表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/49

32

 先日の貴族院で、ザスティン公爵が次代の当主を発表した。


 彼の息子であり、レイチェルの従兄にあたる青年、ラージアス・ザスティン。まだ上級学習院を出て二年も経っていないが、なかなか優秀らしい。

 ザスティン公爵家の当主業を早くから補佐し学び始める事で、これから台頭してくる王太子や大公家の跡継ぎ達を十分に支えることが出来るよう経験を積むそうだ。


「エインシュバルク伯爵。愚息を紹介させて頂いても宜しいでしょうか?」


「光栄です、猊下」


 次期当主の宣言と共に、ザスティン公爵は息子ラージアスに王宮管理の権利を半分ほど移譲した。そして同時に、国王陛下から新たな役職を賜っている。

 教会の最高司祭職である。


 アークシア王国では、クシャ教と呼称される宗教のうち、聖アール・クシャ教会の説く教えが国教として認定されている。

 今でこそ立場が逆転して教会は王の元にあるが、このアークシア王国は元々この教会によって建国された神聖アール・クシャ法王国が前身となって成立した歴史を持つ。


 どの世界でも宗教は民草を纏めるために発展し、利用される為に存在するらしい。

 目に見えない自然の力を崇拝する原始宗教に始まり、狩りをするようになれば力の神を作り上げ、農耕が始まれば土壌と食物の稔りに感謝して大地を母なる神とし、人が集まり社会が力を持つにあたり神は地から天へ、母から父へと移り、法と裁きを司る。そしてやがて、天にまします父なる神は唯一無二の神となり、他の神々の名は忘れ去られる。

 人間の営みに沿って宗教は変化し、人の世に即した倫理を教義として説いて人々の社会の安寧を図る法となる。


 クシャ教の創始者は余程の天才だったのか、あるいは教会の立ち回りが恐ろしく上手いのかは定かではないが、この宗教は戦乱の最中(さなか)にあった大陸の三分の一を平定し、六百年に渡る平穏をこの国に齎している。

 その教えの主たる部分は、やはり社会の為に我を殺す禁欲と、それに宗教的な正当性を持たせるための厳かな理由、及び戒律を破る者に与えられる神罰についてだ。

 最も忌避すべき欲求は、自分の手の外にあるの物への欲だそうである。ここの理念からアークシアは鎖国状態を貫いていると言っても過言ではない。


 ザスティン公爵家は王家の血筋に連なるものであり、クシャ教の神の系譜の末裔にあたる。クシャ教の創始者である神子クシャ・フェマの直系子孫の男アハルが神聖アール・クシャ法王国の偉大なる創立者にして初代法王であり、現在の王家は脈々と千年の間その血を継いできているのだ。

 法王、というのが歴史的に見てこのアハルという男の巧みな点である。彼らは力で侵さず、先進的な法によって群雄割拠で混沌とした国々をまとめ合わせた。そうして得た領土と国民が、長い年月をかけてアークシア王国になっている。

 そんな訳で、教会の影響力は未だに大きく残っている。

 今回ザスティン公爵が王宮の管理という重大な仕事の他、国教の最高司祭という権力を握ったのは大事である。貴族のパワーバランスがかなり動く事は間違い無いだろう。宮中でどのような話し合いがあったかは知らないが。


「エインシュバルク伯、私の息子、ラージアスです。ラージアス、こちらはエインシュバルク女伯爵だ」


「はじめまして、エインシュバルク伯。卿の武勇伝はよく聞いている。ずっと会ってみたいと思っていた」


 ラージアス・ザスティンはレイチェルに似た鋭い面差しの青年だった。モードン伯爵ほど美形でも無く、王太子ほど麗しくもないが整った顔立ちをしており、ザスティン家の特徴なのだろうか、目に力があって印象に残る。

 

「ご丁寧にありがとうございます。エリザ・カルディア・エインシュバルクと申します」


「必要以上には畏まらないで構わない。どうせ長い付き合いになる。……学習院を出たら、お守りに参加する。それまでは悪いが任せた」


 淡々とあけすけな言葉を放つ彼は、やはり血族なのか、レイチェルと良く似ている。


「……卿のことは信用している。何しろ、あのレイチェルと交友があるらしいからな。あいつは見つけるのも至難の業だが、動かすのはさらに難しい」


 ふん、と彼が愉快気に鼻を鳴らすのを、私は表情を崩さずに見上げるしかない。遠目から王太子がこちらを見ている。

 流石にここまで力を持った公爵家の嫡男、それも次期跡取りとして公表されたお墨付きに手を出されたら堪ったものではない。


「レイチェル嬢は、友好関係で動いた訳ではありませんよ。今回は欲しいものがあるそうなので」


 そもそも彼女との友好関係は学習院内では無いという事になっている。自分に利が無ければ動かないのは重々承知でパイプを繋いだが、彼女は先日まで、私に厄介事の匂いがするたびに姿をくらまし続けていた。恐ろしい程の情報管理能力である。


「あいつは一人で大抵の事はやってのける。今回お前の為に動いたという事は、そういう事だ」


「……なるほど」


 ただ、ラージアスの言う通り、今回は私の持つ何かを借りる必要があったのだろう。春休みが終わり、違和感の為に周囲を観察していた私の元をふらりと訪れて、今回はちょっと混ぜてくださる?としゃあしゃあと言い放ったのがレイチェルという少女なのだ。


 ちなみにこの公爵家の重大発表により、私の後見人についての話は次回に持ち越しになった。

 何しろ宮中の勢力図にかなりの変更が加えられる事になったのだ。ローレンツォレル伯爵も、少し情勢を見極める必要があるらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