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「よう、クソガキ。ドレス似合わねえなぁ」


 相変わらず無駄口を叩くのを辞めない奴だ。だが、躾はもう必要無いだろう。

 背後を飾るように廊下の向こうはいつの間にか火の海と化している。いつか王に見せるかもしれないと考え魔法の制御を上げろと訓練を命じてはいたが、拾ってからの短期間でこれほどスキルアップするものなのだろうか?


 予想外の事態に呆然とする王太子とグレイスを尻目に、イグニスは私の目の前までやってきて短刀を差し出した。受け取ったそれでドレスの裾を手早く引き裂き、コルセットの紐を切る。


「指示した事はどうなった?」


「万事恙無く、と言いたい所だが、ちっとばかし予定外の事があったな。クソガキ様の邪魔にはならないみたいだけど」


「そうか。では行こうか」


 重く嵩張るパニエも切り落としてしまえば、随分と楽になる。見るも無残な姿ではあるが、構いはしない。


 が、王太子も何時までも呆けていてくれる訳ではないようだった。ハッとした表情を浮かべたと思ったら、皮肉げな笑みに顔を歪めて腰に佩いたレイピアを抜き、突きつけてくる。


「……っ、やってくれるね、エリザ」


「退け。……まさか自分に刃が向けられないとは思っていないだろうな?殺さずとも地に沈める方法など幾らでもある」


 肩を狙って突き出されたレイピアの切っ先を短剣で絡め取って反らし、踏み込む。刃の擦れる金属音が耳障りなほど高く鳴った。

 肉薄した私に王太子が目を見張る。優雅な王宮剣術ばかりやっていたお坊ちゃんが、ちょっとした脅し程度で剣を振るうのなんざ怖くもない。

 こっちはお前を少なくとも戦闘不能にするつもりで剣を構えているのだ。殺すくらいの気概を持ってくれなくては。


「──っ!!」


 鈍い衝動が短刀の先から手へ伝わってくる。王太子の右肘を内側から貫いた刃を躊躇いもなく離し、その襟首を掴んで渾身の力で引き倒してやった。痛みで力の抜けた体は簡単に床へ沈む。脳を揺らしたからか、王太子は呻き声すら上げずに動きを止めた。


「グレイス、焼け死んだ王太子の魔力で国家心中したくなければマリクとこいつを連れて早くここから出るんだな」


 動けずにいたグレイスに一応声を掛けてやる。脱出までに王太子に死なれても困る。


「……お前っ、自分が何してるのか、分かってるのか!?」


 戸惑いと怒りと憤り。そんな色が、睨みつけてくるグレイスの瞳の中で揺れていた。


「喚いている暇があるのか?」


「黙れよ!お前が逃げれば、数年もすればアークシアは滅ぶかも知れないんだぞ!」


「知るか。子々孫々まで魔封じの部屋とやらに幽閉されて毒飲んでのたうち回ればいいだろう」


 王太子を王に据えなければ、もっと恐ろしい爆弾が生まれるかも知れないだって?そんな事に怯えて、いきなり人一人の人生を踏み潰そうだなんて、よくもそんな巫山戯た事を考えられる。

 王太子が予想よりも私の思考を理解していたのは分かったが、それとこれとは話が別だ。


 イグニスが炎を操り、陽炎の揺らめく道が開く。

 グレイスが邪魔をしないよう火で取り囲んだのは良い判断だと後で褒めてやらないとな。


 燃え盛る炎で無残にも崩壊しつつある廊下を走り、最も近いバルコニーを目指す。幸いにも周りは湖、飛び降りても死にはしない。宮廷で育てられたヴェルメール女王は溺れ死んだかも知れないが。


 湖に突き出すような形の石造りの広いバルコニーは、場内の炎獄が嘘のように静寂を保っている。

 その傍らに、華のように鮮やかな色彩が三つ。


「遅かったですわね」


「──何故ここにいる、レイチェル。王城はどうした?」


「思っていたよりも簡単に事が運びましたの。それにしても酷い格好ですわね」


 場違いな程に優雅に微笑み、レイチェルが手に持ったロングコートを私の肩へと掛ける。


「光栄に思って頂いてよろしくてよ。アークシアの次期王妃が直々にコートを掛けて差し上げたのですから」


「それはそれは。で、何故ここにいる?」


「勿論、貴女を脱出させる為ですわね。まさか本気で湖に飛び込むつもりでしたの?」


 小馬鹿にしたような口調でレイチェルは笑った。どういう事だとイグニスに視線を向けると、「だから、予定外の事があったって言っただろ」と口を尖らせてすねた声を出す。


「レイチェル、いつからイグニスの事を……」


「あら、私の情報網を利用していた方は何方だったかしら?」


「……やっぱ、気づいてなかったか。その女狐だぞ、俺に魔力の制御を叩き込みやがったのは」


 ぼそりと呟くイグニスに、信じられない思いでレイチェルの顔をまじまじと見つめてしまった。レイチェルは貴族令嬢らしく扇で口元を隠し、にやりと笑う。


「そんなに私が魔力を持っている事が不思議でして?」


「……いや」


 魔女という渾名がピッタリだな、と思った事は、言わない方が賢明だろう。


「脱出前にもう一つ聞いておこう。何故ゼファーがここにいる?」


 緊張を孕んだ表情を隠しもせず、銀の髪を風に遊ばせてそこに親友が立っているのは、レイチェルの恐ろしい情報網と違って見逃す事は出来ない。

 王太子に脅されて私から離れていった筈のそいつが、ぎこちなく微笑んだ。

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