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大捕物とは言えないまでも、それなりの人員を投入して捕えた盗賊団は約三日間ほど放置させて頂いた。
水と食べ物は与えてある。目隠しをさせている為にギュンター達ごっつい兵士諸君に手ずから食べさせてやったのだが、盗賊達は『何故か』食欲を無くしてしまったらしい。
別に、何の理由もなしに放置していた訳ではない。第二回・カルディア伯爵領庶民院議員選挙を行っていたので、生憎とそいつらに割く時間が取れなかっただけである。
幾つかの村で歳嵩の者達が若い者と交替したようだが、選挙自体は恙無く終わりを迎えた。
さて、お楽しみの盗賊団尋問タイムである。地下牢から一人ずつカルヴァンに引きずってこさせた。赤髪の男だけは一番最後に取っておく。
「気分はどうかな?栄養状態を鑑みて、量は少ないがきちんとした食事を出した筈だが、どうも食欲と聞いた」
「……そりゃ、目隠しも取ってもらえねえままむさい男に毎食飯を食わされたらな……」
男の声は酷く憔悴したものだったが、減らず口を叩ける気力はまだ残っているらしい。視界を封じた状態は予想以上に彼等の神経を擦り減らしてはいたが、それも今日で終わらせるつもりなので問題は無いだろう。
「処刑を引き伸ばしたいなら正直に質問に答える事だ。名はなんという?どこの生まれで、どういう経緯で盗賊団に入った?」
ギュンター達監視の兵によると、彼等は私にすぐに処刑されると考えていたらしい。半年前の密入国者の情報を何処からか聞いていたようだ。
彼等の末路とこいつらの処分が同じになる可能性は大きいが、今回は私にも考えが一応ある。
「……俺はセイン。他の奴らの名も言うのか?」
「聞いておこう。」
「テッド、ニック、マーカス、ギルベルト、ブランク、ネロと、イグニスだ。生まれはイグニス以外全員、ここの領だよ」
男の話を聞いて、やっぱりかと舌打ちしたくなった。六百年もの間国内に目を向けている平和なアークシア王国で、盗賊団はそもそも存在が珍しい。
そんなものを発生させるほど治安の悪い領など、十二年前までのカルディア子爵領くらいしか思い浮かばない。
テレジア侯爵の尽力によって当時発生した盗賊たちは殆どが捕えられ、情状酌量によってだいぶ軽くなった罪を償い農民に戻っているのだが。
「二十年近く前、領主の重い税と苦役に耐えきれなくなって、黒の山脈に逃げ込んだんだ……ずっと山沿いに北の領を訪ねたが、どこでも難民扱いされて居場所がなく、仕方なく盗賊に……」
恐らく彼等は最もこの領から離れ、地味に地味に只管食糧を盗んで山脈沿いに領を移動しながら、今の今まで捕まらずにいたのだ。
「イグニスとやらは何処から来た?」
「……あいつは十五年くらい前に高原で拾ったんだ。リンダールで生まれたそうだが、あの変な力のせいで疎まれて、逃げてきたらしい。俺達は当時何処かの領の軍隊に追われてて、高原の真ん中ぐらいまで逃げてた……」
やはりイグニス、あの赤髪の男が魔法使いらしい。リンダールの生まれ……ということは、リンダールの北地で生まれ始めた魔法使いのうちの一人か。魔法の力が疎まれていたということは、十五年前にはまだ魔法使いは殆ど生まれてなかったと考えればいいのだろうか?
