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 リンダールと二十年続いた戦争が、酷くあっさりと終結した。

 私の策は上手く行ったようで、相手軍は壊滅したらしい。捕虜より死傷者のほうを多く出したリンダールの軍勢が引き返してすぐ、デンゼル公爵から停戦調停の使いが出された。

 農民を狙ったのが一発で見抜かれたようだ。そこまで民を気にかけられるのなら、何故侵略戦争などしたのか……全く理解不能だ。


 停戦にまで一発で漕ぎ着けた軍略貢献への評価という形で一千万アルクを賜った。よかった、報奨金だけならこれ以上貴族社会で余計な妬みを買わずに済む。


 その報奨金を携えて、領地へと一時帰省した春休み。

 私より一日遅れでテレジア侯爵に連れられて領主館へ到着したカディーヤとヴァルトゥーラに、酷く驚かされた。


「……びっくりした。カディーヤ、すごく綺麗になったね。物語のお姫様かと思ったくらいだ。それにヴァルトゥーラ……信じられない程逞しくなった。後で剣を合わせよう。どれ程強くやったのか、直接知りたい」


 痩せ細って貧相だった半年前の彼等と、現在の彼等は本当に同一人物なのかと我が目を疑ってしまう。

 頬がふっくらと健康的に赤みを帯びて、元から秀麗だった容姿が磨き上げられている。背筋もぴっと伸びて、そこらの下級貴族の令嬢・令息と比較しても遜色無い程気品ある立ち居振る舞いもしこまれていた。それが二人の美貌をよく引き立たせている。

 半年でよくぞここまで、と思うのと同時に、テレジア侯爵並びにローレンツォレル侯爵の手腕には脱帽せざるをえない。


「中身も叩き込んでありますぞ。見た目だけ繕った飾りは、エリザ殿には無用でしょうからの」


 テレジア侯爵は鼻歌でも歌い出しそうなほど満足げに二人の出来を評価した。


 二人の白金の髪がサラリと揺れる。カディーヤは両膝を、ヴァルトゥーラは片膝を床について、手を胸に当て頭を下げた。私に向かって、である。


「主従の誓いというものですな」


 戸惑いかけた私にテレジア侯爵が小さく耳打ちしてくれた。

 主従の誓い……ジェンハンスの古い儀礼だと聞いた覚えがある。生涯仕えると決めた相手に対して、身と命を捧げるという誓の儀である。その礼に応えるには、手を差し出して甲に接吻させるのだったか。


「……まぁ、生涯仕えてもらうつもりではいたけど……、まさか主従の誓いを再会直後に貰えるとは思ってなかった」


 多少茫然としながらも右手を差し出すと、二人が恭しく甲に唇を落とした。擽ったい。


「アニタ達から聞いた話だけで、エリザ様がこの身と命を捧げるに価する方だと分かりましたので」


 ふんわりと微笑むカディーヤは、上品な口振りでそう告げた。そうして今度はアークシア式の臣下の礼を取る。


「この命尽きるまでお側において下さる事、お許し頂けた事を心より嬉しく思いますわ」


「主従の誓いは、死を持ってのみ終わりを迎える。側に置けないと思えば首を刎ねるより他に無い」


 柔らかく表情を保ってはいるものの、二人の瞳は苛烈に輝いて私に向けられている。強い意志がそこにあった。


「──自分達の立場を固める為に、己の心と命を私に差し出したという事か」


 寄る辺を失った彼等が、幼いアニタ達を守りながら異国で生きていく為に、そうした。

 ……ギブアンドテイクの関係で余程やりやすい。何をしでかすか分からない忠誠心などよりも、動かしやすい優秀な人手だ。


「魂までは求めない。が、捧げた誓いを果たせるよう、それこそ死ぬまで働いて貰うつもりなので心しておくように」


「はい」


 真っ直ぐに向けられる視線は含みが無い分小気味良い。侍従はなるべく気の置けない存在であってほしいので、その澄んだ目の強さは好印象だ。


「さて、二人を届け終えた事ですし儂は領地を見回ってきますな。何か気づいたことがあれば、お伝えしましょうぞ」


 テレジア侯爵が気を利かせたようにそう言って、護衛を連れて馬車を走らせて行ってしまった。未熟な私をサポートするのに実地調査とは畏れ入る。私が成人を迎えるまでは、後見人として毎年春に領政の監査をするらしい。


「……では、改めてよろしく頼む、二人共。アニタ達が待ってる。行こうか」


 二人を迎える為に料理を用意させておいた。夜はテレジア侯爵へのもてなしで忙しくなるので、昼のうちに二人の歓迎会を終わらせておかないとスケジュール的にキツくなる。


 二人がアニタ達に向かえられたその瞬間の、嬉しそうな表情を忘れないでおこうと思った。




「盗賊団?」


「はい。北のゾーク伯爵領で何度か村を襲っていたようですが、黒の山脈(アモンノール)を通りこの伯爵領に入り込んだ可能性があるそうです。ゾーク伯爵から直接知らせが入りましたわ」


 仕事着として与えたシンプルなドレスローブに身を包んだカディーヤが、封蝋のされてない手紙を差し出してきた。確かにゾーク伯爵のサインがあり、内容もカディーヤの伝えてきた通り、盗賊団の侵入を警告するものだった。


「村落に厳戒態勢を取らせろ。それから、軍を分けて村に駐在させる。カルヴァンとアジール、ギュンターを呼んできて貰えるか?」


「でしたら、既に隣の部屋に控えさせてあります」


「では名主達に鳩を飛ばしてくれ。村の自警団を動かし、明日の昼に領主館に集まるようにと」


「はい、かしこまりました」


 実に有能な返事を返したカディーヤが優雅に退室する。扉が閉まると同時に急ぎ足の靴音が遠ざかっていった。

 再会して一週間程。侍女が使える人材だったのは嬉しいが、恐らく単なる侍女では済まされない教育を施されて戻ってきた事はそろそろ確信していた。彼女のやっている仕事は、普通家令と呼ばれる者が熟すものではなかったか……。

 テレジア侯爵、やり過ぎだと思います。

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