表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/49

14

 夜会には二通りのものがある。

 前世にあったものはどうだか知らないが、この世界の夜会には子供を参加させられるものとそうでないものの二種類が存在する。


 子供連れで参加できないものは貴族院を通して招待状が送られてくる。

 つまり、余計な邪魔を入れずに大人の話をする場なのだ。アダルトな意味でなく、仕事的な意味で。

 というわけで凖成人、年齢で言えばここにいてはいけない筈の私ではあるが、貴族院の紋章入りの招待状を片手に今夜の集会場、ザスティン公爵の居城の大広間に堂々と立っている。


 ザスティン公爵家、先々代の王の兄弟から派生した一族は、前世で言うところの宮内省に当てはまるような役職を任されている。

 具体的な仕事はおそらく別物だろうが、王族の事務を補佐し、後宮を管理し、王宮の人事権を有する。文のテレジア、武のローレンツォレルとは一線を画してこの国の権力を握る存在である。


 ついでに大公家について説明しておくと、あれは第二の王族のようなものだ。

 直系王族が途絶えてしまった時の保険であり、分身の術の使えない王族の、まさに分身として普段は働いている。危険な辺境の地の慰問などを代理で行う、といった具合だ。王族とて遊んでいる訳ではない。

 仕事の一つに、国家としての外交を王家と大公家で一手に引き受けている、といえばその膨大な仕事の一端すらどれほど忙しいか理解できるというものである。


 さて、大人しか存在しない、言い換えれば学習院の生徒が一人も居ないこの会場に、私は敢えてドレスを着てやって来た。薔薇のように鮮やかな紅に黒色のレースとシフォン地があしらわれたドレスは、シンプルな造りの為悪目立ちはしないものの、まるで毒華のようだ。

 学習院の学則に基づけば、これは礼装ではない。かといって、無礼と罵られるような身なりでもない。左腕は首から三角巾で吊ってはいるが。


「ザスティン公爵に置かれましては、ご機嫌麗しく。今宵はお招き頂けて、まことに嬉しくおもっております」


「、……こちらこそ、エインシュバルク伯。若く優秀な伯爵にご来訪頂けるなど、嬉しい限りです。お怪我の方は、具合は如何ですか」


「お陰様で、順調に治っていますよ。綺麗に折れているようで、医師の話では後遺症も残らないだろうと」


 ザスティン公爵とは普段貴族院でも付き合いがないので、おそらく駄目元で夜会への招待状を送ってきたに違いない。彼はは会場入りした私の服装を一目見るなり、夜会嫌いで通っている私がどうして今回やって来たのかを見抜いたようだった。

 公爵は二言三言挨拶を交わすと、何も聞く事無く私を大公の元へ連れて行ってくれた。


 ところで、学習院の内情は、生徒の侍従達から雇い主の親へ筒抜けである。

 子供達自身はその事を知らない者の方が多い。王太子ほど察しが良ければ、何となく気付いてはいるだろうが。

 基本的に、貴族の家では親は子に自分の持つ情報を公開するような事は無い。利があれば別だろうが、大抵幼い子供達ではその情報を持て余してしまうからだ。

 そういった背景もあって、学院内では私の詳細な情報が未だに出回っていなかったりする。

 戦場で私が何を行ったのかに関しても、何となく残酷な策を行って勝利した、ぐらいしか大抵の生徒は知らなかったりするのだ。ゼファーですら、何やら有効な見せしめをしたようだ、という情報しか持っていない。


 そういう訳で、貴族院に出席する大人達は下手な生徒より余程学習院の内情に詳しい。

 私と大公家の子息達の間の事も、表立って問題視されていないだけで、大抵が何かしらの思惑を抱えながら見守っている筈だ。

 公爵も、その役職から大公家の問題には大いに頭を抱えていた事だろう。彼が一石を投じるタイミングを見逃すはずがない。

 察しが良くて助かるのはお互い様で、貴族社会では空気を読む能力とやらがカンストする勢いで上昇する。レベルアップしなければゲームオーバーしそうなクソゲーであるのは置いておくとして。


 そんな貴族社会のど真ん中で生まれ育った大公も、例に漏れず察しの良さだけは良いらしい。一瞬で全てを理解したようだった。私を連れたザスティン公爵を見て、私のドレスの意味を読み取り、まるで裁かれる罪人のような目を一瞬だけ見せた。察した空気をどうにかする能力は、怪しいところではあるが。

