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 気色悪い、と思うのをぐっと我慢して、蹴られた部分を押さえて嬉しそうにしているマルクの手を踵で踏みしだく。


「あっそんな!私はショタ専なのに!」


「喧しい。種明かしついでに教えてもらおうか。リンダール側は何を考えている?それから、ゲームのエリザはどうなっていた?幽閉はともかく、死刑もあっただろう」


「ゲ、ゲームはヒロイン視点だからエリザについては明かされなかったよ。多分死刑に見せかけて幽閉とかじゃないかな?」


「リンダールについては?」


 這い蹲る男がゴミのように見えてきた。

 唾棄しそうになるのを堪えて質問の答えを促す。


「えっと……ごめんね。私もあのゲームを完全攻略した訳じゃないし、そもそも隣国の話は出てこなかったと思う。一侯爵の孫であるマルクにはそんな重要な話まで伝わってこないからリンダールについては分からないんだ。嘘じゃないよ。嘘じゃないからもう一回蹴ってもらってもいい?」


「黙れ」


「はい」


 王太子側の事情の馬鹿らしさに吐き気すら覚える。いや、国家焦土化の危機は判るが。

 ただ一つだけ、まだ引っ掛かる点が残る。

 

「……わざわざこれ程までに回りくどい手を使ったのは何故だ?」


 正面切って事情を話されれば、何十万もの人間のためにこの身くらい捧げても良いと思えたかもしれない。わざと追い詰めるような真似をした理由が分からない。


「あー……それは、」


「──それはね、私が貴女を信用していないからだよ」


 突然耳元に王太子の囁きが吹き込まれた。


 思わず飛び退ると、見た事もないほど凄味を笑顔に浮かべた王太子がマルクの頭を勢い良く踏み下ろす。


「ほら、欲しかったんだよね、お仕置き」


 死ぬんじゃないかというような勢いで足を振り下ろす王太子を、恐らくその魔法で連れてきたのであろうグレイスが慌てて止めた。

 成る程、これが本性か。随分と凶悪な一面を隠していたものだ。天使か女神のようだって?冗談言うな。


「……さっき帰ったと思ったらこんな短時間で引き返してくるとは。王太子殿下は余程暇なようだな」


「飼い犬の不始末をつけにね。堅苦しい敬語をやっと辞めてくれて嬉しいよ。それで、カルディア──エリザ。私の身の上の不幸話は、気に入ってもらえたかな?」


「ああ、とても下らないお伽話だったな」 


 ふ、と鼻で笑うと、王太子が片腕を上げた。怒り狂うグレイスへの制止だ。

 悪いがもう遅い。ここまでの真似をしておいて、お前たちの悲劇に同情してやる気は起きない。


「貴女ならそう言うと思った。寧ろそうでなくてはね」


「こんな悪趣味な手を打って、不幸自慢で女を口説いたつもりかな、殿下は」


「言ったでしょう?信用してないと。貴女は求心力が有り過ぎる。こうして孤立無援に追い込んで仕舞い込まなければ何をするか判らないものだから」


 王太子の笑顔に、狂気が滲む。幼少期の影響でまともな精神はしてないだろうとは思っていたが。

 だが王太子の指摘は合っている。

 今でさえ、大人しくするつもりは無い。


「別にね、私は貴女に愛されたいとかそんな事を欲している訳ではないんだよ。私という存在を刻みつけて、手許においておければそれで十分なんだ。グレイスみたいに優しくしてあげるのは、無理だったみたい」


「テレジア侯爵はどうした?」


「心配しなくていいよ。最近疲れ気味だったから、ちょっと特殊な回復薬を差し入れただけ。まだ死なれたら困るからね。貴女が閉じ込められて不安がる末端を宥めないといけないから」


 そんな薬が存在するのか。何処までも頭の軽い乙女ゲームの世界観を示されているようでイライラする。


「そういえば、心が読めるんじゃなかったのか?それを使えばもっとスマートに立ち回れただろう」


「エリザは私を廃人にしたいのかな?他人の精神を覗き見るような真似はしないほうがいいよ。気が触れたくなければね。将来的には勝手に発動するようになるから、そこも含めて貴女が必要というわけ」


 確かに、生きた爆弾の気が触れたらそれはそれは大変な事になるだろう。


「それから、ここへ来たのはもう一つ、理由があるんだ。マルクへの領地の全権委任状にサイン、貰える?子供が生まれたら女でも構わずにすぐ継がせるつもりだから、カルディア家の事は心配しなくていいよ」


 それにサインをすれば王太子の目論見は全て果たされた事になる。これから先五十年、王家に対して危機感を抱いた貴族達を宥めながら騒ぎを沈めていけばアークシアは安泰だろう。そう思っているに違いない。

 溜息を吐いて、立ち上がる。


 ──馬鹿が。何もかももう遅いんだよ。


 部屋の入り口から火の手が上がる。

 中空で突然燃えだした炎は、ヴェルメールの古い木造扉とカーペットを舐めるように広がった。


 「え、」


 「ここまでご苦労、イグニス。随分と魔法の腕が上がったようだな。炎のコントロールまで出来るのか」


 焼け崩れた部屋の扉から、赤い髪の男が不機嫌な顔で入室してくる。まるでモーセの有名な場面のように炎が割れて道を作る様は、こんな状況である事を忘れる程幻想的だった。 

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