03
十三歳を迎え、王都の学習院に入学する春の終わりまでにしたことは大きく三つ。
その一、領政を自分の都合の良いように新たに組織する事。
その二、各村に学校を作り、教師役を配置して試験運営を始める事。
その三、魔物の森を暫定的に立入禁止区域に指定することだ。
森に誰も入れぬよう、子爵領の領境を示していた木製の柵を突貫で強化させた。村の連中は入り込まないだろうが、冒険者が薬草の採取などで勝手に入り込むのを防ぐ為だ。
後は効率的な連絡方法などを名主陣および新任教師諸君と話し合って決めたり等して、あっという間に私が王都に旅立つ季節はやってきた。
そうして、目の前に聳える盛大な門構えを見上げて、私は盛大に溜め息をついた。
大変に今更のお話ではあるが。この世界が一体どのようなゲームとして前世で知られていたのか、私はここに来るまでほとんど忘れていた。
町づくりシミュレーションゲームでしたっけ?否、恋愛シミュレーションゲーム、俗に言う乙女ゲーであった筈である。
どうして今更思い出したのかと言えば、話は学習院を舞台に展開されるからだ。ゲームのスタートメニュー後ろに必ず表示される画面、つまりこの学習院の立派な門構えを見て、ああそういえば、と思い至ったのである。
新入生代表として壇上に立った目立つ貴公子殿に、これまた溜息が出た。貴族院の集会に出席した時に何度か見た覚えがある。
王太子アルフレッド……これも今更だが、そういえば攻略キャラクターだったなと思い出す。
麗しの金の御髪と宝石のような青の瞳、王道ってやつですね解ります。自分の長い黒髪と紅色の瞳を思い浮かべて比較してみると、確かに自分が邪悪の権化に見えるほどその色合いは清い物のような気がした。
前世の学校と似たように、この学習院には成績順のクラス分けが存在する。
領地経営の為に一足早く実践的な勉強を開始したからか、或いは前世の記憶の賜物か、私は第一級クラス、つまり最優秀クラスに所属する事になった。
有り難くもない。ここには殆どの攻略キャラクターがいるのである。
新入生代表を務めた王太子アルフレッド・テュール・アークシア、これから生徒会長まで上り詰める予定の大公子息グレイス・テュール・ドーヴァダインとその腹違い、妾腹の生まれの弟エリック・テュール・ドーヴァダイン、戦時に世話になった王直属軍総帥の孫であるジークハルト・ローレンツォレルとこの国の次代を担う人材が目白押しの状態だ。もし賊でも侵入したらばと思うとぞっとする。
「おい、見ろ……あれ、確かカルディア伯爵だ。黒髪に血のような瞳、間違いない」
僅か十二歳、凖成人も迎えぬまま武勲によって伯爵位を賜った私も有名であるらしい。クラスのどこからかざわめきに紛れて、そんな声が幾つか聞こえてきた。
既に爵位と領地を持つ私は、このクラス内では王太子の次に身分が高いこともあって浮いている。
「カルディア伯爵、久方ぶりだね」
柔和な笑みを浮かべた王太子が、取り巻きたちを置いてわざわざ挨拶をしに来たのもそういった事情からだろう。勿論貴族院では声をかけられた事など無いので、お互い顔は知っていても初対面である。
「殿下に置かれましては、ご機嫌麗しく。お声をかけていただき恐悦至極に存じ奉ります」
臣下の礼を取ると、王太子は困り顔を微笑みの中に器用に浮かべた。
「そんなに畏まらないで欲しいな。まだ貴女は私の臣下ではなく陛下の臣下なのだし、何より折角学習院内なのだから。友人として付き合っていきたいのだが、駄目かな?」
「畏れ多いことで御座います。しかし、殿下のお望みのままに」
「ありがとう、カルディア伯爵。ところで、どうして男物を着ているの?」
「学則に爵位持つ生徒は騎士服を着用との事でしたので」
私の服装に戸惑う殿下に、無理もないと自分でも思う。
私が着込んでいるのは、カルディア伯領軍に所属する騎士の着用する制服だ。学習院には制服の規定は無く、普通の貴族の子女達はそれぞれ私服を用意してくる。
