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「今まで、悪かったって思ってる。俺、本当はただ、伯爵と仲良くなりたかった。でもあんな酷いこと言っていて、仲良くなれたらなんて、とんだ甘えだよな。伯爵が何とも思ってない事は知ってるけど、謝らせてほしい。この通りだ」


 応接室に通すなり、エリックはそう言って頭を下げた。

 それも、大罪人が処刑前に取らされる跪謝請礼という、両手を胸の前で組んで膝と額を床につける、この国の中で最も屈辱的とされるポーズ付きで、だ。

 そんな事をされても何が何やら……


「君の言うとおり、私は何とも思ってないが、謝罪は受け入れる。だからその仰々しい礼をすぐにやめてくれないか。大公家の子息に大罪人の真似をさせたと、逆に私が罪人として捕らえられそうだ」


 テレジア侯爵から借りているアニタ達の教育係の一人にでも目撃されたら死亡フラグが一瞬で立ってしまう。

 エリックはすぐに立ち上がったが、その顔にはどこか達観したような苦笑がほんのりと乗せられていた。


「謝罪を受け入れてくれるとは思ってなかった」


「本人が楽になるための謝罪を、思う所もないのに突っ撥ねるほど狭量きょうりょうになった覚えはないが……」


「やっぱ言うね、伯爵。ああそうだ、伯爵が捕らえられるなんて有り得ないから、安心してくれ。どう考えても俺は教会送りになるし。そしたら、俺の地位は剥奪されるんだし」


 だから、何がどう転んで捻ってすっ飛んだらそうなる。

 大公家に話をつけたのは私自身だ。

 きちんと責任を取り、歪みを直すようにと──待て。今回の騒動の原因である大公家の不仲は、一体どの程度の貴族が知っている事なのか。

 

 テレジア侯爵は軽くであれば知っていた。彼のアドバイスに従って、当時を知る元メイド達を探ったのだ。

 彼女達の殆どは、時期が合わなかったり、勤めている期間が短かったりと、事件の全貌を知らず、話を繋ぎ合わせようにも視点が異なり過ぎて使えなかった。

 骨を折る真似をして助けたたった一人の元メイドだけが、長い年月をかけて歪んでいった大公家の問題の全貌を知っていた。

 だが、ゼファーは何も知らないようだった。彼が知らないならば学生の殆ども同じと言っていいだろう。

 ゼファーの父君にも確認させるべきだったかもしれない。貴族院での情報収集を怠ったのも今になって手痛い失態になった。


 もし、エリックと義母の不仲が露見せずにいるなら。

 ──家の外で問題を起こしたエリックを処分したほうが、大部分にとって手間が掛からない。貴族としての外聞を気にするならば、エリックを責任をもって罰し、貴族社会から離れた所で飼い殺しにするのが最善の手だ。


「伯爵?どうしたんだ、突然黙り込んで……」


 自分の無知が招いたかもしれない、恐ろしい失態に顔が青褪めるのを自覚した。


 そんな馬鹿な事、あってたまるか。

 エリックはまだ子供──いや、この世界に子供の権利は無いし、そもそも彼は既に准成人を迎えた自己責任の立場にある。

 そんな馬鹿な事、あってたまるか。

 虐待を受けた方の被害者の子供が、歪んだコミュニケーションを発信して──つまり、外に不器用ながらに助けを求めて、恥を晒したと罰を受ける?

 そんな馬鹿な事、あってたまるか。


 そんな、馬鹿な話が、あってたまるか。


「……そんな責任の取り方があってたまるものか。ふざけるなよ……!」


「え、伯爵、何を……」


 それを受け入れているエリックが、この世界の『常識』だ。


「エリック。事情が変わった。今夜は当家に滞在していってもらおう。明日は大公家に付き添わせてもらう」


「えっ、どういう事、突然……」


「何故同い年の男の面倒など見なければならないと思っていたが、こうなれば話は別だ。くそ、私とした事が半端な事をした……お前が今日ここに来なければ、私は自分を恨む嵌めになったかもしれない。」


 私と大公家の間にあった話など知りもしないエリックは、全くついていけないという表情で「はぁ……?」と気の抜けた声を上げた。


「気を抜いている場合か。君の正念場は私への謝罪などではなく、母君との話し合いだろう。しゃんとしろ」


「ええ?いや、話し合いって……何が?」


 自分が一人全ての責を負って処断されるものと受け入れきっているエリックに、どうせ前世で知った児童虐待の話など理解できはしないだろう。

 埒が明かないのでもう放っておいた方が効率的かもしれない。どうせ大公たちがどういうつもりでいるのか、明日になれば分かるというものだ。


 困惑するエリックを放置して、アニタを呼んだ。


「客に一晩滞在して頂くことになった。急ぎで悪いが、食事と風呂と客間を一つ、用意をしてくれ。大公家の御子息なので失礼のないように。それから一人、大公家に宛てられた寮に使いを出してくれ。明日エリック殿はエインシュバルク伯爵の責任で必ず大公閣下のお住まいまで送り届けさせて頂くと」


「はっ、はい!」


 屋敷中がにわかに騒がしくなった。客を迎えるのは初めての事の上、急な話に皆が慌ただしく働いているに違いない。


「なぁ、一つだけ聞かせてもらってもいいか、伯爵」


 それまでぽかんと惚けたままだったエリックは、ようやく我に返ったようだった。


「何だ?」


「さっきはああ言っていたけど、何で今更、俺の面倒見る事にしたんだ?」


 気にする所はそこなのか。まぁ、今の今まで無関心だった相手が何故、と思うのは理解できる。確かに私の立場からするに、別にエリック教会送りルートでも何も問題は無い。グレイズはがっつり歪むだろうが、それを再び表に出させる大公家ではないだろう。


「単なるクラスメイトのままなら放っておいたかもしれない。大公家が既に終わらせた事をひっくり返すような力は私にはないからな」


「じゃあ、なんで?」


「君が、今日自分の意志でここに来たからだ。仲良くなりたかった、と言ったのはそちらだと記憶している」


 友達の面倒ならば、見るつもりはある。


 ……というのは勿論建前で、今でも友人関係は御免被りたいが、己の不始末が招いた事態だ。今回ばかりは、仕方ない。




「……おい、エリック?どうした、呆けてる場合か。何で君は唐突に固まってるんだ。窓に化け物でも見たのか、おーい」


 折角喜びそうなことを言ってやったのに、なぜこいつは石になっているんだ。言い損じゃないか。

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