 貴族院に直接的な縁のない為か事態の呑み込みが遅れた妻に手早く私を紹介して、公爵にサロンを借り頭の痛そうな様子で移動を開始する大公。自分の家族をきちんと手に負うことが出来なかったあんたが一番悪い。大黒柱だろう、しっかりしろ。




「はっきり言わせていただきます。あなた方の御子息二人には大変な迷惑をかけられています。まだ私一人であれば問題はありませんが、王太子殿下の顔に泥を塗る行いは臣下の一人として見過ごす訳には参りません」


 人払いをしたのは大公の方である。まどろっこしいやり取りを挟む気は無いという意思表示として受け取った。

 大公は私の言葉に黙って首を縦に振る。


「まだ凖成人ではありますが、大公家のご子息達ともあろう方々が学院という公式の場であの様な振る舞い。──このまま家長として、親としての責務を果たすおつもりがあなた方にないのであれば、次の貴族院で問題として提起させて頂きます」


 つまり大公家の不始末を表沙汰にするぞ、という脅しである。面子にこだわる生き物である貴族にはこの上無く効く文句といえる。

 全面的に非のあることを自覚している大公には握り潰すことなど不可能。後ろ暗い事にはなるべく無縁でありたいという、我が国の王族特有の高潔な精神を利用した手ではある。

 大公は、これにも首を縦に振った。同情心だの何だのは捨てて、腹を括ってきちんと責任をとってくれ。


「何が問題を生み出しているのかは、私などよりも奥方様自身がよくお解りでしょう」


 大公の背に隠れて震える、三十路にもなって少女のような女へ直接話を振る。

 大公には言う事は言った。元凶にも釘を刺して金槌でしっかり打ち込んでおかなければ、わざわざ左腕の骨を折った苦労が水の泡だ。


 この女は既に全部承知の上だ。

 本当は自分がエリックへ謝罪し、態度を改めればいいのも、自分がそうしたいと願っている事も。

 姉のように慕った人の産んだ子供に、自分のせいで性格を歪ませてしまった。それをこの女は後悔している。エリックに嫌味を吐かれて反応を返してしまったのはその為だ。

 ──借金取りから守ってやった元メイドの女から聞いた話によれば、この女はエリックの嫌味に顔を強張らせるという。

 その存在を嫌って無視していた相手に嫌われた、そうであるならばそんな反応はしない筈だ。誰かを嫌い、それを隠さず相手を傷つける言動とは、普通相手にも自分への憎しみを募らせる事を目的とするものなのだから。


 だからこそ、この女は勝手だ。

 先に子供の柔い心をズタズタにしておきながら、自分は悲しむだなんて。

 そうして、今も許しを乞う勇気が出せずに、エリックを傷つけ続けている。十三にもなって成長しないエリックに同情の余地は無いが、どう考えても諸悪の根源はこの女だ。この女がまともな母親としての自覚を持って責任を果たせば、この問題は綺麗に解消されるのだ。

 グレイスに関しては、エリックの問題が解消されれば勝手に名誉を挽回するくらいの能力はあるから問題無いとして。


 そもそもの話。敵に見せしめとして串刺し死体を並べるような私だが、クラスメイトがネグレクトという虐待を受けているのを、見過ごせるほど冷血になったつもりはない。


「私から言えることは以上です。大公閣下から何も無いのであれば、退出をお赦しいただきたく」


 大公閣下から、とは言ったが、私は視線を大公の正室から外さなかった。彼女は真っ青な顔でしばらく黙っていたが、大公に躊躇ためらいがちに促されて、ようやく首を縦に振る。

 了承したという事だ。上流貴族の約束事であるからには、きちんと果たしてもらわなければならない。


 結局言いたいことを一方的に言うだけで終わってしまった。大公夫妻が自責の念に駆られて口を噤んでいたので仕方が無いが。

 責任能力の無い子供でもないのだし、この問題は解決しなければとずっと思っていた筈だ。これを機にきっちりカタを付けてくれるだろう。


 勿論大公閣下の名誉のために、大公家は期を見ていたのだと言う事にしておく。変に悪評を流して大公の恨みを買うなんて事態は何が何でも回避しなければ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