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ポンコツヒロインシリーズ

魔王軍に保父として再就職します。

作者: 紫音

……これはどうしたら良いんだろう?


俺、『如月空』は目の前の光景に困惑していた。


目の前には美少女と言っても過言ではない少女……ただし、背中と周辺には泣きじゃくっている赤ん坊が多数。


……俺、魔王討伐に来たんだよな?


良く考えれば……いや、良く考えなくても最初からおかしかった。

いきなり、異世界に召喚されたと思ったら、ヒノキの棒といくばくかのお金を渡されて魔王討伐してくるようにこの世界に放り出された。


どこの中二病の妄想だよと思いながらも、何とか旅を続けた。

多くの人を助け、多くの人に助けて貰い、たどり着いたはずの魔王城だった。


しかし、門前に立つと門には大きく『御用の方はこのベルを鳴らしてください』の文字があり、門を開く事ができなかったため、罠と疑いながらもそのベルを鳴らした。


しばらく待たされた俺の前に現れたのは正装をびしっと決めた老紳士であり、老紳士の案内で魔王城の謁見の間に通されたのだが……


この状況は魔王城の謁見の間と言うよりは完全に託児所である。


「……お嬢様、人間の勇者様がおいでです」

「ま、待って!? な、泣かないで、サスケも手伝ってよ!? 後、いつまでもお嬢様って言わない。この間から、私がお父さんの後を継いで魔王になったって言っているでしょ!!」

「申し訳ございません。魔王様、しかし、魔王様も知っています通り、私は十数年前から子供が苦手な物で」

「……それに関して言えば、反省はしています。泣かないで!? お昼寝の時間なんだから大人しく眠ってよ」


……この少女が魔王? 嘘だろ?


戸惑っている俺の様子に老紳士は少女へと声をかけるが少女は泣いている赤ん坊の世話で忙しいようでこちらの相手をできそうにはない。


て、手伝った方が良いのか?


幸いと言って良いのかわからないが、俺には小さな甥っ子がいたせいかよく遊んでいた事もあり、なんとなく、赤ん坊の相手はわかる。

けど……目の前にいるのは話を信じる限り、魔王なんだよな。

……見えないけど。


少女と老紳士は少し言い合いをしていたが、少女は完全に言い負かされてしまったようで老紳士は俺に頭を下げた後、謁見の間を出て行ってしまう。


「ど、どうしよう……あ、あの」

「とりあえず、手伝います」


一人にされてどうしようも無くなったようで少女は完全に涙目であり、彼女を見捨てるのも気が引ける事や彼女が本当に魔王であるか確認するのはまず、彼女に話を聞かなければいけないため、赤ん坊達を寝かしつける協力をする。


「す、すごいね」

「いや、そうでもないけど」

「そんな事ないよ……あ、あの、手伝って貰っていて今更、聞くのは何なんだけど、どちら様でしょうか?」


何とか、赤ん坊達が眠ってくれたため、ほっと胸をなで下ろしていると少女は頭を下げた後、気まずそうに俺の名前を尋ねてくる。


「……魔王様、お聞きになられていなかったのですか? 異世界の日本と言う国から召喚された勇者様です」

「えーと、ここで名乗るのもどうかと思うんですけど、如月空です」

「キサラギソラさん? 変わったお名前ですね」

「魔王様、キサラギとソラで分けなければいけません。後は彼の住んでいた場所ではソラが名前です」


赤ん坊が昼寝を始めた事をまるで見計らったかのように老紳士が紅茶を運んでくる。

彼は謁見の間には不釣り合いなテーブル……赤ん坊が寝ている時点で不釣り合いもないか。

テーブルとイスを並べながら、俺の事を再び、魔王らしき少女に向かって説明する。


……この人、どうして、俺の事をここまで詳しく知っているんだろう? それにこの子、本当に魔王なのか?


