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 狂ったように伝書鳩達が窓の外で蠢いている。


「……流石に早いな」


 鳩を送ってきた相手の有能さに笑みが漏れる。カディーヤがそっと窓を押し上げると、どっと雪崩込んでくる白い鳥達。

 足に括りつけてある手紙を外すと、ヴァルトゥーラの用意したパン屑を啄んで、次々に主人の元へ飛び立っていく。


 学院が新学期を迎えて一週間と少し。

 私の周囲の子供達に関する情報が書き込まれた手紙の海が、我が寮宅の一室に広がった。


 違和感を感じてすぐ、学院内で繋いでいた友好関係を総動員させた。何かが私の周りで思惑を持って動いているのは確かで、渦中にいるからには自分の手足を動かす事は赦されない。

 投じられた石はエミリア(ヒロイン)、そしてゼファーの態度の変化。私は揺らぐ水の方で、つまり私を揺らがそうと画策する存在があるという事だ。


 エミリア、王太子、大公家、総帥の孫、それにテレジア一族と、ザスティン公爵家を洗わせた。

 子供であろうと、必要な者を切ってはいない。使える物まで捨てて置くほど愚かしい事は無い。

 盤上の駒からプレイヤーの企みを読まねばならない。だが、私は駒でもあるが、プレイヤーでもある。駒を潜ませていないなどと、言った覚えは無い。


「ヴァルトゥーラ、カディーヤ」


「はい、エリザ様」


「リンダールに潜り込み、デンゼル公の動きを詳しく調べて来て欲しい。セイン達の中から使える者は自由に選んで使え。恐らく役立つ」


 行儀悪く立てた片膝に乗せた手の先で、サイン入りの許可証を揺らす。

 今回の外交の発端はデンゼル公だ。何時までも不透明のままにさせてはおけない。


「手段は問わないが、身体と命を売る事だけは禁じる。それは私に捧げられたものだからな」


「仰せのままに」


 頷いた彼等に緩く笑みが零れる。アニタ達が手の内にある以上、この二人は逃げない。裏切る事も万が一には無い。

 手足は動かせないが、手足の代わりは遠慮無く動かせて貰う。


「……ああ、悪いがその前に一つ、仕事をこなして欲しい。夜会へ出る支度を整えてくれ。取るべき駒が一つある」




「今宵はご招待頂けて感謝している、ローレンツォレル男爵──ジークハルト。本日齢十五を迎えられた事、心よりお祝い申し上げる」


 唖然とする総帥の孫に、ふと笑いが堪えられずに滲む。

 ローレンツォレル家の直系嫡子の十五歳の誕生日。出欠を問わず、返信を求めず、招待状を送ったのはそちらだ。


「──カ、ルディア。来てくれたのか」


「そんなに驚く事だろうか?私が学友の誕生日を祝うというのは」


 心にも無いことだったが、総帥の孫は真に受けたのか気不味そうに視線を逸らした。

 無論、今日の夜会にわざわざ参加したのは、こいつの誕生日を祝う為などではない。


「い、いや……ありがとう。父上と祖父にはもう挨拶を?」


「いいや。まずは主役にお祝いを申し上げたかったのでね。案内を頼んでもいいだろうか」


「ああ、勿論だ。祖父も父も顔を見たがっている」


 それは何よりだ。なにしろ、私は彼等が目的でここに立っているのだから。


 ──ローレンツォレル家は武官の一族である。此度の外交は彼等にとって薄利であり、今回の件で積極的な動きは見られない。

 新学期が始まってからのジークハルトの言動、親達がふと漏らしたローレンツォレル家との遣り取りの一端。関わりの有りそうな他家の動き。掻き集めた情報は膨大な数に及びんだが、ローレンツォレル家が何も望んでいないと確信を持てた事は、私にとっては大きな益となった。


