SCENE 03「デウスの城」
再びデウスの城へ向かって歩を進める一行。樹海と化した森は非常に薄暗く、翔はマキナの案内でデウスの城に迎えるのかという不安を抱かせた。そんな翔の思考を邪魔するかのようにマキナはいきなり足を止めて翔を木の陰に隠すようにして自身も隠れる。
「おい、いった―――」
「静かに。気づかれるわ」
マキナがそう言ってすぐに背後から何かが這いずり回っている音がした。翔は顔を覗かせてそれの姿を見た。そこにいたのは先ほど倒したニーズホッグだった。それに、一体ではなく、何体ものニーズホッグがウロウロしていて、少しでも音を立てた瞬間、ニーズホッグの群れに襲われて二人仲良く食い殺されそうであった。
2人はニーズホッグに気づかれないように、音立てないように慎重に歩く。ニーズホッグに音を聞かれないようにと2人は細心の注意を払う。足元に落ちている小枝を踏まないように何とかニーズホッグの群れを抜けて黙って進む。そして小高い山を登ると、鬱蒼としていた木々が途切れ、堂々とデウスの城が存在していた。マキナの言った通り、見た目こそファンタジー世界に登場する城ではあるが、所々の石レンガが欠けていて、虫食いのように穴が開いていた。
「着いたわね。見張りはいないみたいだし、行きましょ」
確かに、モンスターの長であるはずの魔王の城という場所のはずなのに見張りをしているものはおらず、城の正面玄関は不気味なほど静かだった。中からまったく物音も聞こえず、不気味さに拍車をかけている。
マキナの言葉を信用して、翔は城の中に入る。城の中や入口には一切の罠が仕掛けられておらず、城の中に控えているはずの警備兵の姿も見当たらない。本来なら綺麗に見えるはずの城内の豪華な内装が、誰もいないせいで不気味に見える。
「デウスはかなりの自信家よ。この城にもう攻め込んでくるって分かってるから、全員退避させて自分のところに来るのを待ってるはず」
城の中には警備兵どころか誰もおらず、静かな城内には翔とマキナの2人の足音だけが存在していた。何もない1階から2階へ上がり、2階から3階へ上がる階段に足をかけたとき、マキナが足を止めて背後を振り返った。
「どうしたんだ?」
「いえ。誰かに付けられている気がしたんだけど、気のせいだったみたい。先に行きましょ」
マキナは再び歩き出し、翔もそれに続く。翔が階段を登る前に念の為に背後を振り返ると、長い銀髪が柱の陰から見え隠れしていた。マリナがこそこそと翔たちの後をつけてきていたみたいだったが、翔は敢えてそれに触れないで階段を登る事にした。
「この階を抜ければデウスのいる部屋はすぐだったはずよ」
城内を進み、三階まで上がってきた所でものすごく巨大な扉の前までやってきた。マキナがゆっくりと扉を開けると、中はダンスパーティーでも開けそうな程広い大広間だった。大広間には天窓のように光を取り込むものはどこにも見当たらず、壁に幾つか設けられている燭台の心もとない光だけが唯一の光源だった。
「待って。何か来る」
大広間に入ってすぐにマキナが足を止めた。そして、大広間の向こう側から何かの羽音のようなものが聞こえてきた。その羽音は次第に大きくなり、巨大なハエのモンスターという姿を伴って翔達の前に姿を現した。少なくとも五メートルはありそうなハエの怪物は問答無用で襲いかかってきたゴブリンやニーズホッグと違い、こちらを見定めるようにその場で静止している。
「ベルゼブブ……。確かに、コイツ一体おいておけば警備兵はいらないわね。コイツはどこでも飛び回って動けるし、かなり広い範囲で攻撃できる。デウスの前にコイツと戦えば間違いなく消耗するでしょうし、ある程度以下の雑魚はここでつぶせる。理にかなってるわね」
マキナは翔に目配せをして合図を送る。翔は残っている2つのフィルムカートリッジの内、ドラゴンの牙のようなものが見えたフィルムカートリッジを取り出してクラッパーフォンに装填した。
『Dragon……Just go for it!』
ドラゴンの鳴き声とエレキギターが掛け合わさったような激しい音楽が大広間に響く。それを合図にマキナが入口の扉の影に身を隠す。翔はそれを確認するとクラッパーフォンを閉じた。
『Dragon!Ready……Action!』
