00 Prologue.
最初の一手が家族の暗殺という時点で泣けてくるが泣いてもいられない。
クソ親父の煙草の吸い殻を迷いなくスープの大鍋に浸して、暫くしてから掬う。どうせ毒物の検出なぞ出来ない。
幸い、今日の夕食にはクソ親父がどこぞの悪徳商人から買い漁った南方の珍味が使われている。食あたりでも起こしたと思われるのがオチだ。
悪辣で知られたカルディア子爵一家は、その日二歳になったばかりの末娘エリザを残し、全員が死んだ。
子爵を毒殺した罪で、これまた悪辣で知られた大商人が一人、処刑された。
……という訳で、私ことエリザは二歳にしてカルディア下級女子爵を名乗る事になった訳だ。勿論二歳の子供が暗殺なんてものを考える訳が無いので、私は必然的に容疑者にすら数えられない。
分家は全て金に浅ましいクソ親父がなんだかんだと処刑してしまったらしく全滅。残された私はまだ二歳、領地経営なんて仕事は出来ない。
目論見通り私の後見人として王都からまともな奴が送り込まれる事となる。
そうしてめでたく私の後見人となったおじいさんは、我が家の経済状況やら子爵領内の様子を見て悲鳴を上げた。
借金まみれ、領内はガッタガタ、領民はボロボロ、さてどうやってここから建て直すのかねぇ。
勿論二歳児の私はノータッチ。何しろ私が成人、或いは凖成人となるまでにこの領内を平和にしてもらわないと困る。
その為に親兄弟を皆殺しにしたのだし。
さてさて、私が二歳児でありながら人を八人ほどぶち殺したのには訳がある。訳が無かったら私は単なる大量殺人犯なので。
私はどうも異世界へ転生したらしい。
この国は中世盛期以降のヨーロッパに似ているが、アークシア王国なんて国はヨーロッパ史には存在しない。
それに、アークシア王国のエリザ・カルディア子爵令嬢は、私が生まれ変わる前に丁度クリアしたばかりだった恋愛シミュレーションゲームの登場キャラクターだ。
流行りのゲーム世界転生ですねわかりたくもねぇよ。
このキャラクター、エリザはゲームの主人公の敵として出現する。
不正がごっそり出てくるテンプレートな悪役貴族家でたっぷり甘やかされて育ったテンプレートな敵役である。詳しい事は割愛するとしても、実家のやっていた悪事がちょっと見過ごせない程でかいので、最後はお決まりのように刑に処されて退場していくタイプなのである。
そのゲームを前世で妹に借りて暇潰しに遊んでいたのは、転生してしまった今となっては吉と出たと考えたほうがいいか。
当然だが、そんな悍ましい未来はフラグを立てるタイミングさえ与えずに消滅させてしまうに限る。故に私は、誰がどう考えても疑わないであろう二歳児のうちに家族皆殺しという行動に出たわけだ。
あれ、ゲームのエリザよりも罪が重くなってる気がしないでもない。子爵暗殺て。
僅か三千人弱程の人口とはいえ荒れ果てた領内を立て直す才覚も私にはないので、ここは他人任せにするに限る。
まぁ派遣されてきた後見人は自分の将来の利益のためにせっせとこの地をまともな状態に戻すだろう。
ちなみに後見を努めてくれるおじいさんの名前はテレジア上級侯爵。マリアって名前の当主が立たないといいな、不吉だから。この国はオーストリアじゃないしフランスも存在しないので問題はないかもしれないが。
五年を経て私が七歳になる頃には領内は落ち着いてきた。
後見人のテレジア侯爵は私に令嬢としての作法なぞよりも先に領地経営法やら国の法律やらを叩き込んだ。
身の回りの世話をする人員はいつの間にやら整理されていて、行儀見習いのお嬢さんばかりになっていた。
騎士爵とかそこらへんの下級貴族ではあるものの、上級侯爵の眼鏡には適っているだけあって所作は美しく優雅だ。自然、その人達に影響され私の立ち居振る舞いは丁寧になる。
だからこそ、そういう教育を正式にするのは後回しでも構わないと伯爵は思ったのだろう。その通りなので構いませんけどね。
結局行儀作法、マナーの授業が始まったのは初授業に遅れて一番最後、私が九歳になる頃だった。
最初に始まった領地経営の授業と同時に叩き込まれた軍の用法と最低限の武芸、それと乗馬。
戦があったらこの家から兵を出すのは私なので当然といえば当然である。
侯爵の家の同じ年頃の令嬢はマナーレッスンと国際関係論、あと教養の授業なんかを習っているそうだが、そんなに時間を掛けてみっちりと習うなら将来の社交界で彼女達の話についてくことは難しいかもしれない。何しろ私は別の事ばかり勉強している。
八歳になるころ、侯爵領から派遣されてきた侯領軍の副将に指導されながら自分の部隊を初めて持つことになった。
人数は僅か二十。生まれて初めて出来た部下に非常に戸惑ったし、年齢差や性差の為に大分揉まれもしたが、十歳になる頃には何とかかんとか百人程を纏められるようになった。
同時に八歳から出席を許された貴族院の集会に、毎回出席しなければならなかった。うちの子爵領は一応辺境なのだが東西に細長く、領主館がある村落は一番王都に近い為に馬を使えば三日程で辿り着けてしまう。二、三ヶ月一度程度の定期議会を休む事は出来ない。
流石に私以外は若くても二十五を過ぎた男ばかりで、宮廷内の謀なぞに組み込まれもしないのだけが救いだった。
今のうち、侯爵の背中に隠れていてもいい今のうちに世渡りの術を見て盗んで身に着けなければいけない。いつまでも侯爵が丸ごと面倒を見てくれる訳でもないので、これは仕方がない。
子爵として必要になる領地の治世に関してはきちんと勉強もしている事だし、部下となる文官を雇い組織を作って機能させれば将来的には数千人ぐらいならばギリギリ手に負える筈、だろう、多分。前世で言うところの小さな市一つくらいならなんとかなりそう……なっていてほしい。
十二になる頃、隣の領地に隣国の軍が侵攻してきた。
その頃には何とか形になっていた子領軍、徴兵して集めた農民合わせて三百人を連れて、戦場に参戦した。
結果、私は初陣で敵将の首を取る事となる。
どうしてこうなった。