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01

 悪役お嬢転生もので本人が武勲を上げて伯爵位を賜るとか聞いたことないぞ。

 前世でそれほどそういった娯楽小説ばかり読み漁っていた訳でもないが。


 当たり前だが私自身が優れている訳ではない。伊達やサボりで家族暗殺、領地経営丸投げを実行していない。単に運である。

 うちの子領軍は特に優秀なわけではないし、粗悪な烏合の衆でもない。兵農一体制と人数の少なさから、農民混成でも戦場に出せるくらいには練度は高いがそれだけだ。金がないので人が出て行かず、死なない限りは殆ど人員が入れ替わらないので。死人だけはなかなか出なさそう、それだけである。


 では何故戦果が上がったのか。やはり運としか答えようが無い。


 初陣の子領軍という事で私達が配置されたのは中央左だった。

 中央ド真ん中を張っているのは王の直属軍で、総大将は軍総帥ローレンツォレル侯爵。

 左隣は総帥の実家の保持する私軍である。

 ローレンツォレル家は領民の徴兵される領軍とは別に、純粋な武官のみで構成された軍を持っており、この軍がそれなのだ。指揮するのは総帥の息子、ローレンツォレル伯爵。ちなみに後方支援部隊の指揮官は伯爵の弟で、参謀総長はその従兄弟。

 お分かりの通り、アークシア王国の軍事力は殆ローレンツォレル家に掌握されていると言っても過言ではない。


 余談だが、中央の文官としての主要な役職を多く抑えているのはテレジア侯爵家の皆様である。

 テレジア侯爵の名を冠しているのは私の後見になってくれたあのおじいさんだけだが、その他テレジア伯爵、子爵、男爵、準男爵、傍系の皆様や分家の方々含めると異なる苗字も出ては来るが物凄い数の親戚が王宮に仕官しているそうだ。


 閑話休題。


 左右にそれぞれ二万ずつ、国家で一、二を争う精鋭舞台に挟まれて、半農軍人の比率半分超えである、三百程の極小子領軍は大人しくしている筈であった。

 余談その二、アークシアの東と南の国境に面した辺境伯領は前述で触れたように兵農一体が基本である。勿論、クソ親父のせいで十年前にはそんな制度影も形も無くなっていたが、有能なテレジア侯爵がきちんと復活させてくれていた。余談終了。

 さて、ところが。敵軍の中央軍最前列、騎馬隊の影に隠れるようにして配置されていた石銃隊が戦況を一気に危うくした事で、事態は急変する。


 玉詰めに時間を取らねばならない石火矢銃、それも僅か三十台という極小配備ではあった。

 が、隣国リンダールのうち戦争を仕掛けてきたデンゼル公の民は、もともとは騎馬民族。馬の扱いに長けた彼等は、石火矢銃を放ち即時撤退をやってのけたのだ。

 何万という軍勢が全力前進してくる中を、逆走する石火矢兵を駆け抜けさせるためにほんの数秒、道を作ってみせた敵軍の練度に我が軍の士気は急速に下がった。

 お陰で指揮系統が混乱し、私の子爵軍はあっという間に中央軍から逸れた。気付いた時には敵中央軍と右軍の中間に進み出る形になってしまっていた。

 敵軍にも気付かれずに敵の注意の向いていない脇に進出したといえば聞こえは良いだろうか。意図せずしてそうなったとはいえ、気付かれないうちにこれを活かさない手は無かった。


「子爵!右前方、敵中央軍内を石銃兵が前進しています!」


「こちらの中央軍は」


「後退し、敵軍との距離を取って体制を立て直そうとしています」


 嫌なタイミングで石銃隊を再び上げるものだ。むしろ狙い通りだろうか、あちらにとっては。


「石銃隊による狙撃を阻止する!カルヴァン、二列で隊を組み敵中央軍の前を全力で駆け抜けろ!姿勢を低くし、胸や首を庇え!アジール、お前は隊を率いて私について来い!カルヴァンで怯ませた石銃隊を討ち取ってやる!」


 カルヴァンは軽装騎馬隊であり、発砲による被害を最も受けにくいと判断できた。馬が撃たれても自分で走る事ができるからだ。当たりどころさえ悪くなければ、あの火力にあの弾の石火矢銃で死ぬような事はない。重装兵の木盾で防げる程度なのだし。

 アジールは重装騎馬隊で、リーチのある長槍を装備させてあった。小剣と同じ程刃渡りのある穂先で敵前衛を薄くなら抉れるだろう。

 残りの歩兵に通常ルー卜の全力後退を命じ、馬を走らせた。


 結果は、そんなに上手く行くとは思わなかったほど効果的だった。

 僅かカルヴァンの軽装騎馬隊に二名、アジールの重装騎馬隊に四名の負傷者を出し、馬は七頭潰れたものの、敵軍の最前列は一時的に混乱を極め、石銃隊を壊滅させたのだ。


「アジール、ギュンターの隊に合流せよ!カルヴァン、私に続け!」


 崩れた敵軍の隊列をカルヴァンの軽装騎馬隊で分裂させ、ギュンター率いる歩兵団の元に追い込むのが目的だった。

 いくら相手が騎馬民族上がりとはいえ、重装騎馬隊は鈍重なので、混乱しているうちなら身の軽いこちらに分があると踏んでの指示だった。

 これも、驚くほどうまく行った。

 どうやら石火矢銃を打つ前に討たれた石銃兵が何人か、騎馬隊の中で銃を暴発させたらしい。馬が背に乗せた主を忘れて暴れまわっていたのだ。


「囲い込め!パウル、アジール・ギュンターにこの意を伝えよ!」


 一際脚の速い馬を駆るパウルに伝令を任せ、敵中央軍の左端をごっそり二百人分ほど分断させた。

 中央軍から引き剥がし、混乱の最中にある敵兵を合流したアジールとギュンターの兵とともに囲み、馬を狙って潰していく。将を得んとすば、というやつである。


「卑怯な!アークシアの兵は我がリンダールの兵と剣を交わすのがそれほど恐いのか!」


「喧しい。勝てば官軍という言葉を知らないのか」


 要するに勝てばいいのである。味方が死ななきゃ尚いい。騎士の誇りなんてものが生まれついて子爵家の娘である私にあるわけ無かろう。

 相手はなかなかに仕立てのいい鎧を着ていたので騎士爵あたりの地位だろう、とあたりをつけ、首を刎ねた。少しぐらいは手柄を取っておかねば戦に使った金を取り戻す事も出来ない。

 囲い込んだ連中を掃討し終えた頃、両軍が一斉に退却を始めた。


「エリザ殿!退却である!退きゃ……エリザ殿っ!?」


 わざわざ本軍から私への護衛としてか、伝令も兼ねて数人の重装騎馬兵がやってきた。隊長らしき男は私の手にある首にぎょっとした顔で驚きの声を上げる。

 初陣の私が首を取るとは思わなかったのだろう。私もそんなことこれっぽっちも思っていなかった。


「エリザ殿、それは……っ」


「私の隊で相手の本隊から引き剥がして討ち取った部隊の長かと思われます。準騎士爵ほどに見えましたので、一応首を」


「……それは、敵軍の少将ですぞっ!!」


 ぶるぶると震えて叫んだ兵に、今度は私がぎょっとさせられた。


 どうしてこうなった。

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