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 貴族社会には、大きく分けて五つの社会が内包されている。


 一つは貴族院。成人した爵位ある貴族を中心に形成される男性の社会だ。

 次に、学習院。十三歳を迎えた貴族の子女の閉鎖された社交の場。

 三つ目はミセス達の友好関係。貴族の既婚女性達の間には、茶会やサロンによって独自の関係が作られている。

 それから、「宮中」と呼称されている侯爵以上の貴族と王族から成る、この国の最高権力者達の集まり。

 最後の一つは、それらの貴族に仕える者達の繋がりだ。ここから得られる情報は一見些細なものだが、不透明になりがちな家の中の様子が判る。


 貴族院の情報は自分で手に入れる事が出来る。学習院のものは、学友から手に入る。ミセス達の井戸端会議は、その娘達がそこそこ知っていたりして、それも学友から手に入れられる。宮中についてもローレンツォレル伯爵という情報源を手に入れた。


「情報網を作るのが本当にお上手ですわね、エリザ様?」


「私が?まさか。運良く有力な情報網を持つ友人に恵まれただけだよ。貴女みたいなね、レイチェル」


 シンプル過ぎて無骨な印象になっている寮宅の応接間に、全く似合わない少女がくすくすと笑う。

 彼女の名はレイチェル・ザスティン。あのザスティン公爵の姪である。


「お褒め頂けて光栄ですわ」


 隣国の大公息女などよりもよっぽど優雅に笑った彼女は、先日利用した情報網のうちの一つだ。

 去年から付かず離れずの距離を保って付き合ってきた、学習院の友人達。関係性はゼファーとのそれと比るとかなりビジネスライクなものだが、そのお陰で彼のように排除されずに済んだ。

 他にも城仕えや大公家で行儀見習いをしている兄姉がいる者、重鎮達の家臣の家族と親しい者等、情報を集めるのに結んだ友好関係はあるが、その中ではこのレイチェル嬢が最も大きな情報源であった。


 「そうそう。貴女の性別の件ですけれども、学習院内の女子生徒にはきちんと情報を行き渡らせましたわよ」


「貴女のその有能さ、本当に助かるよ。それにしても、一年もの間男だと思い込まれていたなんてね」


「エリザ様が令嬢らしく振る舞わないのが原因でしてよ。爵位を持つのは普通男性なのですし、貴女ったら、学則だからとそんな服を着て男子生徒と同じ授業に参加しているんですもの。女は鋭いですから、気づいていた者の方が多かったようですけど」


 前世の記憶があるエリザからすれば、騎士服で済ませられるのであれば毎日ドレスをとっかえひっかえするより余程良い。

 言っても理解されず白い目で見られる事は明らかなので、黙って肩をすくめるに留めたが。


「まあ良いですわ……。それで、状況はハッキリとしてきましたけれど、それぞれがどういった理由で動いているかはまだ分かりませんの?」


「宮中は大公息女殿を泳がせて、向こうの権力者達のことを探りたいようだ。デンゼル公と他の公爵達、大公が繋がっている事は彼女がここにやって来た時点で明らかだしな。だが、彼女に引っ掻き回されては元も子も無い。そこで万が一に備えて私をつけたらしい。意外と信頼されていたようだな」


 冗談めかして皮肉気に笑うと、レイチェルが広げた扇越しに呆れた視線を寄越してきた。


「テレジア候爵の影響力を甘く見てはいけませんわ。彼は貴女の酷薄さを承知の上で推してますもの。そして、他の方々も同じく承知の上で貴女を動かしていますのよ」


「信が篤くなければわざわざ大事に対して用いたりはしない、か」


「そういう事ですわね。まぁ、貴女にちょっかいをかけた間抜けの炙り出しが楽で良かったではありませんか。宮中の信頼を得たエインシュバルク伯爵にわざわざ手を出すなんて下策、あの方々は行いません。──未熟な王太子殿下を除いて」


 レイチェルが愉快そうにころころと笑う。まるで鈴を転がすようだ。笑い声がどうやったら鈴の音に聞こえるのかと前世よりの疑問だったが、彼女の笑い方はそう評するのがぴったりだった。


「ゼファー・モードンを引き剥がしたのは嫉妬からかしら?本当に、何を考えているのか聞く時が楽しみですわね。ふふふっ……それにしてもあの教師、まさか王太子の手の物だったなんて。貴女どうやってそれを知りましたの?」


「ゼファーの弟君に話を聞いただけだよ。春休み中にゼファーに客が来て、様子が少しおかしくなった。客は学習院の教師だった。前に贈ったブローチの礼に教えて頂いた。……間抜けだね、定期的に王太子殿下の寮宅を訪ねているとこちらに筒抜けだとも知らずに」


 付近の寮宅に勤める使用人やメイドから情報がバレている、なんて考えてもいないようだ。


「大公家の二人が生徒会を始めたのも、殿下の手の一つかな?」


「まあ、エリックを引き剥がすのが目的かしら?」


「多分ね。こちらとしては都合が良い。休みに入る前に少し距離を取る姿勢を見せたからか、ジークハルトには手を打ってないようだしね。ツメが甘いな。それともジークハルトは殿下と繋がっているのかな?」


 勿論、それは無いだろう。

 王太子は彼に対して手を打たなかった。そして、恐らく目的である私の孤立に失敗したのだ。孤立させて何をさせたかったのかは理解不能だが。


 ぬるまってしまった紅茶を嚥下して、ふっと息をついた。

 情報の共有はレイチェルへの対価の一つ。どうやら彼女も欲しいものがあるらしい。そうでなければ、彼女は動かない。

 その有能さを上手く隠して王太子からも警戒されていない彼女は、将来が怖いほど強かだ。私を狙っている王太子は、彼女に横から食い荒らされるに違いない。

 駆け引き事は女の方が強いと、昔から決まっている。

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