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今から決着つけるために、エリザ様がちとセンチメンタル。別になよっている訳ではなく。

 アニタ達が泣いている。

 元ジェンハンスだった地へ送還される事になり、彼女達はただただ泣いた。


「アークシアの硬貨は貴金属で出来ている。ジェンハンスでも使える筈だ。今までご苦労だった。ありがとう」


「エリザさまぁ……」


「ほら、アニタ。君が泣いていると、小さい子達も泣き止まないよ。大丈夫、また会えるように何とかする」


 アニタはアークシアの法が国内外への出入りを禁じている事を知っている。収まりかけていた涙が何とかするという言葉で再びぼろぼろと落ち始めた。

 逆効果じゃないか。


 言葉で幾ら寂しいです、とか言われるよりも、ただ泣かれるのはもっと直情的に心を打たれた。短い間だったのに、こんな私を好いていてくれたのだな、と。否が応でも解るというものだ。

 物言わずに涙を流すのは、ここで何かを言えば私に迷惑がかかると分かっているからか。


「カディーヤとヴァルトゥーラは、後からそちらに向かう」


「……はい」


 貴族中で騒がれている私の立場の揺らぎは、彼女達には伝えなかった。

 屋敷の中で外界との接触を断っていた彼女達は、恐らく何も知らない。それでいい。国に戻れば彼女達は自分達のことで手一杯になる筈で、余計な心配を掛けるのは酷だと思うから。


「エリザ様っ……ありがとうございました!」


 勢い良く下げられた頭に、少しだけ笑みが漏れる。

 素直な彼女達に随分癒された。精神を摩耗する一方だった生活で、それがどれだけ助けとなったか、彼女達は知らないだろうが。


「こちらこそ、本当にありがとう」


 深く頭を下げた。




 去っていく馬車を見送って、人の居なくなった寮宅を見上げる。

 炊事洗濯掃除……十年以上振りのそれを、問題無く出来るだろうか。人は雇わない。どう転んでも迷惑が掛かると知りながらそんな事をする程面の皮が厚い訳じゃない。


 夕暮れの赤い世界に影が落ちる。


「……何しに来た、エリック・テュール・ドーヴァダイン」


 背後の木の裏に背を預けた少年は、何も答えない。

 風に乗せて、赤く透けた影が揺れる。


「用がないなら、帰れ」


 地に映る黒い影はただ沈黙したままだ。

 静寂を風の立てる木々のそよぐ音だけが飾る。

 そうして、幾つ呼吸を数えたか。


「──助けてって、言えよ」


 ぽつりと零すように小さく吐き出された言葉。

 今更だ。皮肉気に自分の唇の端が吊り上がるのが解る。彼への揶揄ではなく、自分への。


「お前に言ってどうする、エリック。何も出来ないだろう。グレイスと違って、何も知らない。何の力も無い。違うか?」


 何かを知っているなら、もっと早くに伝えてきた筈だ。

 自分が無力であることをエリックは自覚している。私の立場がこれ以上悪くなる事を懸念して、ただじっと物言いたげにしていた眼を、私はちゃんと覚えている。


「……そう、だな。ああ、そうだよ。でも……俺がお前の味方だって、それだけは知ってて欲しかった」


 泣きそうな声に、音を殺して笑った。

 何も手出しの出来ない、どう足掻いても荷物にしか成れない子供。


「知っているよ。見ていたから」


「違う!俺は……っ」


「友達として、心配していてくれたんだろう?」


 出来る限り柔らかな声を出した。こうも立て続けに自分へ寄せられる好意を思い知らされると、少しだけセンチな気分になる。

 今くらい、張り付くくらいに被った冷徹の仮面を脱いでも許されるだろう。誰に許して貰いたいのかは知らないが。


 やりきれない思いにか、エリックが寄り掛かっていた木の幹に拳を振り下ろしたのが影の動きで解る。ミシリ、という音が小さく聞こえたが、木はぴくりとも動かない。

 エリックの行動は単なる自己満足だ。彼はそれを知っていて尚、ここへ来た。

 馬鹿な子供だ。だが、以前のように氷のように冷たい気分にはならなかった。自分でも少し不思議だ。

 自己満足、大いに結構。その気持ちが嘘でないだけで。


「──十分だよ。ありがとう、エリック」


「……っ」


「もう帰れ。見つかると面倒だ」


 吐き捨てて、地面に落としていた顔を上げた。


「お前の助力は必要ない。私は一人でいい」


「……勝てるか分からないから、巻き込みたくないだけだろ」


「何だ、わかってるじゃないか」


 ざり、と土を踏みしめる音が響いた。徐々に遠ざかるそれに、それでいいと薄く笑う。

 役に立たない奴を傍に置いて、狙い撃ちにされたら元も子もないからな。


 自分の立てる呼吸音と衣擦れの音以外、何も聞こえてこない執務室へ上がる。家族を皆殺しにしたあの頃以来、こんな空間とは無縁だったなと頭の片隅で思う。

 テレジア侯爵が派遣されるまでの間、無感動なメイドが一人、世話をしてくれていた。親を亡くしたのはクソ親父のせいだというのに、あのメイドはよくも私を殺そうと思わなかったものだ。

 そのお陰で、今も私は完全な外道になるのを忌避しているというのは、笑えばいいのか泣けばいいのか。自分の為だけにエリックを人質にグレイスを抱え込む等といった考えを、実行出来ずにいるのはその為だ。酷いダブルスタンダードだとは、自分でも分かっている。

 そのメイドはもう居ない。肺を患っていて、テレジア侯爵が赴任するとほぼ時を同じくして死んだ。


 出来る限り人の死を少なくしようと考えて、家族を殺し、子供や従軍の民を殺し、晒しまでして、そこに躊躇いは無かった。

 それは所詮は単なる虐殺でしかなかったのだろうか?

 自問に自嘲が漏れる。

 答えは否。何度問うても変わらない。最高に効果的な手段だったと心から思っている。揺らぎもしない。


 こつり、と窓を鳩が嘴で叩いた。

 王の封蝋が、鳩の提げている手紙に見えた。

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