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 王太子にエスコートされて私と対峙したヒロインは、疲労の影が濃く、憔悴しているように見えた。


 人の上に立つ者として生まれていても、彼女はまだ十四歳の少女。

 ロボットや、それこそゲームのキャラクターではないのだから、さぞやこの休日は様々な葛藤や他人への思う所に悩まされた事だろう。

 その柔い心が壊れそうになった楔が自分なのだと思うと、開いてはいけない扉が少しだけ開きそうになる。外道に堕ちたい訳では無いのでこれからもしっかり閉じておこう……。


「やあ、おはようカルディア」


 王太子は何事も無かったかのようにキラキラしい笑顔で挨拶をしてくる。

 ヒロインもぽそぽそと挨拶を口にした。

 そういえば、ゲームの『見知らぬ公爵エンド』ってザスティン公爵かその息子の事だったのだろうか。アークシアのリアルなお貴族様事情としては、他に大公女の嫁ぎ先として適した公爵家は無い。


「おはようございます、王太子殿下、エミリア様」


 此方も務めて平静に返事を返した。

 後ろのグレイスが目に見えて苛立つ。この子供は、私のこういう部分が大嫌いなのだ。自分に向けられる感情に無関心で、相手が傷つこうと構わないという所が。


 今までは出来る限り優しく表情を繕っていたからか、記憶との落差にヒロインがびくりと肩を揺らす。別に構いはしない。愛想を尽くして喜ばせてやる必要はもう無い。

 この娘が何を思おうと、最早何処にも影響を及ぼす事は無い。全てはもっと上の人間の掌の上で転がされているのだから。


 降臨祭の夜。時間にすればたった三分にも満たない時間で、私を取り巻く環境を一変させた王太子。そいつが何がおかしいのか、楽しそうに笑う。


「如何なされましたか」


 思ったより冷えた声が出た。何を企んでいるのかは知らないが、国家を滅茶苦茶に引っ掻き回しかねない事を行っているこの子供に、予想以上に私は怒りを抱いているようだ。


「嬉しいな、と思ってね。貴女が無関心でいられなくなった事が。そしてそれを、この手で引き起こせた事が」


 ──何を言っているんだこいつ。気持ち悪い。

 思わず目が座ったのを自覚する。

 グレイスが苛立たしげに顔を伏せた。当たり前だ。王太子は言外にエリックの事も揶揄している。


「いい顔になったね、カルディア。やはり、貴女は刃のようでなくては」


 王太子が笑う。嬉しそうに、楽しそうに。

 お前が私の何を知っていると言うんだと、身分差や周りの目さえ無ければ言ってやれるのに。


「そうそう。ジェンハンスを下したフェブナンドが、戦争難民になってしまった者達を呼び戻し始めた。今まで『難民の保護』御苦労だったね」


 やはり、アニタ達にも手を打つのか。薄々予想はついていた事だったが。

 王太子は何かの為に、私の完全な孤立を狙っている。これで確定した。では、何の為に?孤立の先には何が待っている?


 ただ、私から何かを奪おうとしている事は分かる。

 テレジア侯爵が手塩にかけて豊かにした領地か、それとも地位か。

 子供達に広まっていた名声は、その未熟な精神と一部の貴族を利用して既に奪われつつある。国王が認めた為、今まで栄光であった筈のもの。その王が私を切り捨てるつもりならば、それは一瞬にして単なる残虐行為と化す。

 それを同じく認めていた貴族達の存在について、王太子はどんな手を打つのか。


 だが、分からないことが一つ残る。私をアークシアから排除するつもりなら、あの婚姻の申し込みの意図が全く読めないのだ。


 王家が私をどうしたいのか。


 ──グレイスの魔法が、恐らくそれを解く鍵だ。

 魔法。何となくスケールの大きい問題が絡んでくる気がするのは、前世で剣と魔法のファンタジー物語に慣れ親しんだせいか。

 大公家と魔法。アークシアでは生まれない筈の魔法使いが、国の頂点に潜んでいた。王太子がそれを知っていたという事は、少なくとも王族関係は魔法使いの存在を把握している筈。

 王族と魔法。リンダールの狙い。その二つが王太子の目的と密接に絡んでいる気がする。確証を取る術は、今の私には無い。


 ……それら全てを明らかにする為、敢えて飛び込むと腹を括った。最低でも、断片だけは掴めそうだ。

 既に予想できる限り、最悪の状況を回避する為の手だけは何とか頭を捻って考え出し、この二日で打った。

 王太子がこの国をどうしようとしているのか。それを思考から排除し、身にかかる火の粉の熱さに耐え、自分が火だるまになる事だけを防ぐならば、まだ対処法は存在する。


 大人しくお前の罠に掛かってやろう、王太子。飲まれた後に(はらわた)を食い破って腹の中から出てやる。

 二人共用意した策がどう転がるか、あとは眺めるだけ。そうだろう?




 その日の午後、臨時の貴族院集会が開かれた。

 そこで話された内容は、四つ。


 魔法の存在と、王族に度々魔法使いが生まれる事実を王族が公表した事。

 病床についたままのテレジア侯爵の代理として、その孫であるマルク・テレジアが貴族院への参加を認められた事。

 リンダール大公女であるエミリアと、ラージアス・ザスティンの婚約について。


 予定されていた議題はこの三つだったが、急遽そこへ齎された知らせが貴族院を騒然とさせた。


 大公女エミリアが誘拐された。大公嫡男グレイスが一早くそれに気付き、大公女を奪還。

 捕らえられた賊は、取り調べにエリザ・カルディアの名を出したという。


 随分お粗末なマッチポンプだな。

 が、これで貴族連中を黙らせるのに必要な種は撒かれたという訳だ。


 それで、次はどうするんだ?

 策が完成して企みが透けるまで黙ってみていてやる。早く終わらせろ、時間の無駄だ。

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