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 アークシアの王族の住む宮殿は、小さな村一つ分の広さがある。その様は群立する城、という表現が最も端的かつ的確だろう。

 国政を行うアレクトリア城が最も大きく、貴族院の集会所や、恐ろしく大きなホールに、百以上ある資料室と執務室等が内包されている。王と正妃、それから嫡子達がが住まうファルダール城は中央奥。王の政務室や、謁見の間はこの城に位置する。

 その奥にあるのが、王の側妃達と庶子の住まうグレン城。それを囲む様に左手に聳えるのは数万人規模になる王宮の労働者の住むアヴァル。


 グレン城の右奥には、巨大な人口湖が広がっている。これは、今となってはどうやって作ったのかすら分からない、所謂ロストテクノロジー。

 その広大な湖のほぼ中央に、ぽつんと建つ離宮がある。ヴェルメール城と呼ばれるそれは、アークシア最後の女王ヴェルメールを幽閉するために作られた。


 そこに今、私は立っている。


「貴女は他人を信じてはいけなかったんだ。高潔なほど冷徹な、二年前の貴女のままなら、私に不様に捕まることも無かった」


 着せ付けられた豪奢なドレスは重く、まるで枷のようだ。きつく締められたコルセットに、立っているだけで息が上がる。


「それが、ゼファー・モードンなんかに絆されて腑抜けるなんてね。あれは見てられなかったなぁ。だから今回、真っ先に遠ざけさせて貰ったんだけどね」


 王太子の楽しそうな戯言に、言葉を返す気すら起きない。鳥肌が立ちそうな程気持ちの悪い持論を延々と述べるこいつは、私の体力を削る目的でそれをしているのだから始末に負えない。


 王の寄越した手紙には、エリザ・カルディアの王太子との婚姻への祝いが書かれていた。

 アークシアでは婚姻の誓約時に、女の署名は必要ではない。夫なる者と、その父或いは後見人と、妻となるものの父或いは後見人のサインだけで事足りるのだ。

 私の婚姻誓約書には、テレジア侯爵の全権代理を行う事が認められたマルク・テレジアのサインが記されていた。


 それと同時に封入されていた二枚の書類。

 一つは、マルク・テレジアへのカルディア伯領の全権委任の為の書類。私のサインさえあれば、領地は全て取り上げ──いや、『委任』されるという訳だ。

 もう一つが、王城への召喚状。召喚の理由は、リンダール大公女誘拐事件に関する申し開きをせよ、というもの。

 馬鹿馬鹿しい。司法はザスティン家以外の三公爵家のものだ。王に対して申し開きもなにもあるか。呆れ返ったが、ほぼ連行に近い形で通された謁見の間には一応その三公爵が控えてはいた。

 結局碌に喋る事も許されぬまま、三公爵はただ一言を述べた。


「エインシュバルク女伯爵は、リンダール大公女エミリア殿下誘拐の件とは無関係と認める」


 次の瞬間には兵に囲まれ、有罪判決を受けた罪人のように引っ立てられた。無罪を言い渡されたのは聞き間違えだったのかと思うような勢いだった。

 そうして連れてこられたのが、このヴェルメール城。高位貴族の牢屋と名高い城を宛てがわれる身分になったとは、私も出世したものだ。


「貴女が諦めてここへ大人しく入ってくれて良かったよ。好血と名高い残虐な伯爵が、ヴェルメールへ入るまでに何を仕出かすかと貴族達が不安がっていたからね。貴女自身は、ただの華奢な少女に過ぎないのに」


 一部の貴族を煽り、騒がせている張本人がよくもそんな事を言える。その面の皮が厚さは尊敬に値する。


「貴女みたいな人が、人に心を許すなんておかしいと自分でも分かってるでしょう?だからグレイスに狂っていると言われるんだよ。」


 信頼した人間を次の瞬間には殺せる。裏切られたら普通の人のように傷つき動揺する癖に、同時にその人間の始末をつける算段を冷静にしている。

 自分でも自覚している、異様過ぎる二面性。狂人という蔑称を受け入れるのに躊躇いは無い。


 ──或いは。あの女さえ私の人生に存在しなければ、完全に冷血な人間になれたのか。


「その弱さに付け込んで貴女をここに閉じ込める事が出来たのだから、文句は無いのだけどね。領民を反逆罪で皆殺しにされたくなければ、大人しくしていてね?」


 安っぽい脅し文句を最後に吐いて、王太子は意気揚々と部屋から出ていく。扉が閉まるほんの直前に、隙間からグレイスの哀れんだ目が見えた。

 狂人と忌み嫌う相手を哀れむのか。正常な人間としての精神を保ち続けるお前が、一番可哀想だと私は思うが。


 ソファに沈み込み、重苦しい飾りを毟り取る。最も煩わしいコルセットは、複雑に編み上げられた留紐を自力で解くことが出来ない為放置するしかない。


「ご機嫌斜め、かな?相変わらず人形のように表情が無いから、何を考えてるのかわからないね、エリザ」


 笑いを含んだ声が室内に響いた。音も無く開けられた扉から、滑るように入り込んできた男は、薄く透ける茶色の髪をさらりと揺らす。


「何の用だ。王太子ならもう出ていったが」


「君に用があって来たんだよ、エリザ。そんなつれない事を言わないでくれる?君とは初めてこうして会話するのだし。いつ話しかけて来てくれるかと学習院ではわくわくしてたのに、君という人は、ずっと私を避けてるんだもの」


 へらりと笑う新緑のような瞳を睨んだ。


「今更だな、マルク兄様。最近は手紙も送らなかった癖にな」


「ごめんね。アルフレッド様のゲームに夢中だったものだから」


 そう言って、マルク・テレジアは悠然と部屋の中を進んでくる。私の正面に膝をつき、恭しく礼をすると、場違いなほど無邪気に微笑んだ。血の繋がりがしっかりと判るほど、ユリアに似た笑みだった。




「さあ、答え合わせを始めようか。君も気になって仕方ないでしょう?」

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