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SCENE 04「魔王デウス」

「デウスと戦う前に、この薬を飲んでおきなさい。楽になるはずよ」

 最上階への階段の前でマキナは緑色の液体の入った小瓶を取り出し、翔に渡して飲ませる。翔はそれまでは肩を貸してもらわなければ歩くことも難しかったが、薬を飲んだ途端少しずつ疲れが取れて一気に快調になった。

「おぉ。楽になった。これならいい勝負ができそうだな」

「そう。じゃ、行きましょ」

 2人が階段を登るとそこは何もない燭台の光りに照らされているだけの廊下が続いていて、奥に扉が見えている。

「それじゃ、行くわよ」

 マキナが扉に手をかけてゆっくりと扉を開ける。魔王デウスのいる部屋は、先程までの鬱蒼とした城内と打って変わって開けた構造で大理石で作られた床や柱だけで作られた大部屋は、神殿のような荘厳さを感じさせる。

そしてその中央には映画のパンフレットに描かれていた通りの姿をした魔王デウスが、シンプルな玉座に鎮座していた。デウスは立ち上がると、三メートル程の刃渡りのある大剣を構え、二本の悪魔を思わせる角を持った頭に琥珀色に煌めく鋭い目は入ってきた翔達を睨みつけていた。

「来たか……」

 デウスは大剣を杖代わりに立ち上がり、大剣を背負う。座っていて気付かなかったが、デウス自体も二メートルを越える巨体であり、体を護る鎧は禍々しく黒光りしていた。

「さてと、最後の戦いか。張り切っていこうか」

 翔はクラッパーフォンを取り出し、フィルムカートリッジを装填する。

『Knight! Just go for it!』

 デウスとの最後の戦いを前に翔を鼓舞するかのようにファンファーレが鳴り響く。

「デウスの弱点は心臓よ。そこを突けば比較的楽に倒せるはず」

 最後の戦いを前にした翔に、マキナがアドバイスをした。翔は特別返事は返さず、目を閉じて覚悟を決めてクラッパーフォンを閉じた。

『Knight!Ready……Action!』

 クラッパーフォンがフィルムに変わり、フィルムが翔の体を覆う鎧と翔の武器である剣へと変わる。翔の変身が完了すると同時にデウスも大剣を構え直し、腰を落とした。

「さあ、来るがいい。異界の勇者よ。その鎧ごと、貴様の望みを叩ききってやろう」

 デウスは翔の姿が変わるのを見て笑みを浮かべていた。翔はデウスの態度が気に入らず、舌打ちをしてデウスの所まで一気に距離を詰める。デウスの武器は大剣。威力は高いがその分隙が大きい。そこを突けば勝てるはずだと翔は踏んでいた。翔がデウスの懐にまで踏み込んだ時、デウスが大剣を横に振るう。翔は身をかがめてそれを交わし、腰を低くして剣を斬り上げようとした。しかし、次の瞬間、翔がいた目の前の空間が爆ぜ、翔の体が吹き飛ばされて床を転がった。

「全く、この程度で倒せようなどと、この魔王デウスも甘く見られたものよ……」

 デウスの足元には、魔法陣のようなものが広がっていて、爆発が魔法によって引き起こされたと、頭に入っていた知識が告げていた。

 翔は立ち上がって再びデウスに近づこうとしたが、目の前からデウスの姿がガラスが割れたような音と共に消えた。翔はデウスの姿を周囲を見渡してデウスを探すが、あちこちからガラスが割れたような音が響くだけで、肝心のデウスの姿が全く見当たらない。

「翔!後ろ!」

 翔がマキナの声で振り返ると同時にデウスの大剣が襲いかかる。とっさのことで防御もできないまま、翔は斬りつけられて再び床に倒れる。そしてデウスが笑みを浮かべて翔に向けて手をかざすと、翔の全身を魔法陣のようなものが包み、翔の全身を焼き尽くすべく炎が燃え上がった。翔がもだえ苦しむ声を上げているが、一方のデウスは息も乱れておらず、実力の差が露呈していた。

「所詮はこの程度か。貴様のような男は何人も見てきた。ここで降参すれば見逃してやってもいい。それとも、愚かにも我に抗い、ここで命を落とすか?」

 デウスが再び手をかざすと翔の体を焼く炎が一瞬で消えた。ボロボロになった鎧は既に使い物になるかどうかすら不明で、半分溶けた鎧の兜からは翔の顔が少し見えていた。翔はボロボロの体にムチを打って剣を構える事で、デウスと戦う意志を見せた。

「ふざけんな……。俺達は早くこっから出るんだ……。ここまできて尻尾巻いて逃げられっかよ……」

 デウスに一矢報いようと翔は自ら剣を振り下ろす。デウスはこの状況で、まさか翔が刃向かってくるなどとは思っておらず、真っ向から斬りつけられた。しかし、斬りつけられたデウスが痛がっている様子はない。

「そうか。それがお前の意思か……。いいだろう、せめてもの情けだ。一撃であの世へと送ってやろう!」

 その言葉と同時にデウスの姿が消え、四方八方から響くガラスが割れたような音が翔の狙いを撹乱させる。そして、デウスが翔の背後に現れ、翔に止めの一撃を刺そうと剣を振り下ろす。翔は背後から飛んでくる殺気でそれに気付き、ボロボロの手甲で剣を受け止めた。しかしデウスが剣を持っていたのは片手で、空いているもう片方の拳が翔を殴りつけて吹き飛ばす。デウスの拳は翔の鎧を砕くのには十分な威力を持っていて、更にデウスの放った蹴りが翔の体を床に転がす。ボロボロの翔は剣を杖代わりにして立ち上がり、デウスになんとか一矢報いようとする。

