員たちがいる方へ走って行った。

「ペパルさん、変わったなぁ」

『本当、この間まであんな駄目男だったのに』

「お父さんの形見なんか貰っちゃったけど、良かったのかな」

 ペパルさんの背中を見送った後、私が手の中の硝子板をしげしげ眺めていると、ルビが「ちょっと見せてください」と前足を上げた。私が手を下げてあげると、ルビは「あぁ、」と声を上げた。

『これは魔法のお守りですね』

「魔法のお守り?」

『畑山さんの世界では、栞と呼ばれている物です』

 これを持っていれば、どこまで読んだのか分からなくなることも、どこから読み続ければいいのか迷うこともないという。

『これで畑山さんがいつ、どこで休んでいても、この世界で自分の位置が分からなくなることはありませんよ』

 魔法の種とはいかなかったが、なかなか心強い物を頂いた。私はへぇ、と感心しながら改めてペパルさんから貰ったお守りを眺めた。

『いい物貰ったじゃない! 畑山のことだから、ポケットなんかに入れとくと無くしかねないわね』

 ワタさんは、いいこと思いついたと言いながら、魔法のお守りを私のジャージのファスナー部分に括りつけた。これなら大丈夫でしょと得意顔である。しかし前開きにしていたおかげで、お守りは私の左下腹部の辺りでぷらぷらしていた。

「ちょっとワタさん。変じゃないですか?」

『いちいちうるさいわね。じゃぁ、こうしてなさい』

 ワタさんはそう言ってジャージのホックを留めると、ファスナーを一気に一番上まで引き上げた。首元が苦しくなって思わず下げると、お守りは程良い位置に収まって、さながらチョーカーのようになった。

「でも、どうしてこんな大切な物をくれたんだろ」

 呟いた私の言葉には何も言わず、ルビはただ私を労うように、にこりと微笑んだ。

『話の内容は少し変わってしまいましたが、これから新しく誕生する巫女、踊り子メルがペパル青年とともに、この国を発展させて行くでしょう』

「そうだね」

『そうだわね』

同時に声を発した私とワタさんに、ルビがふふっと笑みをこぼした。

『これも二人の力ですね』

 私とワタさんは、再び同時に「え?」と聞き返していた。

『何とか本来の道筋で物語が終われたのは、毒舌のワタさんが相手の力を分析し、一見温厚そうな畑山さんが止めの一発をお見舞いする。絶妙なコンビネーションのおかげですよ』

 ほとんど攻撃しかしてないではないかという疑問はさておき、一応褒めてくれているようなので、私はルビに曖昧な表情ながらも「ありがとう」とお礼を言っておいた。

『ワタシが毒舌っていうのは納得しないけど、畑山が口が悪いっていうのは保証付きね』

「ワタさんに言われたくありませんよ」

『それどう意味よ』

「そういう意味です」

『まぁまぁ。ほら、もうすぐ儀式が始まりますよ』

 ルビに促されて広場の方へ目をやると、一斉に楽団員たちが楽器を奏で始めた。そこら中に響き渡る、どどどんっと力強い旋律が、魂まで震えさせるようである。人々の、ほう、という溜息に何事かと辺りを窺っていると、王宮の正門が厳かに開き、そこから白の礼服に身を包んだシャンシャンさんとメルさんが並んで現れた。その後ろには、神官たちが厳かに続く。継承の儀は、広場の中央で現在の巫女が踊り、その後継承する踊り子が踊ることでその任を後世に渡すらしい。

 二人の踊り子たちは中央の広場まで来ると、人々に一礼した。そしてメルさんは脇に控え、楽団員が奏でる音色と共にシャンシャンさんが踊りだした。

「綺麗……」

 しっとりとした曲調から始まった。シャンシャンさんの手や体はしなやかな弓でも思わせるような動きで観客の心を魅了する。それは指の先まで神経が通っているほどぴんとしているのに、柔らかさを感じずにはいられない。シャンシャンさんの落とす目、その表情に誰も彼もが魅入ってしまう。

そして曲調は徐々に激しいものへと変わっていく。それと共に、シャンシャンさんの手の動き、腰の動きも情熱さを増していく。そして一番激しくなったところでメルさんがそこに加わり、二人の踊り子が広場に情熱の炎を灯し始める。人々は声を出して歌い始めた。

古い言葉らしくあまり聞き取れなかったが、歓びの歌であることはその表情から容易に知ることが出来る。私もワタさんもルビも、他の人たちと同じように手を叩き、自分の心が感じるまま、新しい巫女の誕生を祝うように体を動かした。

「わっ!」

『どうしたのよ。そんな声出して』

 ノリノリで体を動かしていた私の頭の上を何かが横切った。周りを見回してみると、広場に生えているヤシの木の一つに、見覚えのある梟が留まっていた。その口には紙らしき物が咥えられている。

「あっ! あれ!」

『ページをちぎって行った奴じゃないの!』

『捕まえましょう!』

 私たちは急いでそのヤシの木の方へ走り出した。しかし祭り事に集まった人たちで、なかなか前へ進めない。押されながらも何とか人混みをかき分けた。

「あっ!」

 ようやく辿りつけたのも束の間、まるで私たちをあざ笑うかのように、梟は再び飛び立ってしまった。

「こら待てー!」

『待ちなさい! そこの泥棒梟!』

 私たちは梟を追いかけながら、ジャンバラヤの街を後にした。



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