特に令嬢であれば、他人の目があるため毎日夜会のように着飾るのがこの学習院での通例となっている。大抵の令嬢達がここで将来の結婚相手を見つける為だ。
だが、王太子の取り巻きたちがそれぞれの軍の騎士服を召しているように、私が自分の伯領軍の騎士服を着ているように、在学時点で爵位をもつ者は自分の家が持つ軍の騎士服を着用する決まりがある。
そうする事で身分あるものと他の生徒を見分けが付くようにするのだ。
余談だが、王太子は王太子で王直属軍の騎士服を着用している。
「……それは、女生徒であっても?」
「女生徒で爵位のある生徒は私が開校以来初めての例であるそうです。五年ほどすれば規定も変わるでしょう」
そんな理由であって、私は在学三年間、男装をする嵌めになっている。学習院の在学中は騎士服が正装なので、貴族院だろうがどこかの夜会だろうがこの格好で行かねばならないからだ。
「ドレスよりは実用的ですから、なかなか気に入っております。服飾にかける無駄な出費が減って嬉しいくらいです。殿下が気にかける必要はございません」
「それならいいんだ。それで、私の友人達を紹介させてくれる?」
「有り難き幸せに存じます」
軽い礼を取ると、王太子はこちらをじっと見守っていた……というか見張っていた取り巻き達を視線だけで呼び寄せた。流石は王太子、人を動かすのを視線だけでやってのけるとは。
「皆、紹介するね。こちらはカルディア下級伯爵。カルディア伯爵、彼等はドーヴァダイン大公家子息のグレイス上級子爵とエリック上級男爵。それから彼はローレンツォレル侯爵家のジークハルト下級男爵だよ」
「ご紹介賜りました、エリザ・カルディアと申します」
「ふーん、武勲で成り上がったと聞いたから、まるで女性のような成りと名で驚いたよ」
「そうだな。騎士服よりも余程ドレスの方がにあうんじゃないか?」
挨拶も返さずにっこりと笑いながら毒を吐いたのはグレイスとエリックである。腹違いの兄弟にも関わらず、双子のようによく似ている。肩下程まで伸ばした赤髪を後ろで一括にし、鬱金色の瞳もまるで鏡合わせのようだ。
そんなことより、私の名前は貴族の子女の中でも有名だが、肝心の私についての情報は殆ど出回っていないようだ。親との交流の無い貴族子息らしいといえばらしいか。
それに、ここで面と向かって私をコケにしようとは、どうにも頭は軽いらしい。ゲームでは優秀だという設定だったと思ったが。
「私も、ドーヴァダイン家は文官の志向だったとは知らなかったよ」
まさか私一人で敵軍に突っ込んで将を討ち取ったと考えていたのかと言葉裏で揶揄すれば、グレイスとエリックは顔を見合わせてもう一度私を見た。
「へえ、頭は回るんだ。見た目にそぐわず脳筋かと思っていた」
「やめろ、グレイス。アルフレッドの顔にそれ以上泥を塗る真似をするな」
幼稚な切り返しを行ったグレイスに鋭い制止の声を上げたのは残る一人、ジークハルトである。短く切り揃えた黒髪に、翡翠の瞳は狼のように野性味を帯びて鋭い。四人の中で最も背が高く、身体付きもしなやかだった。
「申し訳ない、伯爵」
「構わない。どうせ三年すれば私は領地に戻るのだし、中央の貴族の子息が在学中に少しぐらい浮かれていても誰も咎めはしない。」
ふ、余裕を込めてと笑うと大公家の二人は顔を赤くして逆上したが、二人が何か言い出す前に王太子が一つ手を打った。
「『仲良く』なれたみたいで良かった。これから宜しくね、エリザ」
にこやかに笑う王太子が一番食えない。言外に仲良くしろと命令しているあたりが特に。
「殿下、私の名前はエリック殿と似ておりますから、カルディアと呼んでいただければと思います」
「なんだよ、やっぱり女みたいな名前を気にしているのか──痛っ!」
懲りずに揶揄るエリックに、無言でジークハルトが拳骨を落とした。見なかったことにして王太子に視線を戻すと、『友人』の無礼の為にか彼は渋々頷いた。
「はぁ……グレイスとエリックはちょっと話をする必要があるかな」