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 知らせを受けて警戒させていた盗賊団は、黒の山脈(アモンノール)に程近いシリル村に姿を現した。

 勿論待機していた領軍と、貴族などより余程逞しい我が領民達によって撃退されたが──そう、撃退した。つまり、捕縛に失敗したという事だ。


 知らせが入ってすぐ、シリル村へ護衛のヴァルトゥーラを連れて直行した。

 現場に居合わせたパウロに詳しい話を聞くと、何も奪われる前に盗賊団は追い払えたようだが、かわりにこちらにも三名の怪我人が出ているらしい。

 思わず眉根に皺が寄る。


「……火傷を負ったとはどういう事か、説明してもらえるだろうか?」


 盗賊たちが村の穀物庫に押し行ろうとしたのは夜明けで、松明等を持っていたとは思えない。そもそも今までの犯行を聞く限り、襲った後に火を放つような手合いでは無かったはずだ。

 奴等は穀物庫を空にする訳ではない。

 比較的平和な世であるからこそ盗賊団等と呼ばれているが、実際にやっているのは集まった棄民が自分達の食を繋ぐ為に行う盗みに近い。

 農民を襲うことも無かった彼等だ。万が一穀物を燃やしてしまうような事は、恐らく避けるだろう。

 なのに、怪我人の負った傷は火傷だという。


「はい、それが……怪我をした者達の話によると、何もない空中に突然火の手が上がったというのです」


「それは……」


 ライターみたいなものでも開発されたのか?この世界は今のところ火打ち石で起こす火花での着火が主流な筈だが。

 或いは、……いや、大気中の気体に反応して燃え上がる化学物質なんてものがこの世で実用されている筈が無い。これは考えても無駄だろう。


「……エリザ様」


 パウロと二人で首を傾げたところに、後ろから遠慮がちな声がかかった。後ろに控えさせていたヴァルトゥーラである。

 頭三つ分以上高い身長の彼を、首を最大限捻って見上げると、彼は自分から膝を折って私の耳元に口を寄せた。

 私が成長期の子供という事を差し置いても、ジェンハンスの者達はアークシアの人間よりもかなりの高身長である。ヴァルトゥーラはその中でも更に背の高い方で、後ろに控える彼を見上げる事が多くなった最近は肩こりが酷くて少し困りものだ。


「エリザ様、それは恐らく、魔法使いかと」


「魔法使い?」


 衝撃のファンタジー用語が、今更過ぎるタイミングで彼の口から飛び出した。

 思わず鸚鵡返(おうむがえ)しに聞き返すと、ヴァルトゥーラはこくりと首肯する。


「……魔法使いって、あの?」


 信じられずにもう一度聞き返すと、彼ははい、と迷わず返事を返した。




 魔法使いというのは、魔物という非常識な生命体がひっそり森の奥地や山の奥地に実在しているこのファンタジーな世界においても、物語の中の存在として認識されている。

 魔法は魔物の使う術であり、人智の及ばない超自然の力である。


「で、その魔法使いが実在すると何故言える?」


「アークシア王国では架空の存在でしょうが、実は小王国群には少なからず存在しているのです。近年は、リンダールの北側にも魔法の使える子供が生まれ始めているそうです……奴隷商人達がそう話していたのを覚えています」


 衝撃の事実である。

 何故アークシアでは今まで存在が発覚しなかったのか、リンダールの北側にのみ新たに出現しているのかは今回は置いておくとして。


 原作の乙女ゲームに、魔法使いが存在したのか。

 それが私にはわからない。何故なら、実は私はあの乙女ゲームをたった一周プレイしただけなのだ。


「……少し、頭を整理したい。私はここから動かないから、昼食を先に食べておいで」


 村の女連中が軍の者達の為に炊き出しを行っている筈である。シリル村の名主の屋敷の一部屋を借りている今、何も不穏な事はないだろう。万が一の事があっても、私は剣もまともに持てない深窓の令嬢ではない。

 思索の海に沈んで不用意な事を呟いてしまっても問題ないようにヴァルトゥーラを追い出してから、部屋の奥のソファに身体を沈ませた。


 魔法使い。前世でやった乙女ゲームで、そんな単語は登場した覚えは無い。という事は、アークシア王国の中枢部には今のところは殆ど関係の無い存在なのか。

 確かに魔法を使ってくる魔物と、その生息地である東端の森の存在は言及されていたが、それも乙女ゲームのヒロイン視点ではあまり重要度の低そうな単語であった。


 久々に前世の朧な記憶を引っ張り出す。

 ──暇潰しとしてたまたま妹に借りた、前世でたった一つだけプレイした、とある乙女ゲームについて。


 ヒロインはアークシアの隣国の大公の娘である。

 彼女は外交政策の一つの手段として、十四歳の春からアークシアにやってくる。

 アークシア王家の客分として滞在しながら、学習院に留学生として通い、将来の嫁ぎ先として王太子、大公家の二人、総帥の孫の中から相手に婚約の同意を漕ぎ着けるためにやってくるのだが──プレイヤーにはその情報は最後の最後まで公開されない。

 ヒロインはそれなりに高い身分を持つ単なる留学生として学習院に入学してくる。嫁ぎ先を決めさせられるなどと全く知りもしないまま。


 私がプレイした事があるルートは、ヒロインが誰とも懇意にならないままに学習院を卒業する、通称ノーマルエンドである。このエンディングでは彼女は適当な公爵家に将来的に嫁ぐ、という事だけを匂わされて終了した。

 余談だが、妹の情報によると実家の悪事がどうやっても見過ごせる規模ではない悪役令嬢エリザ・カルディアはどんなルートに入っても家族と共に何かしらの処罰を受けて消えるそうだ。実家の悪事なんてものは既にテレジア侯爵に何とかしてもらった私にはもう関係ない話だが……。

 ゲームの期間は二年間。一周目は王太子とその取り巻き三人しか攻略できるキャラクターが出てこない。


 ところが、妹が私にこのゲームを薦めた理由に、二周目以降の要素が大きいという点が挙げられる。


 二周目以降に登場する攻略キャラクターと、何やら条件を満たすと出現する上級学習院のシナリオ。最初からいる四人のキャラクターについても、上級学習院へ進まなければ分からないエピソードが存在しているという。


 もしかすると上級学習院のシナリオで、魔法使いに関するエピソードが出てくるのかもしれない。ちなみに魔物の森は学習院シナリオで攻略キャラクター達が学院を留守にする時期があり、その理由として登場していた。

 アークシア王国以外の国については、乙女ゲームという事もあって固有名詞すら出てこなければ、南に存在する小王国群の存在すら出てこないのだが……。


 ……今更役に立ちそうな情報は、たった一周ノーマルエンドへのルートをプレイしただけの私には思い浮かべられなかった。

 もっとやっておけば良かった、というのは今更である。

 まあ単なる乙女ゲームのシナリオで、国を揺るがす大事は起こりはしないだろう。卒業するまでの二年間で、王太子達とよろしくやっている隣国の大公息女とやらを尻目に大人しくしておけば問題は無い筈だ。


 これ以上は無駄だな、と前世の記憶を掘り返すのを辞めると、丁度窓の外で日の光を返して煌めく白金が視界の端を掠めた。

 護衛となった青年は、食事を取るのがかなり速いようだ。

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