「エインシュバルク伯か。冬の最後の貴族院以来だな。ヴァルトゥーラはどうだ?」


「御機嫌ようございます、ローレンツォレル侯爵。お陰様で、非常に優秀な従者として使わせて頂いております」


 ふん、と満足気に鼻を鳴らした侯爵に、二人を届けた時のテレジア侯爵が被る。前々から思ってはいたが、どうも二人は似通った点が多い気がする。性格的な部分で、だが。


「エインシュバルク伯、愚息の誕生祝いに来てくれてどうもありがとう。君の顔を見るのは久々だな。戦以来か」


 侯爵と私の会話が始まる前に、ローレンツォレル伯爵がスマートに割り込んだ。

 彼の親と子に比べて余程気さくそうな表情と声に、話し方。武官の一族の中で変わり者とされる彼は、貴族間のやりとりに非常に鋭いと噂されている。

 普段王都や貴族院での遣り取りは父である侯爵に殆ど押し付けたまま領地に篭っている伯爵。彼が王都に滞在しているを逃す手は無い。

 恐らくは私の目的も殆ど予想されている筈だ。それを確信させるかのように、ローレンツォレル伯爵はにこりと微笑んだ。


「はい。その節はお世話になりました」


「いやいや。侯爵はともかく、私は何も出来てないよ。もっと話しておけばよかったとはずっと思っていたのだけどね。だから、今日来て頂けたのはありがたい」


 伯爵は無造作に後ろのテーブルに置いてあったグラスにワインを注いだ。なみなみと赤い液体で満たしたそれを、はい、と差し出される。礼を言って受け取ると、遣り取りを見ていた総帥の孫が慌てた様に軽く私の上着の裾を引いた。


「おい……っ、酒だぞ、それ!」


「知っているが」


「ジーク、貴族院で配られる飲み物は酒だぞ。エインシュバルク伯爵はとうに飲み慣れておる」


 何を今更、とやや呆れた様な顔で侯爵が孫を見遣る。どうやら伯爵と話しをする間、孫の面倒を見ていてくれるらしい。

 私を気にしてはいるものの「そうなんですか」と祖父に返さずにはいられない総帥の孫に、侯爵が一銭の価値にもならなそうな貴族院とアルコールに纏わる話を始めた。


「それで、エインシュベルク伯爵殿。わざわざ私に会いに来たということは、欲しいものがあるのだろう。何を差し出す?」


「それを聞くということは、伯爵にも私に求めるものがおありになるのでしょう」


「そうだな。当ててみてごらん」


 ふ、と意地悪く笑った伯爵に、下品にならない程度に笑みを返す。


「これから先五年間の小麦の輸出を、ローレンツォレル伯領を第一優先とさせて頂きます。それから畜産物の輸入関税の撤廃。二十人の留学生を二年間受け入れる用意も出来ています」


「それだけ?」


「いいえ。もう一つあります。──後見人の後任をローレンツォレル伯爵に、と次の貴族院で議題に挙げようと思うのですが、いかがでしょうか?」


 テレジア侯爵はもう歳だ。貴族であっても六十を迎えればいつ死んでもおかしくないという中、侯爵は今年六十八歳を迎えようとしている。いつ彼が亡くなってもおかしくないよう、数年前からひっそりとささやかれている私の後見の後釜について。准成人である私がそこへ、自分の意思を表明しようというのだ。


「……おいしい話過ぎて裏を勘繰ってしまうな」


「私も後ろ盾が欲しいのですよ」


 よし。上手くいったと小さく拳を握った。

 ──一つだけ不安があった。私の後見という地位に何の旨みも無い状況に既になっているのではないか、という事だ。

 侯爵位以上の方々の秘密裏な話は、どうやったって伯爵以下の貴族たちまで勝手に降りてきたりはしない。その唯一の例外が目の前に立つローレンツォレル伯爵だ。彼には父である侯爵がいて、侯爵の齎す情報を上手く扱える力が伯爵にはある。学習院の子供とは違うのだ。

 つまり、彼ならば知っているという確信があった。外交という大事の裏で私に圧力をかけているのが、宮中の総意であるか否かと言う事を。

 答えは否。そうなれば、誰が黒幕かを絞り込むのは容易い。


 何を考えているのか聞かせて貰うのが今から楽しみだよ、王太子殿下。

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