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まずは何処から話を始めようか。
やっぱり、自己紹介からかな?
私の名前はご存知の通り、マルク・テレジア。君の後見人の孫甥で、君の昔からの文通相手だね。
マルクは道化のような調子で話を始めた。冷めた目でそれを見ていると、にんまりとそいつの顔が歪む。どいつもこいつも、最近は皆して人生愉快そうではないか。巫山戯やがって。
「下らないことをのたくるだけなら出ていけ」
「まあまあ、そう怖い顔しないで。真面目にやるから」
マルクは両手を広げてくるりと回る。踊るようなそれは、台詞と一致しているようには見えず、思わず眉根に皺が寄った。
「エリザは、私がアルフレッド様の手下地味た事をしていたのは知ってるよね。狙って見せていたし」
顎でしゃくって続きを促す。コルセットで肺が締められていて、喋るのも億劫だ。
「でも実は私が、王太子のお目付け役だった事は知らないよね」
「そんなもの、予想済みだ」
「あ、やっぱり?まあ、アルフレッド様の周りで該当しそうなの、私とラージアスくらいしかいなかったものね。聡いエリザならそうなるよね」
特に気にしたようでもなく、マルクはあっさりと頷いた。大の大人が子供のように無邪気にはしゃいでいる様な印象を受け、その不気味さに喉が詰まる。
「じゃあ、これは知ってる?私にはね、前世の記憶があるんだ」
「──、……は?」
たっぷりひと呼吸分おいて、私の口からやっと出てきたのは、そんな間抜けな一文字だった。
前世も合わせて、最も衝撃を受けたのではないかと思えた。一瞬何を言われたのか、頭が理解するのを拒絶した程だ。
「あぁー、やっぱり驚くよねぇ。ねえエリザ、君、上級学院編はプレイしてないでしょう」
やけに断定的な口調でマルクは話を続ける。悪戯が成功した子供のような表情で。
ちょっと待て、と口走りそうになるのを堪え、唇を引き結んで話の続きを黙って聞く姿勢を取った。マルクは再びにんまりと笑う。
「プレイしてたら、知ってただろうからね。アルフレッド様にはエリザ・カルディアが必要だという事が」
そうしてマルクが語ったのは、この世界を舞台にした乙女ゲームの、二周目以降で明かされる世界観の話だった。
──アークシア王家がミソルア神の末裔であるというのは、単に王権の正当性を示すための伝承ではない。
ミソルアの司る法と裁き、つまり人の心を読み、神罰として雷を操る魔法を持って、王家には二、三代に一人程の割合で魔法使いが誕生する。
そして、それに呼応するように、王族に何人かの魔法使いが同時期に生まれてくる。
王太子アルフレッドと、大公嫡男グレイスのように。
ミソルアと同じ力を持って生まれた子供は『神子』である。アール・クシャ教会の禁書として秘された経典には、神子を必ず王座に据えよという一文があり、ゲームではそれが登場する事で王家の秘密が明かされるらしい。
実際には、何百年もの間にその禁書の内容は無視される事となり、女王の廃位を切っ掛けに多くの神子が王位を外れるようになった。
問題は、アークシアの王族の魔法は、強過ぎて制御不能な点にある。
その中でも王太子アルフレッドは特に魔力の多さが尋常では無く、それが悲劇としてシナリオを飾る一要素になるという。神子を王位に据えるという『祭祀』を数百年の間怠ってきた因果だと、ゲームでは説明されている。
魔法使いの魔力は年齢と共に増加し、老化と共に衰える。魔法の制御を身に着けるまでの間、彼等は魔封じの部屋に幽閉されて過ごす。必要であれば毒を煽り、あえて体を弱らせてその回復に魔力を消費させる事もあるという。
魔法の制御を完全に身に着けるのが八歳から十歳頃、魔力の増加により再び制御を失うのが十八歳から二十歳頃。彼等はその地位や、力の神聖視により殺される事は絶対に無いものの、その人生の殆どを魔封じの部屋に閉じ込められて終える。
神子が王位から退けられた理由の一つがこれだ。部屋に篭ったままの王では仕事にならない。
だが、都合の良い事に魔力を抑える方法が一つだけ存在する。
運命の相手とも呼べるたった一人を傍においておけばいい。その相手がなぜ魔力を抑えられるのかは、ゲームにおいても、この世界においても解き明かされてはいない。
「そしてアルフレッド様の運命の相手が、何の悲劇か、それとも喜劇か、君なんだよね。エリザ・カルディア。君本人には、可哀想な事としか言いようがないけれど」
アルフレッドは、かつて無いほど強大な魔力を持って生まれた。
彼の存在は爆弾に等しい。その魔力は簡単にアークシア全土を焦土と化す程の雷を降らせる事が出来る程。
魔法使いの魔力は、死とともに解放される。中でも神の血を引くアークシア王族の魔力は、暴発する魔力という形で解放されるという。
故にアルフレッドを処分する事は、出来ず。
だが、彼を王座に据えねば、彼以上の魔力を持った子供が産まれてくるのではという懸念から、幽閉して飼い殺す事も出来ずにいる。
「成る程、私は神の化身を抑える生贄だったのか」
「そういう事。下手をするとリアルにソドムとゴモラになるからね。だから国王や、大公といった重鎮達がこんな横暴を許しているんだよ。許すしか無かった、とも言う」
それに、とマルクは続ける。
「私は部屋にいた頃のアルフレッド様を見た事があるけれど、あの部屋に戻りたくないのが心から理解できるよ。魔力量の事もあって、飲んでいた毒もほぼ劇薬なんだって。死ぬほど苦しいけど、死ねない。よく廃人にならなかったと思うよ。むしろ廃人になってしまった方が良かったんだろうけどね」
だから王太子と王家は、なりふり構わず私をここへ閉じ込めた。
恐らく、宮中には事情が説明される。彼等が意義を挟まないならば、貴族達も不安はあれど諾するだろう。
宗教色が薄くとも教義は根付いているアークシア王国では、王家の血は重要視されている。もしも貴族達が王家に反旗を翻すならば、それは公家が王家に取って代わる時だけだ。
駄目押しとばかりに表向き私をここへ繋ぐ理由も用意されている。
殺してしまうには勿体無いが、折角関係が改善したリンダールとの間に残る軛、それが私だ。持て余したそれを、王太子の側妃として幽閉しておく。保管場所としては最適だろう。
「……理解出来た。結局クソみたいな擬似恋愛ゲームの頭の悪い設定に振り回されるんだ、という事がな」
胸糞が悪い。
話を聞いただけでどっと疲れた気がする。
「で?お前は何故わざわざそれを私に説明したんだ」
このタイミングで明かすには、何の効果も利点も無い。
転生者という枠外の存在で、全くその意図が分からないその男は、私の問いに何故か頬を赤らめた。
なんだその反応?
「ええとねぇ……。エリザはもうここへ入ってしまったし、ゲームセットで、話しても問題無いでしょう?」
「そんな理由で王家の重要機密を明かすのか?」
「いやいや。うーん。言ってもいいけど引かないでね。あのねぇ、多分エリザに種明かしを勝手にしたら、アルフレッド様がお仕置きしてくれるんだろうなぁって……」
そう言って恍惚とした表情を浮かべたマルクを、思わず蹴り飛ばしたのは仕方が無い事だと思う。
やめろ喜ぶな。