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 さて。捕虜の処分が決定したので、今回も有意義にそれを使わせてもらうことにした。彼らには、今まで飯を食わせて生かしてやっていた分の働きをして貰う必要がある。


 前回死体を飾っただけであれ程向こうの軍を動揺させる事が出来たので、今回は生きたまま利用する。

 とはいえ、奴隷の存在を認められていない我が国では、彼等に強制労働などさせることは出来ない。

 では何をするのか?

 答えは単純、幾つかの情報を敢えて与えて解放してやるのだ。

 進撃してくる敵軍は四万。かなりの人数となる捕虜を連れたまま戦など出来ず、一時的に兵を引くか、或いは自分達の手で殺すか。どちらにせよ、侵略者の分際で騎士道がどうのと気取る連中にはそれなりに効くだろう。


 勿論ただで返してやる気は無い。

 捕虜達を返し、敵軍が混乱したところで奇襲をかけて相手を削る。国力ごと殺いでしまうのを目的に、狙うのは訓練された兵ではなく徴兵で従軍している民だ。

 そうしてあわよくば、デンゼルの中に反乱の種を撒く。デンゼル公は領民の反応に気を使っているので、それを逆手に取ってしまえば次の進軍は遠のくだろう。

 国を動かすのは貴族で、軍を差し向けてくるのも貴族だが、国とは民だ。身近な人間をごっそり亡くした民達がどうするのか。完全な防衛戦で、あちらのお国事情などどうでもいいアークシアとして、これを狙わない手は無い。


 奇襲に関しては成功しようと失敗しようと、すぐに引き揚げさせる。

 戻した捕虜に握らせた情報を使って敵軍を振り回し、奇襲を仕掛けてその数を減らし、疲弊しきったところを叩く。

 相手軍の進行ルートを特定しなければいけないが、成功すれば犠牲は抑えられるだろう。

 うまくいけばいいのだが。


 というか、一つ今更な事を言わせてもらってもいいだろうか。

 なんで私は臨時軍師補佐官なんてものになっているんだ?




 領地に戻る支度をしたというのに、結局王都に留まることになってしまったので無駄な事をした。


 何事も無かったように学習に戻る。戦が始まるから領地に戻る──そう予め伝えておいたゼファーが、びっくりした顔で私を迎えた。


「あれ、カルディア?領地に戻っている筈じゃ」


「やはり、父君からは何も聞いてはいないようだな。今回は戦地には出ずに、臨時軍師補佐官等と大層な名の役職を頂くことになった。貴族院での軍議が一段落したから、学院に戻るように指示されてね」


「……本当に?」


 あからさまにホッとした様子のゼファーに、四日以上貴族達に囲まれて過ごしていたために若干荒んでいた心が安らぐ。

 彼は私が戦死しないよう、真摯しんしに祈ってくれていた。私が戦地に立たずに済んだ、という知らせに安堵してくれたらしい。


「というか、左腕の骨折を忘れていてね。恐らくテレジア侯爵が手を回してくれた。多分、大公閣下も噛んでいそうだが」


「あぁ、そういえばそうだったね。でも、良かった」


「良かったって、その分他の貴族が戦場に立つことには変わらないのだが」


「僕はカルディア以外はど……いや、うん。ちょっと不謹慎だったね。──でも今の僕にとっては、他の貴族より友人であるカルディアが大事だから」


 にこ、と笑うゼファー。

 じわじわと顔が赤くなるのを自覚する。友人という響きが、これほど精神の健康に役立つとは思わなかった。まるで自分が普通の年頃の少女になってしまったような気分に陥る。

 貴族達の言葉の裏を只管ひたすら読んで読んで読んで読んで……蓄積された疲労によって枯れたようだった私の心に、彼の存在はまるで染み入る水のようだ。


「ゼファー、君は本当に素晴らしい友人だ。私はこんなに短い間に、何度も君という存在に救われている。ありがとう」


 こんな時こそなのか、しみじみと恩を感じて普段の礼を言う。情報を集めてもらったり、貴族達との会話に疲れ果てたところを癒やしてもらったりと、受けた恩義は枚挙に暇がない。

 ゼファーの頬にもじわりと朱が差した。

 よし。うまくやり返せたようだ。どうにも私は変な所で負けず嫌いになってしまって、こういう時にやり返さずにはいられない。


「ゼファー、おはよう……カルディア?領地防衛に戻ったんじゃ無かったのか?」


「おはよう、ジークハルト。今回は私は不参戦が決まったので、王都に残る事になった」


 教室に入ると総帥の孫がまず第一声を放つ。

 驚いて目を丸くする彼とは裏腹に、その隣では貴族院に出席していたため既に私に出された勅命を知っている王太子が、今日も一部の隙も無い眩しい微笑みを浮かべていた。

 王太子は貴族院で話された事を学習院の生徒の誰にもその内容を洩らさない。貴族院にまだ所属してない生徒達には知らせる必要が無いと考えているのだ。

 これは他の貴族にも言えることで、彼等も不用意に貴族院の話を妻や子供に話さない。そのため未だに広まっていない私の正確な情報は、恐らくこれからも広まらない。


 更にその奥には、特に何も思う所の無さそうなグレイスがいた。目が合うと軽く会釈をされたが、それだけだ。

 エリックの一件が終わってから、グレイスからもきちんと謝罪は貰った。同時に彼から、個人的に嫌いだ、と告白されたのは余談として。


 そうして、大公家の問題が片付き態度を改める時期をきちんと察知した彼は、非常に貴族らしくその振る舞いを変貌させた。

 彼は度を過ぎたブラコンだが、元から自分の事を客観的に見る術を王太子と同じ様に身に着けている。

 エリックに付き合う必要が無くなってから、恐ろしい速度で正しい距離感を全ての方面で再構築したグレイスに、逆に私の好感度は鰻登りだ。

 意外と有能だし、王太子と愉快な仲間たちカルテットの中では最も他人との関係性に気を使っている。その調子で王太子が私に軽々しく笑い掛けたりする事や、謹慎明けの弟が私にべったりになるのを止めてくれると有り難いのだが。


 あと、それから蛇足として……王太子と私の派閥対立構造も、じわじわとその存在を忘れられている。

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