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薄れる意識の中で

此処は何処なのだろう……。


口には太い何かが入れられ、私は横たわっている。病院のベッドだろう。

目を開けようとする。しかし開ける事ができない。

意識はあるはず。けれど、手も足も動かす事ができずに、ただ横たわっているだけだ。


機械の音だろうか。酷く耳に響く……。


ああそうか。私は入院したのか。

記憶を辿るがはっきりとは思い出せない。


私はどうなってしまったのだろう……。



「先生! 母はどうなるのでしょうか? 意識は戻りますか⁈」


「難しいです……。 どうなるかは分かりません……」


次女の声がした。私の手をギュっと握り涙声で医師と会話をしている。

長女も居るらしく、私の手を握り耳元で話しかけていた。


私は二人の娘の手を握り返す事も、返事を返す事もできず、ただ目を閉じ、息をしていた。

胸に広がるのは言いようのない恐怖と不安……。

頭に浮かぶのは身の上におこるであろう、これからの事。

私は小さな覚悟を決めた……。


岡野佐都、六九歳の春。


十五年前に夫を亡くしたが、有難い事に不自由なく暮らして来た。

長女の咲佐と、次女の咲希は互いにバツイチで、咲希には子供が二人いる。


娘達は近くにマンションを借り、私は一人暮らしている。

持病はあるものの、上手く付き合ってきたし、今度の入院もこんな事になるはずではなかった。直ぐに退院できると思っていたのに……。

悔しいやら情けないやら。

どうする事もできない……。



関東地方の田舎町で生を受けた私。

四人兄弟の三番目。

兄と姉、弟と伸び伸び育ってきた。


二十歳を機に私は都会での就職を決めた。

兄が既に家を出ていた為、私も都会に憧れを抱いた。


家を出る日、祖母が寂しげに私の手を握り

「佐都……。 遠くへ行くんだね……」

静かに呟いた。


「ばあちゃん、 大丈夫だって。電車で直ぐだし、 たまに会いに来るよ」


涙が一粒頬を濡らす。


私は振り返る事なく、生まれた家を後にした……。


都会での生活は兄との生活だったが楽しく、仕事も順調。都会を満喫する事ができ、思えば私の中で輝いていた日々だったのかも知れない。

会社の人に恋をし、食事に行ったり、満ち足りていたのだ。


結局恋は恋で終わったけれど、何も後悔などなかった。


たまに実家に帰っては祖母と話をしたり、母の側を付いて回ったり、まだまだ甘えていた。

そんな私に偶然の出会いが巡ってきたのは、都会に出て一年を過ぎた頃だろうか。


本当に偶然の出会い、今で言うナンパと言えようか。

ある田舎町に住む友人に会いに出かけた先で、一人の男性と出会った。

その男性は私が友人に電話をすべく公衆電話とかくとうしている時、不意に話しかけてきた。


「その電話、壊れてますよ。 あっちのを使った方がいい」


「あ、 え? ありがとうございます……」


それだけのやり取りだけの筈だった。

しかしその男性は私に電話番号を尋ねてきたのだ。


男性免疫の余りない私は、迂闊にも番号を教えてしまった。兄と暮らすアパートの電話番号を……。


それが夫との出会いだったなんて……。

運命とは分からない。


その場はそれ切りだったが、後日本当に電話がかかってきたのには、驚いた。


彼はまだ大学四年生で、都会に嫁いだ叔母の家に居候をしているらしく……。

変な歳下に捕まってしまった。

私の正直な感想だった……。


たまたま帰省したところで、私を見初めたらしい。


けれどまあ、お付き合いをしている人も居ないし、見た感じはっきりとした顔立ちもしているし……。軽い感じで始まった私と夫の関係。

まさか苦労の連日になるとは、勿論考えず。


数年後、私達は結婚した。


程なくして長女を出産。毎日が慌ただしく過ぎていき、思い通りにならない日々に嫌気すら感じ始めた。

夫は仕事人間で、余り家に帰らず、ほぼ一人で子育てをする。


「子育ては楽じゃないよ。 お父ちゃんだって協力なんてしなかった。 でも母親になったんだ。しっかりしなさい」


実家に帰る度、母に言われたっけ。


ああ、お母ちゃん……。あの世に逝ったら会えるかな?


懐かしい日々を私はじっと思い出していた。


そう言えば……。母が病気を患い、日に日に弱っていく中 「お母ちゃん、 行かないで」


精一杯涙を堪え、手を握りそう呟いたっけ。

今私の手を握る娘達の手を握り返そうと力をこめてみるが、ビクリともしない……。

もどかしさだけが胸に響く。


この子達もあの頃の私と同じ気持ちなのだろうか。込み上げるものが涙に代わる筈なのに、涙さえ出ないのか……。


耳に囁かれる言葉に頷きたい。この手を握り返したい。「大丈夫だよ」そう言ってやれたら……。「ママは聴こえているよ」


動かない身体が恨めしい。ぼんやりする意識の中で何度もそう思った。

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