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epilogue「幽霊少女と少年」

 最終回です。まさかここまで長丁場になるとは思ってもみませんでした。最後までお付き合いいただいた方、ありがとうございました。

『本日の上映は以上をもちまして終了いたしました。またのご来場をお待ちしております』

 翔がアナウンスで目を覚ますと、劇場の椅子に座っていることに気付いた。映画を観る前と同じ席で、同じ体勢で、眠っていたようだった。翔は続々と退場していく観客を横目に、少し肩の力を抜いてリラックスする。

『夢落ちで終わらせようとしてないわよね?』

 いきなり視界の端から半透明のマリナが姿を現して翔を驚かせた。マリナの格好は映画の中と同じく、真っ白いコート姿なのだが、少なくとも30センチは地面より浮いていた。

『余韻に浸っているところ悪いけど、あれ全部現実だから』

 マリナは前の椅子の背もたれに腰掛けるような姿勢で翔を見下ろす。なぜかその視線から恨みのようなものを感じる。

「あれ?お前成仏するんじゃなかったっけ?」

『私もそうだと思ったんだけど、どうも一回憑りついたらちっとやそっとや離れないみたいなのよね』

 マリナは全く困っている様子ではなく、むしろ今の状況を楽しんでるように見える。

「で、これからどうすんだよ?まさか一生憑いて回るって言うんじゃないんだろうな?」

『ええ。そのつもりだけど?』

 翔は軽い冗談のつもりだったのだが、言われた側のマリナは最初からそのつもりだったらしく、翔は気がめいった。

『ま、どうするかはどうするのかってのは考えてないし、あなたと一緒に暮らしてもいいかなーって思っただけ』

 マリナは椅子から離れて悪戯っぽく笑った。劇場内の人も減ってきて、残っているの翔とマリナだけである。翔はとりあえず外に出ようと思い、劇場を出て、映画館のロビーを抜ける。道中、マリナが横で何回も話しかけて来たが、翔は無視して寮に戻り、マリナが付いてくるより早く部屋の扉を閉める。

『言っとくけど、そういうの意味ないからね?私幽霊だし』

 扉をすり抜けて飛び出してきたマリナを見て、翔はため息とともに肩を落とした。

『それじゃ、今日からお世話になりまーす!』

 こうして、マリナと翔の共同生活が始まった。翔は得体のしれない幽霊と生活することに少しばかりの不安はあったものの、幽霊とはいえ、優れた容姿を持つマリナと生活できるので、翔は前向きに考えることにした。



 数週間後、翔はあの後神社などに行ってお祓いをしてもらえばよかったと思っていた。

『ねえ、どっか行きましょうよー。こんな狭い家の中にいないでさー』

 先程から視界の片隅でマリナが縦横無尽に動き回りながら翔に外に出たいと催促をしている。最初の頃は少しでもマリナを喜ばせようとあちこちに出かけてみたものの、所詮は大学生の足でいける範囲内でしかない。それに、課題の提出期限は明日。行く場所もなければ時間も無いのである。

「悪いけど、今日は色々と忙しいし、特に行く所もないから一日中家だからな」

『えー。そんな簡単な課題、ちゃっちゃと終わらせちゃいましょうよ。ちょっと借りるわね』

 マリナの姿が一瞬にして霧散し、翔がいきなり何かに弾き出されたような感覚を感じた。よく見てみると、自分の体が半透明になった上に宙を漂っており、翔が座っていたはずの椅子には何故かマリナが座っていた。しかも、その体は半透明ではなく、しっかりと実体を持っていた。

「さてと、さっさと終わらせるわよ」

『おい!なんなんだよこれ!』

 翔はいきなりのことで、何が起こっているのかわからなかったが、マリナは翔を無視してテキパキと課題を進めている。

「こんなの教科書読めばさっさとできるじゃない」

『おい!無視かよ!』

 マリナは翔を一瞥し、勝ち誇ったような笑みを浮かべると、黙って課題を進め始めた。しかも、しっかりと講義に出て勉強したはずの翔よりこなす速度が速い。

「さて、こんなもんかしら」

 マリナはさっさと宿題を終わらせると、肩の力を抜いて体から霊体のマリナが抜け出る。それと同時に翔も、ものすごい力で引っ張られて元通りの体の中に入った。

『ふふっ。驚いた?私とあなたは一心同体。私は私の意思で自由にあなたとすり替わることができるのよ』

「なあ、そんなんだから、お前は俺に憑りついたままになったんじゃないか?」

 空中で漂っていたマリナがその言葉を聞いて一瞬で静止した。そして数十秒の間をおいて、何かを思いついたようだった。

『ま、まあ。このおかげで私たちは映画の世界から帰ってこれたともいえるんだし、結果オーライよ結果オーライ』

 やや強引ながらも、マリナは今の状況を前向きに考えて行動することにしたらしい。

『そうねえ。今日は映画館に行きたいわ。ちょーっと気になる映画やってるのよね』

「悪いが、映画はもう遠慮したい。あんな目に遭うのはもうたくさんだ」

 実際、映画を見に行ったからと言ってああいう目に遭うわけがないのだが、しかし翔はめちゃくちゃな世界に放り込まれたせいで映画を見るということに抵抗を覚えていた。

『そういわないの。ほら、行きましょ。それともあれかしら?私に体を明け渡して、幽霊として鑑賞したい?』

 しかし、マリナ側も翔に拒否権を用意するはずもなく、結局、翔は再び映画館へと足を運ぶことになった。マリナという厄介ごとの種を抱えているとはいえ、翔のこの日常はこれからも嫌でも続いていく。彼の傍に、マリナというある種の守護霊がいる限り。

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