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06

 戦の後始末を終え、漸く王都の自宅に戻って来た。

 自宅というのは、学習院の敷地内に存在している寮である。私は伯爵位を持っている事もあり、一棟の屋敷を丸ごと与えられているのだが、寮は寮でありそれ以外の何物でもない。


 隣国リンダールの再侵攻に対し使った作戦は思った以上に上手く行った。相手軍から罵られた通り人道にもとる策だったのは言われなくても自覚している。

 自軍、特に軍属でない民達の精神状態に影響がないかだけが心配だったが、何度も何度も侵略してくるリンダールには領地を荒らされた恨み辛みが行軍させていた農民にまで染み渡っていたらしい。奴らは蛮族、奴らは理性無き獣と激しく罵り力強く弓を放っていた。

 勿論総大将のローレンツォレル下級侯爵の高い人心掌握術も発揮されていた。あれ程の残虐な見せしめをして尚、士気を上げるなど只者ではないと思う。


 ただ、それが理由で──私はこれから登城して陛下に謁見しなければならないらしい。陛下に謁見って。それはどうやら私にとっては現実離れした事態のようであり、実感はわかなければ頭も上手く働かない。とりあえず何すればいいのやら。身支度か。

 身支度……。

 ドレスを着ればいいのか、それとも騎士服を着たほうがいいのか。迷ったのは現実逃避に近い。何故なら陛下の御前に出ても問題ないようなドレスなど、この寮にあるクローゼットの中には存在しないからだ。




 髪をポニーテールにきっちり結い上げて、黒いベルベット地に真紅の彩りの入った最高位の騎士服を着た。考えても他に装える服は無いので。

 普段私が学習院で着ているのものは騎士の中でも士官と呼ばれる中位の騎士が正装として着用するものである。今着ているものは騎士の中で一番上の地位である騎士長の正装だ。これにはマントがつく。

 普通の夜会等であれば、士官長、つまり士官達を纏める地位のものの正装騎士服を着用するのだが。


 深緋色のマントを翻した私はまだ身体に丸みがない。その為男物の服を着ようがあまり違和感はないものの、黒尽くめの男装……。悪役令嬢どころか、ファンタジーに当て嵌めるなら魔王役の方が近いかもしれない。串刺し伯爵って渾名はつくだろうかつかないだろうか。


 登城した私を迎えてくれたのは、後見人のテレジア侯爵だった。


「久しいですな、エリザ殿」


「テレジア侯、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」


 いや、元気なのは戦に行く前の貴族院でお見掛けした時に確認してはいるが。

 おじいちゃんことテレジア侯爵は私の着ている騎士服を見て、ぎゅっと顔をしかめた。何となくそれは、笑いを堪えているようにも見えた。

 学習院で定められた礼装であるとはいえ、流石に陛下に謁見するには失礼だっただろうか。


「やはりドレスの方が良かったでしょうか……」


「否、学習院で定められているのであればそれでよろしい。心配せずとも似合っておる。エリザ殿が男であれば、尚良しであったのだがな」


 それは、やっぱり似合ってないのではなかろうか。


 テレジア侯爵に連れられて生まれて初めて入室した王城の謁見の間は、恐ろしく縦にも横にも広い空間だった。

 前世で言うところのゴシック様式に似た細く尖るアーチ状の壁は百を超えて連なり、高さは建物五階建てくらいの分をぶち抜いているだろう。

 職人の粋を極めたのであろう装飾と、この世界の他の何処にも無いだろうと断言できる薄いガラスで作られた大きな格子窓、部屋のそこかしこを涼やかに彩る水の流れが華やかさと荘厳さを損なうことなく謁見者を圧倒する。

 その最奥に鎮座する国王陛下は、この部屋の雰囲気に呑まれずにいるだけで威厳を保つ事が出来る。身を持ってそれを実感したのて間違いない。


「よく勝利を携えて戻った、カルディア下級女伯よ。面を上げよ。此度の戦の褒章を授ける」


 騎士式に片膝をついて跪いたまま背筋と首を伸ばすと、陛下が官を一人従えて玉座からするすると降りてきた。


「まずは、初陣と第二陣で立てたその武勲に対し、栄典として紅珠華(ローゼンローザ)二等勲章を授与する」


 なんだって。紅珠華(ローゼンローザ)の二等勲章……?それって確か、平民が下級伯爵以下の世襲貴族に任命される程の武勲を立てた時に授与される奴じゃなかったか。一等だと上級侯爵以下の爵位を与えられるやつ。この国で上から四番目くらいに凄い勲章だったと思ったが……。


「次に、褒章として上級女伯爵の位と、エインシュバルクの氏、及び報奨金六千万アルクを取らす」


「有り難く賜ります」


 深々と礼をした。礼をしたものの。


 勲章だけで十分すぎると思うのだが、上級伯爵位に、氏名だって……。何かあるのではないかと勘繰るのも仕方ないと思うのだ。

 隣のテレジア侯爵をチラ見しながら謁見の間を辞したが、おじいちゃん、ニッと笑ったままであるため「これどういうことですか」なんて聞ける訳もない。


 さて、氏とは何か。説明しよう、この国において、名と言えば個人、姓といえば血族を表すものであり、氏は家を表す。

 つまり、私の名前で言えばエリザが名でありカルディアは姓である。

 もう二つ例を出して、王太子はアルフレッドが名、テュールが姓、アークシアが氏であり、大公家の嫡子でいえば、グレイスが名、テュールが姓でドーヴァダインが氏となる。

 何故彼等が同じテュールの名前を持つのかといえば、グレイスの父であるドーヴァダイン大公は王弟なので、皆同じ血族としてテュールを名乗っているのだ。


 という訳で私の名前は本日この時よりエリザ・カルディア・エインシュバルクとなる。ついでに私の子々孫々は代々本家に限りなんたら・カルディア・エインシュバルクを名乗ることになった。


 久々に言わせてほしい。

 どうしてこうなった。

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