07
勲章、爵位及び氏という物凄い褒章を陛下より直々に賜ってしまった翌日。
十日振りに学習院に登校すると、いち早く出迎えてくれたのは王太子アルフレッドだった。いつもと変わりなくキラキラしい。眩しい上畏れ多いのでどっか行ってくれないだろうか。
「聞いたよ、活躍したらしいね。陞爵おめでとう。勲章も、とてもよく似合っているよ。宝玉の色がが君の瞳と合っている」
ほう。つまり私の目はやはり血のようであると。勲章に使われているのはピジョンブラッド・ルビー。自分でも自分の虹彩の色にそっくりだとは思うけれども。
「カルディアと呼んでくれと言っていたけれど、どうしようか。氏も賜ったんでしょう?」
「カルディアで構いません。こうなったら、学習院ではカルディア・エインシュバルクとでも名乗る事にしますから。エリザと呼ばれるよりは騎士服に似合っている事でしょう」
ドーヴァダイン大公がテュール大公とは呼ばれないように、もしも氏を賜ったならば氏名と爵位で呼ばれるのが普通である。
今更の話、私はエリザという名前が嫌いだ。この名前、非常に胸糞悪い由来があるのだ。クソ親父が近親相姦によって孕ませ、それによって自殺してしまった長女の名前であったという、思い出すのも悍ましい由来である。
それを知ってか知らずか、学習院で最も喰えない男アルフレッド王太子はにっこりと、ますますそのキラキラを激しく煌めかせた。
うおっ眩し、とでも言えばいいのか、言えば。
学習院での勉強は基本的に教養科目である。
が、第一級クラスとなればほぼ実践に直結する、いわばマクロ経済学のようなものだったり、心理学のようなものだったりとその専門性が深まる。
……今頃になって思ったのだが、テレジア侯爵はいつ代理領主を辞しても問題無い様、私に物凄い勢いで必要な事を詰め込んだのではないだろうか。
まだ十三歳の筈なのに、授業の内容は前世で言うところの大学のそれだ。王太子ですら苦戦するそれを、実のところ私は復習感覚で行っている。
まあ、前世の記憶がある時点で勉強を素直に受け入れる精神年齢、それに前世で学んだ事など、勉学に関しては他の子供と比べ一日の長がある事は確かだ。
チートと呼ぶなら呼ぶがいい。特殊能力なんて一つも無いがな。
「流石、活躍目覚ましい伯爵様はこんな勉強余裕らしいね」
「優秀なんだろ。じゃなきゃ残虐なる好血伯爵が貴族を続けているわけがない」
そしてグレイス・エリックの二人は相変わらず嫌味を吐くのを止めない。
よくよく観察していると、こいつらは王太子以外には常に毒を吐いている。もしかすると彼等は普通に喋っているつもりなのかもしれない。
どんなツンデレの亜種なのか。
大変うざったいが、王太子は私とこれらが仲良くするのをご希望である為、無視する事も反撃も出来ない。
「高名なテレジア侯爵に直々にご指導頂いたのでね。今日の内容は、十に成る前にはやったかな」
「ふーん」
だがしかし、この通り、嫌味に自慢で返すとこの二人は途端に機嫌が悪くなる。そうするとおざなりな返事を返して何処かへ行くのがパターンであることは既に学習済みだ。
先に嫌味たらしい事を言いながら絡みだすのは二人なので、王太子もこれに関しては何も言ってこない。
今回も不貞腐れたように去っていく二人に視線もやらずにいると、するりとした身のこなしで総帥の孫が視界に入り込んでくるのもパターンのうちだ。
「いつも悪い……」
「君の謝ることじゃないだろう、ローレンツォレル男爵」
気にしていない、と私の返事もパターン化している。このやり取りもそろそろ二十回くらいはしただろうか。
だが、いつもは軽く会釈をして二人を追う筈の総帥の孫が、何故だが今回は去ろうとしない。
「……他に、何か?」
「ジークハルトでいい。アルフレッドにああ言われている事だし、その呼び方、堅苦し過ぎるだろう」
俺はカルディアと呼ばせてもらってる、と彼は続ける。心の中じゃ総帥の孫とか呼んでるのだが、ふうん、そんなものか。
「なら次からジークハルトと呼ぶ。以上か?」
「いや、用事がある。今日の午後からの剣の訓練、組んでくれないか」
「構わないが、なぜ私が……」
入学以来初めて行われる剣の訓練である。女子は見学なのだが、爵位持ちと男子生徒は必須参加なので当然私も参加しなければならない。
二人組での授業の参加が定められているとはいえ、こいつは王太子と組むとばかり思っていた私にとっては寝耳に水だ。
「……アルフレッドは公務で午後からの授業は欠席なんだ」
「それは残念だな。では、授業五分前に闘技場の前で会おう」
言う事は言ったと思って視線を外したが、総帥の孫はまだ何か言いたそうにこちらを見ていた。まだ何かようがあるのか。あるなら言えばいいものを。
「……後は何だ?」
ついつい溜息混じりになってしまった。
「あ、……いや。勿体無いなと……思って」
「要領を得ないな。何がだ?」
常ははきはきと喋る総帥の孫にしては珍しく、もごもごいう姿に自然と眉根が寄ってしまう。双子に感化されて嫌味でも言う腹積もりか、今日は一体何なんだ。
「……いや、何でもない」
言うなり、渋い顔で総帥の孫は去っていった。会話の後に前を辞する一言も無く去っていくのも、武官貴族の子息らしく礼儀正しい総帥の孫にしては珍しい事だ。
私の親の悪評でも誰かから吹き込まれたか、それとも串刺し死体の話でも聞いたか。
それならはっきり批判なり罵倒なりすればいいのに。クラスメイトの目と耳のあるここでは言いづらい、と言うなら人の居ないところでも行ってやる。何を言われようが痛くも痒くもないのでね。