老紳士の言葉に疑問を覚えるが、一先ずは名乗って見る。

少女は赤ん坊達の相手がよほど疲れたようで用意された紅茶とお茶菓子に飛びついており、話しもあまり耳に入っていないように見える。


「ソラさん、一緒に休憩しよう。疲れたでしょ」

「……むしろ、今の状況に疲れていますよ」

「お食事も用意しましょうか?」


すでに彼女の中では俺は勇者ではなく、ただの子育てと言う戦場をともに駆け抜けた友であり、その様子に俺はどうして良いのかわからずに老紳士へと視線を向ける。

しかし、彼は何事もなかったかのように少女の側に立っており、彼がこの状況を楽しんでいる事が見てわかった。

ため息と同時に腹の虫がなってしまい、老紳士はくすりと笑うと頭を下げた後、謁見の間を出て行ってしまう。


「えーと」

「そうだったね。私が名乗ってなかったよね。私は先日、お父様から魔王の職を継ぎましたセフィリア=シェイドです。みんなはセフィって呼ぶけど、私にも立場があるんだから困るよね?」

「……困っているのは正直、俺なんだけど」


少女は本当に魔王のようであるが、魔王を継いだばかりのようで周囲の者達が命令に従ってくれない事を不満に思っていると口を尖らせる。

その様子から彼女の頭からは俺が魔王討伐にきた勇者と言う事はすでに無いように見えた。


「……あのさ。先日、魔王を継いだって言う事はお父さんはどうしたの? 引退?」

「過労死」


……か、過労? 魔王も過労死するのか?

魔王の仕事ってブラックなのか?

サービス残業ありありじゃないか。

いや、召喚されて昼夜問わずに魔族討伐をさせられている勇者も変わらないか。


「最近は人間達が盟約を破って魔族の領地に入ってくるから、大変なんです。盟約を破るなと使者を出しても話も聞いてくれないみたいで追い返されてしまって」

「……人間と盟約?」

「はい。魔族の方が人間より、身体が頑丈だから、厳しい環境でも生きて行けますから、魔族は開拓を進めながら領地を広げて行ったんですけど、最近の人間達は金が出た、宝石が出たと言って私達が広げた領地を奪うように進んでくるんです。そのため、追い出された魔族の住む土地を新しく提供したり、上がってくる不満をなだめたりと仕事が増えてしまって、お父様も真面目な方だったので眠る時間を割いてしまって、それでぽっくりと」


盟約が有ったのに破って、話しも聞かずに使者を追い返す? ……あれ? 悪者、人間じゃね?


若い魔王の話を聞く限り、魔族の生活を脅かしているのは人間の方であり、俺はどうして良いのかわからずに眉間に深いしわが寄る。

良く考えれば、俺がここまでくる間に助けた多くの人々の話を思い出すと元々、魔族の土地だった場所が多かった気がする。

そう考えると俺は魔族から見たら、悪の手先?


「立場や視点が変われば、見えてくる物は変わってきますからね」

「……あの」

「佐助です。日本からこの世界に召喚されて五十年になります。空殿がいつの時代から呼び出されたかはわかりませんが江戸時代と呼ばれる時代になったと言う話は聞いています」


俺の考えがまとまらない間にいつの間にか老紳士が二人分の食事を運んできている。

彼は気配など感づかせないほどの手練れである事はわかる。

魔王に合ってしまい、どこかで魔王討伐はどうでも良くなってきている俺に対して、老紳士はやんわりと笑いながら更なる爆弾発言をする。


「日本人? え、江戸時代? ……冗談ではないですよね」

「残念ながら冗談ではございません」

「魔王討伐はしてないの?」

「真実を聞けば、魔王討伐などする必要がない事はわかりました。それは空さんも理解しているでしょう」


老紳士は日本人だと名乗るだけではなく、俺と同じ疑問を抱いて魔族討伐を投げ出してしまったと言う。


……もう何が何だか、わからないんですけど。


すでに頭の処理能力は追いついておらず、眉間に深いしわがよるがテーブルに並べられて行く食事の匂いにお腹の虫が悲鳴を上げてしまう。


「食べないの?」

「……いただきます」


腹の虫の音に魔王はくすくすと笑うがすでに彼女は食事を頬張っている。


……自由な女の子だなと思いながらも、空腹には逆らえずに食事を口に運ぼうとするが、もしかして罠ではないかと言うのが頭をよぎった。


「毒など入っていませんよ。それにこの世界で用意できる毒は我々には効果がありませんから」

「ですね……美味しいです。なんか、ほっとする」


老紳士の話を信じれば、彼は五十年前にこの世界に召喚された元勇者である。

何より、この世界の人間や魔族に付いての知識は俺なんかより、確実にこの世界の事を知っている。

同郷だからと言って、すべてを信じるわけにはいかないけど、食事には毒は入っていなさそうで一気に頬張ると口の中には日本を思い出させるような味が広がった。


「私もこの世界に来て、だいぶ経ちますからね。呼び出される人間がいつの時代に生きていたかもバラバラのようですし」

「あの」

「残念ながら、日本に戻る術は見つかっていません。呼び出されて使い捨てにするのがこの世界の人間の手法なので私達以外にも召喚された者達はいますから」

「そうなんですか? あの、その人達は?」

「様々です。魔王討伐をして魔族を更なる厳しい環境に追い込んだ後、人族に殺されてしまったり、私のように魔族側に居座ったりと」


なんとなく、老紳士を疑う気にはなれず、他にも召喚された人達の事が気になって聞いてみるが、正直、聞かなければ良かったかなと思う言葉もあった。


……日本には帰れないか?

