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SCENE 02「蛇と記憶」

 翔が町の外を出ると山に囲まれた草原が広がっていた。緑の木々に覆われた森の頂上には城のようなものが見えている。

「これからあのデウスの城に向かうわけだけど、翔。1つ聞いていいかしら?」

「なんだ?」

「これからあなたは死ぬかもしれないのに、どうしてそうも落ち着いていられるのかしら?」

 マキナの指摘通り、翔はこれから勝てるかどうか分からない魔王デウスに挑もうというのに怖がるどころかむしろ楽しんでいるように見えた。

「まあ、高校時代に映画研究会で一時期、スタントマンまがいの過激な撮影やらされたりしてたからな。爆発の中を駆け抜けるとか、ビルの屋上から落ちる演技とか。現場指揮をしてた先輩がミスったら今頃お陀仏だったろうぜ」

「随分と荒っぽい先輩ね。それじゃ後輩をいじめてるようなものじゃない」

「まあその先輩は俺の2つ上の先輩だったから半年の短い付き合いだったんだけどな。なんていうか、無茶苦茶な先輩だったなぁ。同学年の先輩とも全然意見が合わなくて、いつも喧嘩してたっけ」

 翔はその先輩の事を思い返す。翔より2つ年上の女の先輩。我の強い性格で、映画の展開や撮影の方法などでよくもめていた。じゃんけんに負けたというだけで彼女の相手を押し付けられ、本当に死ぬのではないかと思いながら半年を過ごしていた地獄のような日々でさえ、今となってはいい思い出とも言えなくもない。

「その先輩は良く、『物事をする上で一番重要なことは楽しむこと。つまんないことやっても価値がない』って言ってたけ。その先輩とは短いけど、その分濃い時間を一緒に過ごしてたからそっちの影響もあるんだろうな」

 翔はその先輩の事を思い浮かべる。しかし、肝心の顔と名前が思い出せない。何かしらのモヤがかかったかのように頭から出てこないのだ。あんな無茶苦茶な人間のことがたった2年半程度で忘れられるのだろうか。翔はそんなはずはないと思いだそうとしたが、未だに思い出せない。

「随分と面白そうな先輩ね。一度会ってみたいものだわ」

 一方のマキナは口では翔に興味を示しているようだが、実際には関心を無くしていたようでさっさと歩き出していた。先輩の事を思いだそうとしていた翔も、慌てて置いてかれないように急いでマキナの後を追いかける。先輩の事はきっと跡で思い出せる出せるだろう。翔はそう思って今は考えないことにした。

「おいおいここまで聞いといてその態度かよ?何か冷たくないか?」

「まあ、あなたがただの馬鹿ってワケじゃないってのが分かっただけで十分」

 マキナの歩調は早く、気を抜けば置いて行かれそうな程だった。そして歩くこと15分。デウスの城へと続く森の入口に到着した。

「さてと、それじゃ気を引き締めていくわよ。この先にどんなモンスターがいるか分からないし」

 マキナに連れられて翔は森の中へ入る。森の中は昼間だというのに薄暗く、どんなものが出てきても不思議ではなかった。そして、周囲の木々が何かになぎ倒され、何かが這う音が響く。

「早速お出ましね。こんな木に囲まれた狭い場所じゃ『Knight』のフィルムカートリッジは十分に戦えないわ。別のを使いなさい」

 既に『Knight』のフィルムカートリッジを用意していた翔は慌てて他のフィルムカートリッジを取り出す。次に取り出したフィルムカートリッジの中には一瞬だけ、拳銃のようなものが見えた。

「さあ、来るわよ!」

 無数をの木々をなぎ倒して現れたそれは、ムカデのように無数の足を持った、白い蛇のような怪物だった。

「ニーズホッグね。デウスが警備代わりに放し飼いにでもしてるんでしょう。番犬ならぬ(ばん)(じゃ)ってとこかしら」

 ニーズホッグは巨大な口を開いて吠える。翔は手早くクラッパーフォンを取り出し、フィルムカートリッジを装填する。

『Gunner!Just go for it!』

 クラッパーフォンからトロンボーンのメロディと荒々しい波の音が響く。西洋の、しかも森の中で鳴らすには明らかに不釣合いなメロディだったが、翔は黙ってそれを閉じた。マキナはそれに合わせて森の木の影に姿を隠し、身の安全を確保する。