「残念だったな、異界の勇者よ。この魔王デウスの剣のサビになれる事、誇りに思うがいい」

 デウスがゆっくりと翔の所へ近づいてくる。翔は切っ先をデウスの心臓に向けるが、体が震えて中々一歩が踏み出せない。

(あんまり意識しねえようにしてたけど、やっぱこうなって来ると怖えな……)

 デウスとの圧倒的な実力差を見せつけられて、翔の体は怯えていた。翔は、ここで初めて死の恐怖を味わっていた。ゴブリンやニーズホッグとはかけ離れすぎて、今までのように勝てる確信が持てない。ゆっくりと歩いてくるデウスの一歩一歩がスローモーションにすら見え、実際の時間よりも長く感じる。

「……さらばだ」

 翔の目の前までやってきたデウスが、翔の首を切り落とそうと剣を構え直す。もう翔の勝利が絶望的となり、翔の戦いを傍観していたマキナがやや諦めたような目で翔を見ていた時だった。マキナの死角からナイフのようなものがデウスの背中に突き刺さった。不意打ちで急所を突かれたデウスは手に持っていた大剣を床に落とし、胸元を押さえてうろたえる。

「うぉおおおおおおお!」

 デウスが苦しんでいる隙に、翔が最後の力を振り絞って最後の突きを放つ。背中を刺された痛みでその一撃をデウスは避ける事ができず、心臓を完全に貫かれた。

「ククッ。手負いの獣は恐ろしい、というわけか」

 デウスの体中にヒビが走り、ガラス細工のように砕け散る。翔はこれでデウスを倒せたと確信し、肩の力が抜ける。しかし、デウスの破片がひとりでに集まっていき、1つの巨大なクリスタルのような姿へと変わる。クリスタルの中にはドラゴンのようなシルエットが見え、中から巨大な黒いドラゴンが、けたたましい咆哮と共にクリスタルの表面を叩き割って姿を現した。

「我にこの姿を出させたことは誉めてやろう。運に助けられたとはいえ、このデウスに傷を負わせた事実に揺らぎはない……」

 姿を現したドラゴンの口からデウスの声が聞こえてくる。デウスの言葉から察するに、この姿が魔王デウスの真の姿なのだろう。

「だが、遊びもここまでだ。この場で葬り去ってやろう!」

 ドラゴンが吠える。すでに翔の体はボロボロで、こんな巨大な敵を相手に戦えそうにはない。しかしそれでも翔は痛む体を引きずって、足元の剣を拾い上げて戦おうとする。

 ドラゴンとなったデウスはかなり大きく、迂闊に近づけば踏み潰されてしまいそうなほどである。オマケに翔は傷ついているため、体が思うように動かない。勝利は絶望的だった。翔はそれでも負けじと必死に剣をデウスに向けて突き出す。しかし、既にボロボロになっていたデウスの鱗を貫くことはかなわず、剣は派手な音を立てて真っ二つに折れた。デウスの口が翔を狙い、翔の体をくわえた。既に翔はボロボロだというのに、ダメ押しと言わんばかりに翔の体を振り回して、乱暴に投げ捨てた。

『Cut!Cut!Cut!』

 翔の体を覆っていた鎧が強制的に無数のフィルムとなってクラッパーフォンとして再構成される。そしてクラッパーフォンが勝手に開き、入っていたフィルムカートリッジが飛び出して粉々に砕け散った。それと同時に翔の朦朧としかけていた意識も一気にクリアになり、慌ててクラッパーフォンを拾い上げる。翔は確信した。これが、デウスにとっての戦いなのだと。それに、デウスの本来の姿がこのドラゴンの姿だったのなら、城を構成している石レンガがあんなところに落ちていた理由にも説明が行く。このでかい怪物が城の中を縦横無尽に動き回れば勝手に城の方が壊れていくのは目に見えて分かっている。

 翔はクラッパーフォンを手に取り、次のフィルムカートリッジを装填した。

『Dragon!Just go for it!』

 翔は即座にクラッパーフォンを閉じて、デウスに向かって駆け出す。

『Dragon!Ready……Action!』

 翔の手に握られたクラッパーフォンが無数のフィルムとなって翔の体を覆い、竜の体へと再構成される。翔の変身した竜はデウスの喉に噛み付き、そのまま食いちぎろうとする。しかしデウス側も竜の翼を握り、そのまま引きちぎる。そして、デウスのもう片方の腕が竜の体を握り、引き剥がして地面に叩きつける。デウスは追い打ちをかけるべく口から火球を吐き出し、それを竜に浴びせる。竜も負けじと光線を吐いて対抗するも、デウスがそれより早く飛び上がったため、光線は空を切った。デウスが急降下と共に竜の胴体を爪で切り裂き、龍がさらに悲鳴を上げる。

 竜は弱った体を引きずって、デウスから距離を取る。そして、体に込められる力を口の一点に集中させる。そして、竜の最後の一撃である光線が口から発射された。デウスは周囲を飛び回ってそれを回避するが、竜は口を動かして光線の軌道を変える。そしてデタラメに動かしていた光線がデウスの翼を捉え、デウスの翼を焼き切った。バランスを崩したデウスが床に落下し、そこに竜の吐き出した光線が襲いかかる。竜の全身全霊を込めた光線はデウスの全身を焼き尽くし、その場が静寂に包まれた。竜は力を込めた反動で地面に倒れ、弱々しく鳴いた。

 遂に、魔王デウスを打ち倒し、翔とマキナは外にでることができる条件を満たしたのだ。後は、エンディングを迎えるだけである。

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