翔の体を無数のフィルムが覆い尽くし、翔を別の『役』へと変身させる。しかし『Knight』や『Gunner』の時と比べると翔の体を覆うフィルムの量は異常なまでに多く、翔に鎧などを装着させるというより、翔を別の生き物に変化させているように見えた。そして無数のフィルムが象った新しい翔の『役』は翼を持った巨大な竜の姿だった。光輝く白銀の鱗に覆われ、虹を思わせる7つの宝石のはまった装飾具に彩られたその姿は一種の神々しささせ感じさせる。
翔が変身した竜が吠え、ベルゼブブの羽音がそれとほぼ同時に大きくなり、両者は戦闘態勢に入った。ベルゼブブは開幕と同時に口から電撃を放ち、先制を取る。しかし竜はそれを巧みに交わしてかすり傷程度にダメージを抑えてお返しと言わんばかりにその長い胴でベルゼブブをなぎ払う。ベルゼブブは壁に叩きつけられ、激しい轟音が大広間に響く。壁の一部が破壊されて大きな穴が開いたが、ベルゼブブにはあまり大きなダメージではなかったようで、何事も無かったかのようにその穴から姿を現した。しかし無傷ではなかったようで、少しだけ外殻に傷が付いていた。竜はベルゼブブの懐まで一気に近づき、ベルゼブブの胴に食らいつく。そしてベルゼブブを引きずり回して羽がもげたベルゼブブを何度も地面に叩きつける。ベルゼブブは既にボロボロの体で、再び飛び立つのも難しそうだった。竜はとどめを刺そうと口にエネルギーを集中させ、虹色の光線として吐き出した。ベルゼブブは魔法陣のような模様の結界を展開してそれを防ぐが竜は光線を吐く勢いを増大させた。ベルゼブブも負けじと結界の力を強めて防御する。しかし竜の方の光線の威力が競り勝ち、結界に亀裂が入り、ベルゼブブの体を貫く。大広間をまばゆい閃光が埋め尽くし、ベルゼブブはフィルムの塊となって霧散した。
『Cut!』
竜もフィルムの塊となってクラッパーフォンの形に集約され、翔の姿に戻った。翔は元の姿に戻ると軽く立ちくらみを起こしてその場にひざまずいた。
「あのフィルムバッテリーは体力の消耗が激しいみたいね。多用は避けたほうが身のためね」
戻ってきたマキナが翔に手を差し伸ばす。翔はマキナに支えられながらも立ち上がり、デウスのいる上の階を目指して歩き出した。翔が暴れ回ったせいで大広間はかなりメチャクチャな状況になっている。
「そうそう。1つあなたに警告しておくわ。クラッパーフォンを使って変身している間は、あなたは死ぬことはないの。でもその代わりに変身している間に受けたダメージや疲労は全部フィルムカートリッジに蓄積されて、それが耐え切れなくなった時、フィルムカートリッジが粉々に砕け散って使えなくなるから気をつけなさい」
最上階への階段に足をかけた時、マキナが口を開いた。
「じゃあこのクラッパーフォンで戦ってる間は絶対に死なないってことか?随分と気楽なもんだな」
「半分正解。確かにフィルムカートリッジがダメージを吸ってくれるけど、吸いきれないほどの大ダメージを受けるとクラッパーフォン本体が耐え切れなくなって壊れる上にあなたの体にダメージがそのまま残留するの。まあダメージを受け続ければ戦う手段を失ったり、ダメージ量によってはあなたも危険に晒されたりするから気をつけなさい」
そんな話をしている内に、翔とマキナは最上階に辿り着いた。最上階は廊下と扉だけというシンプルな作りで、廊下は光源がなく、ろうそくの頼りない光だけが頼りである。この世界から出るための鍵である魔王デウスがこの先にいると思うと、薄暗い廊下に、確かな殺気が流れているような気がした。
翔の後ろを追ってきていたマリナは2階に戻ってきていた。先ほど、上の階で巨大なハエの怪物の姿を見て、戻ってきたのだ。彼女がここまでついてきた理由はたった一つ。この映画の世界から出るためには翔という存在が必要不可欠だからである。いつかはマキナを翔から引きはがして外に出る必要があるのだが、まだその必要はない。
「……なるほど。私にはコイツを相手にしろっていうのね」
階段に腰かけていたマキナの前に、明らかにファンタジー世界のものとは考えられない灰色の小型の機械が、数体その場で浮いていた。球体に羽が生えたような外見をしたそれは、妖精という風にも見えなくもない。強いて名をつけるのであれば、機械仕掛けの妖精といったところだろう。
「なるほど。まああなたからしてみれば、私は邪魔だものね。でも―――」
マリナはコートを脱ぎ捨てて真上に放る。コートの下には、2本のコンバットナイフが太ももにしまわれ、彼岸花の花びらを思わせる絵柄のシャツが姿を現した。
「さてと、こっちも始めようかしら」
マリナはコンバットナイフを引き抜いて逆手に持って構える。ナイフはマリナが信頼する武器だった。女性である彼女でも扱いやすく、銃のように色々と考える必要もない。あまり細かい事を考えたくない彼女にとっては最高の武器とも言えた。
