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 学習院主催の夜会の中で、絶対に参加しなければいけないものというのは幾つか存在する。


 そのうちの一つが降臨祭である。

 クシャ教の唯一神ミソルアが世に秩序を齎すため、地上に降臨し聖母シャナクと契った日を祝すものであり、この日だけは全生徒が集まって神子クシャ・フェマを遣わしてくれた事に感謝を捧げるのだ。

 去年は戦争の後処理で参加を免れたが、今年はそうもいかない。ヒロインに付き添ってやらねばならない勅令があるのだ。

 降臨祭の日は夏の最初の満月と定られている。アークシア王国は太陰暦という、月の満ち欠けに合わせた暦が使われているためである。


 この日ばかりは常の騎士服ではなく、学習院側が指定した服を着ることになる。

 爵位持ちは全員、かつて存在した神殿騎士の正装着に、爵位に合わせた色を差したもの。爵位を持たない男子生徒は法衣、女子生徒は聖衣で、これも、それぞれ家柄の爵位に合わせた色を差す。

 最下位の騎士爵は黒、準男爵は深緑に男爵は白緑、子爵は薄水色で伯爵は赤、侯爵は紫、公爵は青で、大公家は瑠璃群青、王家は金色である。


 アークシアには前世で言うところの禁色のような慣習があり、金は王家のみ、瑠璃群青、青、紫、赤は子爵以下には着用を許されていない。ちなみに、私の領の騎士服は私の陞爵に合わせて黒地に白の装飾だったものが紅に変更されている。上下の位のある爵位は、上位貴族が家紋のブローチをつける事により区別される。


 例によって例の如く騎士正装な私はリンダール大公女の接待係、特例として男性側のエスコートを行う許可なるものが下されている。いらんわ。


 哀しいかな、一年も授業を受けていれば男性役のエスコートも板についてしまう。もちろんヒロインも私が女性であるのは十分承知の上。


 隣国の大公家を舐め腐っているのかと憤慨されないか首を捻ったが、学院内限定では二番目に高い地位を持つ私であり、ヒロイン本人にはウケが良いようなのでこの無茶が罷り通ってしまっている。

 ……最近ようやく分かってきた事と言えば、意外と私は女性達に人気があるらしいという事だ。半年以上前、初の夜会参加となったモードン邸での頓珍漢な勘違いをしたのは、今思い出しても顔から火が出そうな程。

 アークシアが男性優位社会となって四百年余。たおやかな良妻賢母の仮面の裏側で腑抜けだ男達の尻を蹴って裏から社会を回してきた女性達には、どうにも真っ向から男性社会に斬り込んでいく私が小気味良いらしい。そんな女達の娘も、また然り。

 今は亡き南国の男陽女陰の思想さえ入り込まなければ、アークシアは今も女王を戴く国であったに違いない。聖アハルが次代として定めた法王は、女性だったのだから。


「わぁ……、これがアークシアの夜会、凄いです!キラキラしてる……」


 そんな訳で、衣装に恥じぬよう背筋を伸ばして隣国の姫君のエスコートを仕っている私である。

 リンダールの宗教はアークシアのものとは異なり、レヴァ教と呼ばれる多神教を国教としている。多神教というよりは、ひとつの神が全てに遍在するという少し特殊な宗教観と言った方が正しいようだが。

 そういった宗教事情を鑑みて、ヒロインはシンプル且つ厳かなデザインのドレスに身を包んでいる。聖衣はクシャ教の徒にのみ許されるもので、無理に他教徒に着せても意味が無い。

 信じぬ者にも従属を欲する事なかれ。私が思うに、クシャ教の説く中で最も素晴らしい教えだ。是非前世で布教してほしい。無駄な石油の高騰が無くなるかもしれない。


「貴国のものとは異なりますか?」


「あの……はい。やはりアークシアは偉大なる覇国であると痛感します」


 アークシア王国六百年、神聖アール・クシャ法王国時代を含めて千年の歴史を持つこの国は、洗練された独自の宮廷文化が華とばかりに誇っている。今のところ財政に難の無いあたり、前世の国々のような轍は踏んでいないようだが。

 平和欲しくば欲する事なかれという偉大な国教は意外と根深くこの国を支えているのかもしれない。


 対してリンダールは、そもそもが異なる四つの公爵領だったものが手を組んで王政を廃し新たに建国された連合国という成り立ちを持つ。

 成立は五百年程前の事で、そのころはまだリンダールとアークシアの間にいくつかの小国が存在していた。今の私の領土のあたりは、その頃リンダールの勢いを恐れた国がアークシアと併合してこの国のものとなった経緯が存在したりする。


「あ、舞踏もあるのですね」


「ええ。会は会食を目的としていますが、生徒会が取り仕切って一応舞踏会を併設している状態になっているそうです」


「聖衣も法衣もあんなに丈が長いのに、皆様凄く優雅に踊っていらっしゃいますね……」


 ほぅ……と見惚れたように息をついたヒロインが、ちろ、とこちらを見上げるのを、なぜ私は見逃す事が出来なかったのか。


「あっ……ごめんなさいっ!」


 真っ赤になって目を逸らすコミュ障娘は、それでも舞踏会の様子が見えるこの場所から離れようとしない。


「……踊りたいですか?」


 仕方なく、仕方なく尋ねた。大事な事なので二回言ったぞ。だって本当に仕方ない、私は接待係なのである。

 実は会食の終わった後に攻略キャラクターのうち今最も好感度の高いキャラとダンスを行うテンプレイベントが存在するのだが……まあ、一曲くらい踊っても今なら特に支障も無いだろう。


「えっ、あのっ……その……」


 眉をへの字に下げて真っ赤な顔であわあわ言う美少女。可愛らしいのには太鼓判を押してやるのでそういう表情は攻略キャラクターの前でどうぞ。


「私などで良ければ、一曲踊って頂けませんか、エミリア様」


「…………はい!」


 余りにも清らかな笑顔を向けられて食欲が失せた。そういうのは王太子とやってくれ、お似合いだから。

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