他の連中にも同じ事を尋ねたが、大抵は同じ答えが帰ってきた。
中には盗賊になった元凶であるクソ親父の子供である事を盛大に罵ってくれた奴もいたが、盗賊団なんてもので二十年近く糧を得ていたにしては、軒並み気の弱い者ばかりだった。彼等の犯行手口を考えればそれも当たり前の話か。
「と言う訳で、お前を飼う事にした。イグニス」
「……何がと言う訳で、なんだ」
赤髪の男が訝しがるように吐き捨てる。そいつが目隠しをしていて何も見えないことをいい事に、少しだけ声を出さずに笑った。
「お前は人質だ。そして、他の者達はお前に対する人質となる。お互いが大事なら、大人しく飼われているがいい」
「性悪……噂に聞いた父親と同じで根性がひん曲がってるな」
「私の性根がどうであろうが、アークシアと私の領地が平和なら構いはしない。全員に人としてまともな生活を用意してやるんだ、悪い話ではないだろう?」
「……クソガキめ」
「淑女に向かって酷い物言いだな。躾が必要か?」
淡々と吐き捨てると、赤毛の男はゆっくりと顔を上げた。
「女かよ……貴族の癖になんつう口のきき方してんだ」
腹に爪先をめり込ませてやって漸く減らず口を閉じるあたり、イグニスには長期的な躾が要るようだ。
新学期の始まる一週間前に王都へと戻ってきた。
色々と支度もあるし、それに王城への召喚状が来ている。前にテレジア侯爵が言っていた頼みたい用事とやらについての話しだろうか?
領主館でも動きやすさについつい男物を着用していたので、久々に袖を通した騎士服に新鮮さは微塵も無かった。
「へぇ……これが王都か」
後ろからカディーヤとヴァルトゥーラに連れられたイグニスの呑気な声がする。無駄口をきくなと普段から言ってはいるが、人生の殆どを山で過ごしてきた人間が初めて王都に来た感動くらいは見逃す。
「なぁ、俺はここでどう飼われるんだ?あんたの家にずっと閉じ込められるのか?」
「馬鹿な事を聞くな。逃げないと分かってる者を閉じ込めておいて何の利がある?馬車馬のように使ってやるから安心しろ」
「クソガキ……」
二十は超えているというのに、子供のような言動の絶えない男である。閉鎖した環境の中で生きてきて、精神がまともに成長していないのかもしれない。
「ヴァルトゥーラ、倉庫に放り込んでおいてくれ」
「了解」
春休みの間にすっかり頼れる従者兼護衛であると証明したヴァルトゥーラは、私の呟くような命令を聞き漏らすことなく手早くイグニスをふん縛った。目隠しも忘れずにつけて、あっという間に出来上がった蓑虫状の成人男性を重さを感じさせずにひょいと肩に担ぐ。
「そこまでの事したかよっ!」
「余計な口を叩くなという簡単な事も覚えられないようだからな。ヴァルトゥーラ、連れて行ってくれ」
イグニスを片付けたのには、屋敷を留守にする上奴を一人で残しておく必要があったからという理由がある。どうにもまだ躾の甘いイグニスは初めての王都に浮かれて何をしでかすか分かったものではない。
さて、王城に登らなければ。
カディーヤとヴァルトゥーラを連れての登城は初めての事で、二人は珍しく緊張しているようだった。気持ちは分かるが、その緊張をほぐしてやれる余裕は無い。
城の衛士に召喚状を見せ、文官の案内で国王陛下の元へ向かう。
「国王陛下、エインシュバルク伯爵がお見えになりました!」
扉に控えた近衛兵の宣言と共に、久々に入室した謁見の間。
国王陛下の座る王座の段の下に、テレジア侯爵と大公が控えている。この面子からの頼み事……考えただけでも気が重くなる。
とにかく広間の中程まで進み出て、臣下の礼を取った。後ろ二人も侍従として完璧な礼をしている。テレジア侯爵が満足気に破顔した。
「エリザ・カルディア・エインシュバルク、陛下の召喚に応え只今御前に参上致しました」
「よく来た。面を上げよエインシュバルク伯。そなたに頼まねばならぬ事がある」
許しを得て顔を上げた。そうして、王の横にいつの間にか進み出ていた存在への動揺を必死に取り繕わねばならなくなった。
乙女ゲームのヒロインが何故国王と一緒に私を待ち構えているんだ。
「紹介しよう。隣国リンダール連合公国の大公家より、此度我が国に留学生として滞在することになったエミリア・ユーリエル・ド・ラ・リンダール殿だ。そなたには、エミリア殿が学習院の中で不自由の無いよう頼みたい」
えっと……それって、ヒロインの面倒を見てほしいという事か。でもその役目って、ゲームだとあの四人が務めていなかったっけ……?
ざっくりと決めていた平和なこれからの二年間の未来像が音を立てて砕けていく。
……どうしてこうなった。