ニュムパ・マキナはマリナが敵対の意思を確認すると、本体である球体が割れ、中から砲台のようなものを突き出した。当然マリナがその間黙って待ってるはずもなく、変形中のニュムパ・マキナ2体を切り裂いた。残るニュムパ・マキナはマリナに砲身の先を向けて狙いを定めるが、マリナはナイフを投げて1体を撃墜する。残ったニュムパ・マキナは次々とマリナめがけ、砲身からレーザーを放つ。マリナはその軌道を読み、上手く回避をしながら床に落ちたナイフを拾い上げて、ニュムパ・マキナの真下に入り込んでナイフを突き上げた。切り裂かれたニュムパ・マキナは真っ二つになり、周囲のニュムパ・マキナを巻き込んで爆発四散して床に落ちた。残るニュムパ・マキナは2機。今までにある程度の場数を踏んでいるマリナにとっては、取るに足らない相手である。
しかし追い詰められた事を確認したニュムパ・マキナ達は、全身から火花を散らしながらそれぞれが集合し始めた。そしてニュムパ・マキナ達は1つに合体し、2つの砲台を持った小さな機械人形へと姿を変えた。
「へえ。そういうこともできるのね」
マリナはナイフを構え直して身構える。合体したニュムパ・マキナは全身から火花を散らしつつ、2門の砲台にエネルギーを集約させている。マリナは腰を低く落としてニュムパ・マキナの砲撃のタイミングを待つ。ニュムパ・マキナの攻撃パターンが分かれば苦労はしないのだが、迂闊に攻撃を仕掛ければ痛手を食らうのは目に見えている。なので、一番の隙が生じやすい攻撃時のタイミングを狙う。幸いにも相手は真っ直ぐにしか飛ばないレーザーで攻撃してくるため、攻撃の軌道が読みやすい。
「さあ、イチかバチか……」
ニュムパ・マキナの砲身から2本のレーザーがマリナ目掛けて放たれる。マリナは宙返りをしてそれをかわし、真上からナイフの切っ先を向けてニュムパ・マキナを狙う。ニュムパ・マキナはマリナの攻撃が当たる寸前、合体を解除して2つのニュムパ・マキナに戻ったが、その内の1体がマリナのナイフによって撃墜された。残されたもう1体の方のニュムパ・マキナがマリナに向けてレーザーを放つ。着地したマリナはそれを避けるほどの余裕がなく、左腕を盾代わりにしてそれを防ぐ。レーザーに当たった左腕は肉が焼けただれ、もう使い物にはなりそうにない。
「痛てて……。分離できるなんて聞いてないわ……。ついてないわ。本当」
マリナはボヤきながら残ったもう1体に右腕でナイフを投げて撃墜する。これでマリナを襲ってきたニュムパ・マキナは全滅した。それと同時に焼けただれていた左腕がまるで逆再生するかのように元に戻った。見方によっては、魔法のように見えたかもしれない。マリナはナイフを太ももの鞘に戻し、床に落ちていたコートを拾い上げて軽くホコリを払って身にまとう。
「さてと、こんな所かしらね」
マリナは身なりを整えると階段に足をかける。そんな中、背後から何かがうごめく音がした。マリナが振り返ると、ニュムパ・マキナが何体か群れを成していた。別にマリナはニュムパ・マキナと戦っても問題はない。しかし、彼女の目的を果たすためにはこんな所で時間を消費している場合ではない。
「ごめんなさいね。今度また相手してあげるわ」
マリナはコートのポケットから手榴弾のようなものを取り出して口でピンを引き抜く。そして少し経ってからそれを放り投げて階段を駆け登る。その直後に爆発が起こり、その衝撃で金属片が周囲に散布される。マリナが投げたのは直接ニュムパ・マキナを破壊する武器ではなく、ニュムパ・マキナを撹乱させる武器である。チャフグレネードは金属片を辺りに撒き散らすことで電子機器を撹乱させる武器である。ニュムパ・マキナが無人で動く機械である以上、最適な武器である。
(これで残るチャフグレネードはあと1つ……。それより早く追いつきたい所ね)
マリナはコートのポケットをまさぐってチャフグレネードの残りを確認する。この世界はファンタジー映画の世界であって、SFの世界ではない。このチャフグレネードは外から人間が流れてきた時に生まれたノイズのお陰で偶然生成されたものである。この世界で使う場面はほぼ無いに等しいものの、この世界に翔を含めた色んな人間が閉じ込められた元凶を倒すには少なくともこれが必要なのは分かっている。映画の世界からの脱出を目的としているマリナは、一刻も早い翔との合流を余儀なくされていた。