『Gunner!Ready……Action!』

 クラッパーフォンがその音声と共に無数のフィルムとなって翔の体を包み込む。ニーズホッグは無数のフィルムに包まれている翔に襲いかかる。その大きな口は人間一人なら軽く飲み込んでしまえそうな程大きい。しかし、いきなり翔の立っている方からニーズホッグの口にめがけて鉛弾が何発も叩き込まれた。ニーズホッグは仰け反り、翔から距離を取って様子を見る。そして、翔の体を包み込んでいたフィルムが翔の体を覆う新たな鎧を作り終えた。その姿はコートを纏った海賊のような鎧で、手にしている武器も海賊が持っている拳銃が2丁だった。その内の1丁の銃口がニーズホッグが立っている方に向けられていて、煙を吹いている。

「騎士の次は海賊か……。陸の上なんだからせめて山賊か盗賊が良かったな」

 ニーズホッグは地面を這いずり回り、翔との間合いを詰める。ニーズホッグのスピードはその巨体に反して早く、油断していると避ける隙も与えて貰えそうにないほどである。翔は2丁の拳銃を構え直すと、ニーズホッグが迫ってくる前に飛び退いてありったけの銃弾を撃ち込む。しかしニーズホッグの体は大きく、3メートル近くある巨体にいくら銃弾を撃ち込んでもニーズホッグが怯む気配はない。翔が着地すると同時にニーズホッグはムカデのような足で周囲の木々をなぎ倒しながら方向転換をすると、再び翔へ向かって突進してくる。翔は今度はニーズホッグの突進をかわさずにニーズホッグの口を狙う。そしてニーズホッグが翔の眼前まで迫った時、翔を食らうべく口を開けた。翔はその瞬間を逃すはずもなく、ニーズホッグの口内めがけてあっりったけの弾を撃ち込む。通常、大航海時代の海賊が使っていた銃は、拳銃のように連射することはできないし、ましてや2丁拳銃で運用するようなものではない。しかし、翔の2丁拳銃の火を吹く速度は通常の2丁拳銃の速度よりも遥かに早く、マシンガンが火を吹くのと同等レベルにまで達している。弾切れを見せる気配も見えず、文字通り弾丸の雨がニーズホッグを襲う。ニーズホッグは慌てて口を閉じ、翔から距離をとる。翔は腰の革ベルトに設けられた2つのホルスターに拳銃をしまい、ニーズホッグがなぎ倒していない木の上に隠れる。

(ここは作戦を考えた方がいいな。あんな危ない方法でしかダメージが通らないとなると下手に出ていくわけにもいかねえし……)

翔があれこれと考えている時、ニーズホッグは翔がいる木の周辺をウロウロし始めていた。翔は木の上に乗っている以上、木をなぎ倒されてしまえばその衝撃で一切の行動ができなくなってしまう。拳銃には剣と違って居合切りのような技はない。翔は木の上に逃げたつもりが追い詰められていたと焦ったが、ニーズホッグは木の回りをウロウロしているだけで、あれほど素早かった動きが嘘のように、なにかを探しているかのように鈍くなっている。

「翔!ニーズホッグは目が見えてないみたい!音でアイツを上手く誘導して!」

 木の影に隠れていたマキナが木の上の翔に向かって叫ぶ。ニーズホッグがそれに気づき、一気にスピードを上げてマキナの方へと一気に向かう。翔は慌てて木から飛び降り、拳銃を引き抜いてニーズホッグに向けて乱射する。ダメージは通らなくても、ニーズホッグの注意が引ければそれでよかった。しかしニーズホッグの鱗はそれを弾き、マキナに向けて一直線に進んでいる。マキナはニーズホッグの追跡から逃れようとしているが、マキナ自身が走るのに適した格好ではないため、あまり速く走れていない。このままでは確実に追いつかれてしまうのは目に見えて分かった。

 翔は拳銃をしまってマキナに向かって走る。ニーズホッグはご丁寧にもマキナが通った道をなぞるようにして走っているので、マキナが走るルートをある程度予測すればニーズホッグより速くマキナを助け出すことができる。しかしニーズホッグの速度も早いため、悠長にしている暇はない。

(頼むから間に合ってくれよ……)

 翔は走るが、ニーズホッグの速度も早く、翔の中に焦りが生まれる。そして、ニーズホッグがマキナを食らう寸前でやっとのことでマキナに追いつき、マキナを右腕で抱えて跳び、左腕で近くの木の幹を掴んでニーズホッグをやり過ごす。ニーズホッグはマキナを食べそこねたと知ると、再び周囲をウロウロして得物を再び探し始めた。翔は音を立てないようにゆっくりと木から降りて抱えていたマキナを下ろす。下が草であるため、慎重に降りなければその時の着地音で勘付かれてしまう。