正直、どこか諦めていたところはあるけど、真実を突きつけられると堪えるな。


食事を頬張りながら、この先の事を考えようとするが簡単に考えがまとまるわけはない。

それに話を聞く限りだとこれ以上、勇者を語って魔族と戦っているわけにも行かない。

戦った魔族から見れば、俺は完全に敵なのだから。


「魔族を殺してしまったからと気に病む必要はないよ。私達、寿命じゃないと蘇生魔法で生き返る事ができるから」

「……それじゃあ、お父さんは?」

「周りが心配したから、お母さんと一緒に温泉で休養中。私が魔王を継いだって言ったけど、正確には魔王代理ね」

「そうなのか」


真実を知り、魔族を殺してしまった事に罪悪感を覚えていたのだが、魔族は簡単に生き返ると聞かされる。

反応に困るのだが、魔王代理である彼女はまったく気にしておらず、悩むのがバカらしくなってきてしまうが簡単に気分が晴れる気はしない。


「気にする必要はありませんよ。殺された方達もあまり気にしていませんし」

「ですけど」

「気にしているなら、私の事を手伝ってよ……主に子供の世話を」


老紳士は心配などする必要はないと笑ってくれるが、簡単に割り切れるわけはない。

俺が困り顔をしていると赤ん坊の一人が起きたようで泣き出し、その声で他の赤ん坊も起きてしまい、謁見の間は再び、赤ん坊の泣き声が響き渡った。


彼女はげんなりとした表情をするが、赤ん坊を泣かせているわけにも行かないと席を立つ。


「あの、気になっていたんですけど」

「あの子供達はこの城に仕える者達の子供です。お嬢様のお子さんではありませんので心配しないでください」

「……おかしな事を言わないでください」


謁見の間で預かっている子供達の事が気になってしまうと老紳士は楽しそうに口元を緩ませる。

その言葉にため息が漏れるが赤ん坊達の世話をする彼女の様子に少しだけ見とれていた。


「この世界に残るしかないのですから、いろいろと頑張ってください。私はこの辺で失礼しますので」

「ちょっと!? ……とりあえず、手伝うか?」


その姿はしっかりと老紳士に見られており、含み笑いを浮かべた後、謁見の間を出て行ってしまう。

おかしな事を言われて声を上げるが見とれていた自覚はある事や強く否定する事でさらに疑惑を強められては困るため、何事もなかったかのように赤ん坊の世話を手伝おうと立ち上がる。


「ありがとう。ソラさん、凄く助かるよ」

「……いや、気にしなくて良いよ。俺が戦った人が生き返ったと聞いても、いろいろと思う事があるから、あの、それとさ。俺、行く場所がなくなったみたいなんだけど、子供達の面倒を見る仕事で良いから、雇ってくれないかな?」

「もちろん、これから、よろしくね。ソラさん」

「こちらこそ。よろしくお願いします。魔王様」


彼女は俺が手伝ってくれるのを見て本当に嬉しそうに笑ってくれる。

その笑顔にもう言い訳などできないくらいに胸の奥が熱くなってしまう。

正直、自分がこんなにも惚れっぽいと思ってはいなかったけど、好きになってしまった物は仕方ない。


……そうだよね?









「……女の尻を追いかけて主君を変えるなど、いつの時代の男も変わりませんな」


本当のこの老紳士は何者なんだろう?



「そう言えば、佐助さんって何者?」

「良くわからないけど、前に聞いたら、昔は忍者だったって言っていたよ。よくわからないけど情報収集とかするのが得意な人なんだよね」


……忍者? 嘘かどうかわからないけど、本当に忍者っぽいよな。あの人?


江戸時代頃の忍者で佐助? あれ。なんか引っかかる?


「……それ以上の追及はご遠慮願いたい」

「……御意」


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[一言] 割と面白いな~と読んでいたら死因:過労死でツボにはまり呼吸困難になりました。 あとセフィちゃん可愛いです!
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