 翔の腕から離れたマキナは目配せをして何かの在処を示そうとしていた。翔がマキナが示している方向を見ると、木々の少ない少し開けた場所に、太陽光をスポットライトのように浴びている2メートル弱の、巨大な岩が転がっていた。それは少しながら形が整っていたような形跡が見られ、岩というより石レンガの残骸という方が正しいように見えた。翔は石レンガの残骸を見て、マキナが言おうとしていることが何となく分かった。ニーズホッグはこちらの動きに気付いておらず、ノロノロと動き回っている。翔は足音を立てないように慎重に石レンガまで歩く。石レンガまでの距離は推定でも5メートルはある。足元にはニーズホッグになぎ倒された木やそれに伴って落ちてきた木の枝があるため、油断しているとすぐに物音が立ってこちらの目論見が失敗してしまう。抜き足差し足忍び足で進み、やっとの思いで石レンガの残骸まで辿り着く事ができた。そして翔はゆっくりと腰のホルスターから拳銃を引き抜き、ニーズホッグめがけて乱射する。銃の発砲音と弾の感覚に気付いたニーズホッグは吠えると同時に翔めがけて一直線に向かってきている。翔はニーズホッグがこっちに向かってきているのにも関わらず、ニーズホッグが翔の目前まで迫ってくるのを待っていた。ニーズホッグが翔の目前まで迫ってきた時、翔はそれを間一髪のタイミングで回避し、ニーズホッグは猛スピードで石レンガの残骸に正面から激突した。

 ニーズホッグは何が起こったのか分からないと言った様子でうろたえていて、ぶつかった衝撃で固かった歯も折れているか、ヒビが割れているのどちらかである。マキナが狙っていたのはこれだったのだ。目の見えないニーズホッグの弱点である動かないものは感じ取れないという点を付いて、非常に硬い石レンガに激突させて大ダメージを与えるという作戦は見事にうまくいった。翔はニーズホッグが再び動き出す前に拳銃を引きぬき、ニーズホッグの真正面に移動して飛び上がる。そしてそのままニーズホッグの口内に飛び込み、自分の体をつっかえ棒のようにしてニーズホッグが口を閉じて逃げるのを防ぐ。

「フィナーレだ」

 翔は即席で考えた決め台詞と共に、ニーズホッグの喉の奥に狙いを定めて引き金を引く。ニーズホッグの頭のサイズからして、そこにニーズホッグの脳があると考えるのが妥当な位置である。翔はありったけの弾丸をそこら辺に撃ちこむ。ニーズホッグの皮は厚く、弾丸を一発撃ち込んだ程度では破れる気配がない。そして弾丸が命中する度に喉の奥から鼓膜を破るようなニーズホッグの苦悶の声が聞こえ、何度も振り落とされそうになるが、翔は攻撃の手を緩めることはない。そして翔の弾丸がニーズホッグの頭を貫き、脳を撃ちぬかれたニーズホッグは地面に倒れこみ、無数のフィルムの塊となって霧散した。翔はニーズホッグが倒れる直前にニーズホッグの口から飛び降りて着地していた。

「ふぅ~。終わったな」

『Cut!』

 翔の体を覆っていた鎧や拳銃が元のクラッパーフォンに戻り、翔の手に収まった。それと同時に翔の疲労感も抜け、開放感に包まれた。マキナもニーズホッグが倒されたのを見計らって、木々の影から姿を現した。

「お疲れ様。ニーズホッグが前の見える奴だったら作戦だったわね。この石レンガは多分デウスの城の一部が飛んできたものだと思う。これまで結構な人数があそこでデウスと戦ってるし、戦いの余波がここまで及んでても不思議じゃないわね。ここにニーズホッグを置いたのも弱いやつを間引くつもりなのね」

 マキナは石レンガの残骸を見ながらそう言った。ニーズホッグがぶつかった衝撃で石レンガの残骸はヒビが入っていて、すぐにも崩れてしまいそうである。

「さて、行きましょ。デウスが他に警備用のモンスターを配置してないとも限らないわ。下手に体力を消耗するわけにも行かないしね」

 デウスの城を目指して、2人は歩き出した。この映画の世界から出る鍵となっている魔王デウスは、この森を抜けて、小高い山を登ればすぐにでも会える。翔は自分の中に緊張が走るのを感じた。森が奥の方へ続くに連れて、木の密度が濃くなっていき、最終的には、森というより樹海というレベルに達している。

「成る程。確かにここならあのニーズホッグが適任ね。これだけ視界が悪いなら、音に敏感なモンスターが大活躍できそうね」

 森の奥を進む2人ははぐれないようにと手を繋いで歩いている。翔は少し抵抗を覚えたが、マキナとはぐれてしまえば本当にここから出られなくなる。翔はそうは思いつつも、女子と手をつなぐという慣れない感覚に少し戸惑いを覚えるのだった。

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